霧の都の探偵と名も無き貫き魔・上
―1―
「カリヨン、カリヨン。アダンの葉を食べ過ぎじゃないか」
私の言葉に、窓を開け、そこに腰掛けていたカリヨンは振り向いた。
「ふむ。最近は私の頭脳を刺激することがなくてね、これくらいの楽しみは良いだろう? それにアダンの葉を齧っていると思考が冴え渡るのだよ」
「あまり食べ過ぎると太るぞ」
私のその言葉にカリヨンはうっと喉を詰まらせていた。しかし、すぐに気を取り直し窓の外へと振り返り、先程と同じようにアダンの葉を齧り始めた。
「暇を潰すなら何か楽器を演奏したらどうだい? 君は確かフルートが得意だったろう?」
カリヨンは私の言葉に応えず、ただアダンの葉を齧っていた。
空にあった首都ミストアバンが地に落ち、私たちの生活は変わるかと思われた。しかし、何も変わることがなかった。
海水が変化した物なのか以前と同じように霧が立ちこめ、貧民窟では怨嗟の声が響き、貴族街では、それを見ようともしない貴族たちが豊かな生活をしている。
何も変わることがない。
魔法学院を卒業した私の親友、カリヨンという女は、ただ窓の外を眺めていた。その横顔は何処か皮肉そうで――頭の中では、どれだけの事を、どれだけ先のことを考えているのか、常人である私には理解が出来なかった。
「なあ、ファイアニードルを撃ったらダメかね?」
彼女の言葉は常人の私には理解出来なかった。
「カリヨン、それで部屋の壁に穴を開けて大家さんに怒られたばかりじゃないか」
「やれやれ、ウィル、君はお堅いなぁ」
カリヨンが肩を竦める。
いつもの日常。私たちの良くあるやり取り。しかし、それが変わったのは次の日だった。
―2―
早朝、私は住んでいるアパートを出る。そして、そこを待ち構えるように立っていた物売りの少年から一枚の紙切れを受け取る。
「ウィル先生、銅貨1枚だぜ」
少年に銅貨を握らせ、紙の内容を読む。これは、最近、この首都にやって来たノアルジー商会が発行している情報紙だ。中身は、ここ最近の出来事や街の情報などが書かれている。非常に便利なので、銅貨一枚と少し高めだが、私は常に買うことにしていた。
そして、そこに書かれている内容を見て、私はすぐに部屋へと駆け出した。
「カリヨン、カリヨン!」
私の叫び声を聞きつけたのか、彼女の部屋で動きがある。
「朝から何かね」
そして、昨日と同じ格好のカリヨンが部屋から出てきた。
「何だ、カリヨン。また寝なかったのか。いや、そうじゃない、これを見てくれ」
私はカリヨンに情報紙を渡す。
「何だ、君は、まだこんな物を買っているのか。お金の無駄だと思うがね……む」
カリヨンが情報紙に目を通す。そして、その途中で何やら楽しそうに笑い出す。
「なるほど。なるほど。ウィル、君の買っている情報紙も無駄ではなかったというわけだ」
情報紙に書かれているのは、謎の貫き魔が現れたという内容だった。場所は西地区、つまり貧民窟のまっただ中だ。被害者は30代の女性。夜、9時頃、裏通りで立っていたところを謎の貫き魔に心臓部を貫かれ、診療所へ搬送――といった感じだ。
「まずは西地区の警備詰め所へ向かうぞ。ウィル、場所を頼む」
―3―
コートを羽織り、日よけ帽をかぶっただけのカリヨンと共に竜馬車へ乗り、西地区の警備詰め所へと向かう。
「お嬢さん方、西地区はあなた方のような上流の方が行く場所じゃありませんぜ」
御者が気を利かせたのか忠告してくれるが、動き出したカリヨンを止められるはずがない。
「ふふん。私は、ね。下町にも顔が利くんだ。構わんよ」
確かにいざとなったらカリヨンは変装でも何でもして貧民窟でも何でも入り込むだろうし、実際、かつて、それをやらかしている。
竜馬車が止まり、西地区の警備詰め所前で降ろしてくれる。
「さて、まずは情報を聞き出さねば、な」
カリヨンは楽しそうだ。
二人で石壁によって作られた警備詰め所の中に入ると、受付には疲れた顔の中年の警備員がいた。受付の机の上には沢山の書類や外套が乱雑に積まれたままになっている。
「君たちは誰かね」
中年の警備員が私たちの姿に気付いて声をかけてくる。それを聞いたカリヨンが楽しそうに笑う。
「私はカリヨン。何やら忙しそうだが、何かあったのかね?」
カリヨンの言葉に警備員は疲れた顔を更に暗くする。
「昨日の事件で大忙しですよ。あなたたちは、その見学ですか?」
カリヨンは警備員の言葉に首を横に振る。
「いや、通りがかっただけさ」
東地区の人間が西地区に通りがかるとも思えないが、忙しさで頭のまわっていない警備員はその言葉を信じたようだ。
「どんな事件があったんだね?」
「西通りのしょ……女性が心臓部を貫かれたんですよ。今は診療所に運ばれ、意識を取り戻したそうですが、不思議なことに犯人を見ていなければ、傷もないんですよ」
その言葉を聞いたカリヨンはさらに笑顔を深める。
「傷がないのに貫かれたと分かるのか」
警備員は頷く。
「ええ、ええ。現場を見た者が居ましてね……いや、お嬢さん方に話す内容じゃ無いですね」
「ああ、そうだな」
カリヨンはそれだけ聞き出すと、満足したように警備員詰め所を後にした。
「ウィル、見たかね」
「何をだい?」
