7-21 騒動の結末
―1―
翌日、姫さまが学院にやって来た。いやまぁ、俺もさ、姫さまが来るっていうから寮に残って待ってたワケですよ。
しかしッ!
姫さまは何故か変装して、お供も連れず、いかにもお忍びですという格好でやって来た。本人はバレていないと思っているようだが、バレバレですからね。その姿を見て、教師陣と学院の生徒達が集まってくる。
姫さまは学院の中に入り胸をはって、何かを待っている。突然やって来た姫さまに学院の教師陣も困っているようだ。
「姫さま……」
教師の一人、アルテミシアが代表して姫さまに声をかけた。
「今は姫ではないのじゃ」
しかし、姫さまは胸を張ったまま、そんなことを言っている。ああ、はいはい、お忍びだからね、姫さま扱いして欲しくないってことですね、分かります。
「ノアルジーさん」
あ、はい。教師の一人、アルテミシアが何故か俺を呼ぶ。
「あなたは姫さまと仲が良いと聞きます。後は任せました」
へ?
……。
丸投げかよッ!
分身体で姫さまの方を見ると、得意気な顔で腕を組んでいた。あー、うん。まぁ、俺が蒔いた種だからね、仕方ないね。
分身体で姫さまに近寄ると、彼女は分身体に顔を近づけ小声で話しかけてきた。
「まずは結界の綻びを見たいのじゃ」
なるほど。
「では、案内します」
俺は周囲に聞こえるように大声で喋る。それを聞いた周囲の教師と生徒達は安心したように大きなため息を吐いて、元の場所へと戻っていった。はいはい、解散、解散。
姫さまを連れて学院の裏側、ステラが出入りしている裏口に案内する。
「ふむ。この辺りは、まったく手入れされていないのじゃな」
確かにな。分身体の背の高さくらいの雑草が生えた、それこそ未開の地みたいになっているもんな。うん? でも、コレはコレでおかしいよな。そんな場所をいつまでも放置しておくか? うーむ、やはり小迷宮になっている森の関係だろうか。
姫さまが、何やらぶつぶつと呪文を唱え、長く鋭い光の剣を生み出し、目の前の雑草をなぎ払っていた。おー、草刈りに便利そうな魔法だな。そういえば、確か、姫さまは光の属性が得意だったな。
「む」
雑草を刈り尽くした姫さまが何やら難しそうな顔をしていた。
「どうした?」
「見る限り、異常が見えないのじゃ」
へ? ああ、そういえば壁が偽装されていたもんな。
俺は分身体を動かし壁へ腕を伸ばす。その分身体の腕が幻の壁を突き抜ける。
「こんな感じだ」
姫さまが壁を見てお、おうおうと首を何度も縦に振っていた。そして、姫さま自身が壁に近寄り、触ったり、通り抜けてみたり、色々と確認をする。
「これは偽装魔法なのじゃ。しかも、かなり熟練の魔法なのじゃ」
偽装魔法?
「闇属性の魔法なのじゃ」
ふむ。となると俺にも使える魔法ってコトだな。
姫さまは何やら腕を組み考え込んでいる。
「今、この学院には紫炎の魔女様が来ているのじゃ。もしや、この魔法は……」
「紫炎の魔女が作ったというのか?」
分身体の言葉に姫さまは、ゆっくりと頷く。
「紫炎の魔女様は、ああ見えて偽装の魔法が得意なのじゃ。それを使って鑑定スキルを誤魔化したり、このように視覚を錯覚させたりしていたと昔にウルスラ殿下から聞いたことがあるのじゃ」
あー、何だろう、やんちゃばかりしている紫炎の魔女が簡単に想像出来るんですけどー。
にしても紫炎の魔女って持っている属性、火と闇なのか? アレ、そうだったか? うーん、でもさ、紫炎の魔女が火と闇とかイメージと違うなぁ。
アレ?
「紫炎の魔女様に話を聞く必要があるのじゃ」
ふむ。って、いやいや、待てよ。
そういえば、紫炎の魔女の弟子のステラって闇の属性持ちだったよな? こういう偽装魔法を伝授されているんじゃないか? 行き来しているのはステラだし、どう考えてもそうだよな。
「いや、多分、これは紫炎の魔女の弟子のステラの仕業だと思うぞ」
分身体の言葉に姫さまは、むうむうと唸っていた。
「その者に話を聞きたいのじゃ」
まぁ、そうだよな。姫さまがせっかく閉じた結界に穴を開けて、さらに偽装しているんだからな、問題だよなぁ。これは結構、大事なんじゃないか?
