7-14 結界のほころび
―1―
「結界の状況を調べたいのじゃ」
「分かりました。案内します」
姫さまの言葉にフェンが立ち上がる。姫さまが頷き、そのまま歩き出す。何というか、姫さまの動きに迷いがないな。今回の視察って結界の状況を見に来たのかな。自分の学院だしさ、勝手知ったるなんとやらなのかな。本当は案内とか要らないのかもな。
「何をしているのじゃ。ノアルジーも来るのじゃ」
途中で姫さま振り返り、そんなことを言った。へ? 俺もか。いやいや、俺が行っても何の役にも立たないと思うんだけどなぁ。
とりあえず姫さまの後をついて行くことにする。
駆け足で先頭に立ったフェン、その後ろに姫さまと分身体という順番で学院の中へと入る。
「ノアルジー、ある程度、問題は片付いたのじゃ」
問題、問題なぁ。
「これで、ミスティア塔に拘束されている、ランの知り合いも解放可能なのじゃ。迎えに行ってやるのじゃ」
おー、ついにか。んでは、今度、ミスティア塔? とやらに行って、グレイさんを解放しますか!
「そこはランが行っても大丈夫なのか?」
俺は分身体を使って聞いてみる。それ、重要だよね。ノアルジ形態のみだとさ、タイミングが、な。
「ふむ」
分身体の言葉に姫さまは腕を組み、少し考え込んだふりをする。
「分かったのじゃ。ランが行っても良いように話を通しておく」
すいません、そうして貰えると助かります。
フェンの案内で学院の地下へと進んでいく。まだ距離があるのかなぁ。寮から余り離れると分身体との接続が切れるからなぁ。
「姫さま、結界って、この学院の結界だよな。これは姫さまが作ったのか?」
分身体の言葉に姫さまは得意気に首を縦に振ろうとして、すぐに思いとどまり、首を横に振った。
「今の結界はわらわが作ったのじゃ。しかし、基礎は元からある物を使っているため、誰が作ったのか分からぬのじゃ」
ふむ、そうか。うーむ、どうしたものかな。
「む?」
考え込んでいる分身体に姫さまが反応する。
「案内助かったのじゃ。ここより先は秘技を使うゆえ、わらわとノアルジーだけで充分なのじゃ。上の階段前で待つが良い」
姫さまの言葉を聞いたフェンは深くお辞儀をし、そのまま駆け足で階段を上っていった。
「ラン、人払いはしたのじゃ」
あ、ああ。気を遣って貰ってすまぬ。
「この学院の結界なんだが、実は穴が開いている場所がある」
分身体の言葉を聞いた姫さまの顔が険しくなる。
「そういった綻びを閉じるのが目的なのじゃ」
やっぱりそうか。
「それを開けたままにするのは可能か?」
「どういうことなのじゃ?」
えーっと、アレだ。ジョアンとステラのことは言えないよなぁ。
「俺が学院の出入りをするのに便利なんだ」
でもさ、あの結界の綻びってさ、誰かがわざと残していたように感じたんだけどな。だから、てっきり姫さまがわざと作っていたんじゃないかと思ったんだけど、この姫さまの様子だと違うみたいだな。
姫さまが少し考え込み、そして、口を開いた。
「ランの頼みでもそれは出来ぬのじゃ」
そっかー。まぁ、姫さまそう言うなら仕方ないか。
「学院内に悪意ある者を侵入させないための結界なのじゃ。この学院にある、生徒も知識も、全てわらわの国の宝なのじゃ。それを危険にさらすことは出来ぬのじゃ」
うん、そうだよな。まぁ、仕方ない。
「分かった。無理を言った。俺はここで姫さまを待つよ」
そろそろ距離的に分身体との接続が切れかねないからな。後は姫さまに任せよう。しかし、そっかー。裏口、結構、便利だったんだけどな。
―2―
数日後、俺は《変身》して学院の外へと出た。
さあ、ミスティア塔に向かいますか。裏口を使う予定だったから芋虫スタイルでもオッケーかどうか姫さまに聞いたのにさ、結局、無駄になったなぁ。まぁ、仕方ない。
飛竜乗り場から飛竜の定期便に乗り、地に落ちた首都へと向かう。そこから飛竜馬車に乗り、御者に頼んでミスティア塔へと向かって貰う。
飛竜馬車に揺られていると高台の上に防壁が張り巡らされ、そこから顔を覗かせている塔が見えてきた。あそこがミスティア塔か。
飛竜馬車が防壁前で止まる。俺は御者に銀貨を渡し、飛竜馬車から降りる。これだけ目立つ建物だったのなら、飛んできても良かったかもなぁ。ま、まぁ、どの建物がミスティア塔か分かんなかったからね、仕方ない、仕方ない。
門の前に立っている兵士に、訪問の理由を告げると、あっさり中へ通された。ふむ、ちゃんと話が通ってるみたいだな。
一番背の高い塔は貴族や王族用の施設、背の低い建物が一般向けと言うことだった。俺は一般向けの、背の低い平屋の建物へと向かう。にしても、案内人や見張りが付くわけじゃないんだな。こんなにも自由に動けていいのか? 俺が騙りだったら、どうするつもりなんだ。脱獄させ放題じゃないか。
平屋の建物に入り、そこで受付をしていた兵士に事情を話すと、あっさり、通してくれた。あっさり、あっさり。1人の兵士が俺の前を進み、施設の中を案内してくれる。あー、一応、建物の中では人がつくのか。
薄暗い年代物の石造りの階段を降りると、そこは牢獄だった。無造作に並べられた鉄格子のはまった牢の一番奥にグレイさんは居た。何をするでもなく、ただ、ぼんやりと座り込んでいる。
「出ろ、釈放だ」
兵士が鉄格子の鍵を開ける。グレイさんはそれをぼんやりと眺めていた。
「早く、出るんだ」
「あ、ああ」
グレイさんがよろよろと立ち上がり、牢の外へ出る。この無気力な感じは魔石を作り直した影響だろうか。むむむ。
「グレイ、帰ろう」
俺の言葉にグレイさんがゆっくりと頷いた。
2016年8月27日修正
グレイさんを解法 → グレイさんを解放