霧の都の探偵と名も無き貫き魔・下
―1―
翌日になり、カリヨンと共に事件の現場へと向かった。まずは竜馬車で西地区の入り口まで進み、そこからは地元の住人に話を聞きながら現場まで歩く。
「小銭を渡しながら来てみたけれど、やれやれ、随分と寂れた場所だね。ん? カリヨン、どうしたんだい?」
犯行現場に到着した所でカリヨンがしゃがみ込み、地面を眺めている。
「ここは一個目かな? 二個目かな?」
カリヨンは地面を眺めながら後ろ手に、こちらへと何かを催促する。
「カリヨン?」
「計る物を」
私はやれやれ、そういうことか、と懐からメジャーを取り出し、カリヨンに手渡す。カリヨンは私からメジャーを受け取るとすぐに地面についている跡を計り始めた。
「警備員が来た後だろうし、もう何も残ってないんじゃないかね」
しかし、カリヨンは私の言葉を聞いても何も答えず楽しそうに色々な物を計り始める。ついには壁についた何かの跡まで調べ始めた。
「カリヨン、何かわかったのかい?」
ある程度、調べ終わったのか、カリヨンは満足したようにこちらへと振り返った。
「ふふふん。他の現場も見てみたい」
そのままカリヨンはのしのしと路地裏を歩く。そして、地面に寝そべっていた老人に話しかける。
「ここで女性が何者かに貫かれたと聞いたが、あなたはその時もここに?」
しかし、老人はカリヨンの言葉を手で振り払うように遮るだけだ。
「ウィル、この恵まれない老人に施しを」
カリヨンはそう言った。
「おいおい、これで何人目だい? さすがに私もお金が……」
しかし、カリヨンはこちらを楽しそうに見ているだけだ。私は諦め、肩を竦めて、老人に銅貨を握らせる。
「あ、ああ! 思い出した。その時に俺もいたんだよ! 姿は見えなかったが奇妙な布きれみたいなのが動いたかと思ったら、そこにいた売女がよ、胸元から槍のような剣のような物を生やして倒れたんだよ」
老人の言葉を聞いたカリヨンが更に笑みを深める。
「なるほど。参考になりました。他の現場をご存じかな?」
カリヨンの言葉に老人が頷く。
「この2本先の通りだよ」
みすぼらしい老人はつばを吐き捨てるように喋るとまた地面に寝転がった。
カリヨンはその言葉を満足そうに聞き、歩き出す。
「さあ、ウィル、次の現場だ」
―2―
2つ目の現場は大通りに面しており、その正面には果物屋も見える。
「ウィル、あそこで何か果物を買わないか? 西側の食べ物を食べるのも悪く無い」
「カリヨン、また私に払わせるつもりか」
私の言葉にカリヨンは肩を竦めただけだった。
「やあ、店主、何がオススメかな?」
果物屋の店主はカリヨンの言葉を胡散臭そうに聞いている。
「あんたがたが食べて満足するような物は無いと思うがね」
「おお、アダンの実があるじゃないか。ウィル、頼むよ」
カリヨンの言葉に私は渋々とお金を払う。
「カリヨン、貸しだからな」
私がお金を払ったのを見るとカリヨンは嬉しそうにアダンの実を取り、すぐに齧り付いていた。
「はぁ、カリヨン、太っても知らないからな」
私の言葉を聞いたカリヨンはむせたように咳き込んでいた。
「おいおい、その実は、そうやって齧るもんじゃ……」
店主が何か言おうとしているのを私は首を横に振って止めた。
「ところで店主、そこの通りで事件が起きたと聞いたのだが」
「ああ、見ていたぜ」
店主は言葉を続ける。
「アレは魔獣だ。間違いない。この大通りを歩いていた女をよ、あれは角だな、間違いない、角で貫いて、そのまま何か糸のような物を巻き付けて、ほれ、そこの路地裏にまで引っ張っていったのよ」
店主の言葉にカリヨンはうんうんと何度も頷く。
「さあ、ウィル、次の現場だ」
カリヨンは喜々として路地裏へと歩き出す。
「カリヨン、あの店主が言ったことを信じるのかい? この神聖国に魔獣が入り込むなんて考えられないよ」
「ウィル、視野を狭めてはいけないよ。可能性を考えるんだ。何かの魔法、誰かのテイムした魔獣……可能性は色々ある」