―2―
黙々とシロネの講義を聴いていたステラを捕まえる。そして、そのまま姫さまが待っている紫炎の魔女の個室へと連れて行く。
「連れてきたよ」
まぁ、何にせよ、内密に処理すべき案件だよなぁ。
「これは……?」
ステラは待ち構えていた紫炎の魔女と姫さまの二人を見て驚いている。
「話を聞きたいのじゃ」
姫さまが口を開く。
「まぁ、ここには他に誰も居ない。座ってゆっくり喋ろうぜ」
そのまま喋り続けようとする姫さまを一旦止め、俺はステラを席に案内する。
ステラが用意された椅子に座ったのを見て、姫さまが再度口を開く。
「学院裏の結界の穴と偽装はお主の仕業か?」
姫さまの言葉にステラは大きく驚き、そして静かに頷く。それを見た紫炎の魔女は何故か得意気だ。
「理由は何なのじゃ?」
姫さまの口調は優しい。まぁ、何か理由があると思っているからだろうな。
「話すのは難しいです……」
ステラはどう言っていいか悩んでいるようだ。
「ステラが結界を壊したのか?」
分身体の言葉を聞いたステラは大きく首を横に振って、それを否定する。
「逆です……。修正したんです」
うん? どういうことだ?
「私は、何故か結界の流れが見えるんです……」
えーっと、それは半魔族なコトと関係があるのかな。
「すぐにこの学院の結界がボロボロなのが分かりました……」
「しかし、それはわらわが修復しているのじゃ」
姫さまの言葉を聞き、ステラは、再度、首を横に振る。
「元々の作りが歪なんだと思います……。あのままだと強い力を受けたら壊れそうだったから、流れを調節したんです……」
この子、何か、さらりと凄いことを言ってないか?
「でも、どうしても隙間が出来るから、一番安全そうな場所に逃がして、周りから見えないように偽装魔法をかけたんです……」
むむむ。でもさ、それ、勝手にやっていいことじゃないよな?
「強い力とはどの程度なのじゃ?」
「師匠の魔法なら一撃で……」
ステラは紫炎の魔女を見て、そう呟いた。
「確かに、それは問題なのじゃ」
「私は、里の結界を見ているから、違いがわかるんです……」
姫さまも紫炎の魔女を見る。いやぁ、紫炎の魔女さんの今までの行動を見ていると、学院内で魔法を暴発させそうだからなぁ。そんなことで結界を壊されたら大変だよな。
「何故、それを誰にも言わなかったのじゃ?」
姫さまの言葉にステラは困ったように周囲を見回していた。
「話せる人が居なかったから……」
ステラの言葉を聞いた紫炎の魔女は、自分、自分と言わんばかりに指をさしていた。あー、何だろう、頼って欲しいんだろうか。
「師匠に話すのは……、何だか嫌です……」
紫炎の魔女は目に見えて落ち込んでいた。
まぁ、何にせよ、そういう理由だったのか。出入りしていたのはどちらかというと、ついでなのか?
ステラの言葉に姫さまはむむむと唸っている。
「姫さま、大元の結界を修復は出来ないのか?」
俺が分身体を使って聞いてみると、姫さま大きくため息を吐いた。
「それが出来れば苦労しないのじゃ」
難しそうか。
「仕方ないのじゃ。結界はこのままじゃな」
いいのかよ。
「紫炎の魔女様がいるのじゃ、大丈夫なのじゃ……多分」
その紫炎の魔女が一番問題だと思うんだけどなぁ。
「ふむ。今度からは困った時や何かあったら、そこのランに相談するのじゃ」
姫さまが何故か俺を指名する。
「む! 虫?」
いやいや、紫炎の魔女さん、俺だと頼りないって言いたいんですか。
「え? あの? ノアルジーさんのコトですか?」
ステラは何やら困っていた。あー、そういえば、ラン=ノアルジーってステラは知らないんだったか。芋虫形態ならナハン大森林でも会ってるんだけどなぁ。
「ああ、まぁ、よろしく」
とりあえず手を振っておく。それを見てステラが小さくお辞儀をしていた。
にしても、これで結界の事件も解決か。紫炎の魔女もステラが何をやっていたか分かっただろうし……いや、分かったのか? まぁ、でも結界を修復していたって方向で納得したぽいから、いいか。
俺としては、このまま裏口が使えそうだし、良かった、良かっただな。
いやぁ、変な結果に終わらなくて良かったぜ。
2021年5月5日修正
うん、まぁ、俺が巻いた種 → うん、まぁ、俺が蒔いた種