そこでカリヨンはため息を吐いた。
「私はカリヨンほど賢くないので説明して貰わないとわからない」
「まずは机の上に置かれた書類。診療の名前が書いてあったぞ。セシリア診療所、だ。第三王女の名前が――いや、今は女王様だな。その名前が付いた診療所は新しく出来た場所しかないだろう?」
カリヨンが指を立てる。
「さらに乱雑に置かれていた外套。先程まで事件に追われていたという証だ。新聞にあった事件は9時、しかし、日にちまでは書いていなかった」
「カリヨン、どういうことだい?」
カリヨンはにやりと笑う。
「新しい事件が起きていたってことだよ。それは二件目か三件目か。意識が戻ったことを知っているということは、だ。先程、警備員が説明したのは最初の事件の方だろう。まずは診療所に向かうぞ」
―4―
西地区と東地区の中間に作られたセシリア診療所へと向かう。
こちらも警備詰め所と同じような古い石造りの建物をしており、そこに新しい看板がぶら下がっている。書かれている文字は「国営診療所」だ。
その中に入るとすぐに中年の男性が迎えてくれた。
「あなた方は健康なようですが、当診療所へは、どういったご用件でしょうか?」
カリヨンは日よけ帽を取り、診療所内を見回す。
「私はカリヨン。少しお聞きしたいことがあって来たのだよ」
その言葉に中年の男性はため息を吐く。
「申し訳ありませんが、ここは貴族の方々が来られるような場所ではありません」
中年の男性はあからさまに嫌がっている。しかし、カリヨンはそれを見て口の端を上げ、軽く笑った。
「以前は――そう、前は、この場所はセシリア診療所では無かったと思うが」
「ええ、以前は女神教団管轄の診療所でした」
その言葉にカリヨンはさらに笑みを深める。
「人手が足りないように見えるが、良かったら手伝おう。そこのウィルは治癒術士のクラス持ちだ」
「お、おい、カリヨン」
私が何か言おうとするのをカリヨンは手で止め「いいから、任せたまえ」と、こっそりと耳打ちした。
「それは助かります。なにぶんにも今は治癒術士の数が増えず、何処も人手不足なのです」
「でしょうね」
「ええ、女王様も治癒術士の石碑は探しているそうですが、依然としてゆくえがわからないと聞いています」
「それは私も聞いています。さあ、ウィル手伝ってくるんだ」
カリヨンが追い払うように手を振る。
まったく、これは中に入って情報を集めてこいということだろう。
―5―
「手伝います」
私は診療所の奥へと入り、中年の男性の指示に従う。
「どの程度まで治癒魔法が使えるのでしょうか?」
「欠損は無理ですが、傷や体調不良程度なら」
本当のことを伝えて症状が重い人に回されても問題なので、軽度までと伝える。
「ええ、では、あなたには症状の軽い人からお願いします」
そして、案内されたのは担ぎ込まれてすぐの女性だった。
「この方は?」
「今日、警備の方が連れてきた女性です」
私は女性に近寄り、症状を確認する。しかし、気絶している以外の異常は見られなかった。
「警備の方が言うには胸を貫かれたということですが……」
「何も跡が見えないですね」
私の言葉に中年男性が頷く。
「体の方を確認しますので、その……」
「ええ、私は他の患者の治療に向かいます」
中年男性が去ったのを確認し、女性の体を確認する。
服装は少し汚れの残った、くたびれたワンピースを着ている。足下が汚れているのは犯人から逃げようとしたからだろうか?
衣類は乱れていない、が確かに服の胸元に何かで貫いたかのように穴が開いていた。そして、その下は何も傷が無かった。体には切り傷や跡になっている線のような傷などもあるが、すべてが古いもののようで、逆に胸元周りだけが綺麗に傷が消えており、その違和感を目立たせていた。
「かなり上位の回復魔法が使われた?」
しかし、何のために? 心臓を貫かれて生きている人なんていないはずだ。しかし、彼女は生きている。それどころか上位の回復魔法による治療まで施されているようだ。
その後も何人か治療し、入り口で暇そうにしていたカリヨンの元へと戻る。
「どうだったい?」
カリヨンの言葉に私は首を振った。
「これは本当に君が好きそうな事件みたいだよ」
それを聞いたカリヨンは日よけ帽をかぶり直し笑った。
帰りの竜馬車の中、私が見たことをカリヨンに伝えると、彼女は腕を組み、考え始めた。
「何故、足下が? 何故、治療を? 人目についた? いや、わざと人目につくようにしたのか? 何のために?」
そこでカリヨンは顔を上げた。
「ウィル、現場を見てみよう」
「やれやれ、そういうと思ったよ。だが、明日にしないか? 私は治療で疲れているし、もう日も暮れそうだ」
私の言葉にカリヨンは顔をしかめ唸っていた。
「分かった。ウィル、君が言うように明日にしよう。どのみち、事件から時間が経ちすぎている」
こうしてカリヨンと私の名も無き貫き魔の事件が始まった。
2016年8月11日修正
王女 → 女王
2020年12月12日修正
依然ゆくえが見つからないと → 依然としてゆくえがわからないと
2021年5月4日修正
お嬢さん方に話す無いよう → お嬢さん方に話す内容