喋りながらもカリヨンは歩き続け、路地裏に入り込む。
「ふむ。ここが現場かな?」
カリヨンの捜査が始まる。薄暗い路地裏、霧によって傷んだであろう木製の建物が壁となって作られた通路。ゴミや木材が積み上げられ、腐敗臭がしている。そんな路地裏をカリヨンは、特に壁を中心に念入りに調べている。
「カリヨン、何かわかりそうなのかい?」
私の言葉にカリヨンが頷く。
「ああ、もうすぐピースは埋まりそうだよ。それでは麗しの我が家へ戻ろうか」
「やれやれ、この現場を見ても私には何も分からないよ」
―3―
「ウィル、いつも君が情報紙を買っている少年にお小遣いを渡して、被害者の情報を探すように言ってきて貰えないか?」
我が家への帰り道にカリヨンはそんなことを言った。
「あんな子どもに何が出来るんだい」
その私の言葉にカリヨンは肩を竦める。
「子どもだから、こそだよ。彼らには彼らの世界が――情報網があり、そして西側に精通している」
カリヨンはニヤリと笑っていた。
自宅のアパートに戻り、カリヨンが窓に腰掛ける。
「カリヨン、今日調べた結果を教えてくれないか。私にはさっぱりだ」
カリヨンがアダンの葉を取り出し、齧る。
「まず、最初の事件現場だがね。大きな足跡とは別に小さな子どものような足跡があった」
「近所の子どもが歩いていたのでは?」
「まぁ、その可能性もあるがね。しかし、西地区に居る子が、その怖さを知っている子が裏通りに入り込むかね?」
カリヨンの言葉はもっともだ。
「靴のサイズが小さいだけという可能性もあるのでは?」
私の質問にカリヨンは肩を竦めた。
「他と比べ、足跡の深さが違う。さらに歩幅だ。体重が軽く、歩幅は狭い。それと随分と視線が低いようだ。まぁ、そういった小柄な人物という可能性も否定出来ないがね」
カリヨンは言葉を続ける。
「それと壁に何かの粘液のような物が付着していた。まるで何かの魔獣が吐き出す糸のようだ」
果物屋の店員の証言!
「それとね、不思議なことに足跡は壁にもあったのだよ」
「誰かが壁を歩いた? 確かそういったスキルがあると聞いたことがある」
私の言葉にカリヨンは笑っていた。
「そう、その可能性もあるね。だが、こちらの足跡は不思議なことに6つついているんだよ」
「足跡が6つ?」
「まぁ、足跡なのかはわからないが地面についていたのと同じ足跡とそれを支えるように4つの小さな手のような跡が残っている」
「となると魔獣が?」
私の言葉をカリヨンは「まだ結論を急ぐんじゃない」と遮る。
「次の現場だがね。わざわざ、わざと人目につくように大通りで襲撃している。そして、その後、見られないように路地裏に引き込んだ」
「ああ、あの足下の汚れはその時についたのか!」
カリヨンは頷く。
「犯人の目的は何だ? 何故、目立つように人を襲う?」
カリヨンの問いかけに私は首を横に振る。分かるわけがない。
「更に、心臓を貫かれたはずなのに、その人物は生きている。つまり、だ。貫く所は見られたい、しかし、蘇生? 生き返らせる所は見せたくないと想像出来る」
「なるほど、そういうことだったんだな!」
「しかし、犯人の動機が分からない。だから、被害者に共通点がないか、情報を集めさせているんだよ」
「なるほど!」
私はカリヨンの思考に頷くことしか出来ない。
「犯人は少女。そして何かの魔獣を従えている」
カリヨンは断言する。
「何故、少女だと?」
「髪の毛が、ね、壁の粘液に混じるように付着していたんだよ。髪は手入れのされた張りのある長い物だ。これが私が子どもだと断言するもう一つの理由なんだがね」
「でも、それだけで少女とは思えないのでは?」
カリヨンは首を横に振る。
「私たちの国では髪を長く伸ばしているのは女性くらいだ。そして、ここ最近、我が国に外から子どもが来たという話は聞かない」
「確かに、外から来たと話題になったのはノアルジー商会くらいだね」
私の言葉にカリヨンは頷く。
「あくまで可能性だが、私はそれをかなり高い確率だと思っているよ」
そう言ってカリヨンはアダンの葉を齧っていた。
―3―
次の日、少年から頼んでいた情報の結果と情報紙を受け取り、その内容を見て、私は驚いた。そして、すぐに部屋と駆け出す。
「カリヨン、カリヨン!」
私の叫び声を聞き、すぐにカリヨンが顔を出す。
「ウィル、少年たちが情報を持ってきたんだな」
私は現れたカリヨンへ手に持っていた情報紙を押しつける。
「それよりも事件だ。これを」
カリヨンは慌てている私を面倒そうに見ながらも情報紙を手に取り、目を通す。そして深く、深く楽しそうに笑う。
「今度は貴族街で事件だ!」
「そのようだね」
カリヨンは舌なめずりでもしそうな勢いで情報紙を眺めている。
「貴族街は騎士が巡回している、警備の厳しい場所だ。そこで同じように貴族の令嬢が胸を貫かれている」
「ああ」
そして、カリヨンはこちらへと手を伸ばし、何かを催促する。
「カリヨン?」
「子どもたちの情報だ」
私はカリヨンの言葉に首を傾げる。
「貴族街で事件が起きているんだ。もう、その情報は必要無いのでは?」
「いいや、重要だね」
カリヨンの中で何かが出来上がっているようだ。
「子どもたちからの情報だと西地区での被害は4件」
「思っていたよりも多いな」
私はカリヨンの言葉に頷く。
「最初の被害者は娼婦をしていた中年の女性らしい」
「続けたまえ」
「次の被害者は同じように中年の女性、こちらは大通りで倒れていたところを発見されている。最初は古傷がもとで倒れていたのかと思われていたらしいが、服の胸元に大きな穴が開いていることで同一事件だとされているようだ」
私の言葉にカリヨンは頷く。
「次は、私が診療所で見た女性だ」
「ああ、路地裏に引きずり込まれた、か」
「最後の一人は、以前は病で引き籠もっていたが、最近になって元気になったと物売りの仕事を始めていた女性だ。その物売りの途中で襲われたようだ」
カリヨンは腕を組み考え込む。
「最後の女性、最近になってと言っていたが、いつ頃かわかるかい?」
私は首を横に振るしかない。
「まぁ、仕方ない。ところで共通点が分かるかい?」
「女性だ、ということかい?」
私の言葉にカリヨンは首を横に振る。
「多分、多分だがね、女性なのはたまたま、だ。いや、西地区という特性が、女性に偏らせたのかもしれないが、ね」
「どういうことだい?」
カリヨンが説明を始める。
「彼女らの共通点は、どの女性も診療所に通ったことがある、だ」
「いや、しかし、最初の女性は……」
カリヨンがいやらしく笑う。
「娼婦! 中年で娼婦を続けるなんて、それこそ診療所のお世話が必要だろうさ。だからこそ、西地区の女性が多いのだろうな」
「なら、犯人は診療所の人間?」
私の言葉にカリヨンは首を横に振る。
「さあ、ウィル、準備をしたまえ。犯人はもう、私たちの目の前だ」
カリヨンが薄く笑い、外套と日よけ帽を取る。
「か、カリヨン、何処に行くんだい。まさか、貴族街に行くのか?」
そこでカリヨンは指を振る。
「違う、違う。行くのはノアルジー商会さ」
「何故、ノアルジー商会に行くんだい? あの商会が、この事件に絡む事なんて何も無かったと思うんだが」
カリヨンは深く、嫌らしく笑う。
「すべて繋がっているよ。これを見たまえ」
カリヨンが何かの封が切られた手紙を私の前に置く。
「姉の、ね。姉の伝手を借りて使い魔に手紙を送って貰ったんだよ」
カリヨンの、その手際の良さに驚きながらも、私は、そこに書かれている内容を見て、さらに大きく驚いた。
「こ、これは」
「そう、事件は、この首都だけではない。迷宮都市でも起こっている。もしかすると帝国でも、かもしれない」
カリヨンの瞳がすぼめられる。
「このシャルロット・カリヨンの瞳は誤魔化せないぞ」
まるで獲物を狙う鷹のようだ。
そして、私とシャルロット・カリヨンはノアルジー商会へと向かったのだった。