6-84 もしゃもしゃ
―1―
「ノアルジーさん、あなたが連れてきた料理人たちを執事が案内しますわ」
あ、はい。お願いします。
執事服の男が先に立ち、ポンちゃんたちが屋敷の裏側へと歩いて行く。
「エミリア、調理場を貸してくれてありがとう」
俺の言葉に豪華な髪型の少女は横を向く。
「これくらい簡単なことですわ」
あ、はい。
料理人の数は、最終的にポンちゃんを含めて4人になっていた。今回は神国でも問題ないよう普人族ばかりで集めたからなぁ。うちの会社って色々な種族が集まっているから、普人族で集めたら意外と数が揃わなくて大変だったよ。ホント、ポンちゃんが普人族で良かったぜ。
ポンちゃんの提案で食材は余り持ってきていない。殆どが調味料だ。現地の食材を試してみたいってのが理由らしいけどさ、この家にポンちゃんの御眼鏡に適う食材があるといいんだが。
「ちょっと、この家の料理人にも挨拶したいから、お……私も行っていいかな?」
俺の言葉に豪華な髪型の少女は不思議な生き物でも見るような目を向けてきた。あー、最近、そういう視線にもなれちゃったよ。うん、なれたー。
「そのようなこと家人に任せればよいのですわ」
ふむ。やっぱり、貴族って、そういう感じなのかなぁ。
「上の者が下の者の場所に来ては、上下の示しがつきませんし、上手く機能しなくなりますわ」
おー、ちゃんと理由有ってのコトなんだな。まぁ、でも、俺には関係無いけどな!
俺がじーっと豪華な髪型の少女を眺めていると、彼女はすぐに折れてくれた。
「もう! わかりましたわ」
―2―
豪華な髪型の少女の案内で正面から屋敷に入り、並んでいた執事さん、メイドさんから挨拶を受け、そのまま調理場へ向かう。お帰りなさいませ、お嬢様、ご友人様ー、か。確かにこうして並んでいるメイドさんや執事の着ている服を見ると、14型は神国風の格好って感じだな。神国は洋風だなぁ。逆に帝国側だと凄い浮いちゃうんだけどね。
屋敷の奥に有る調理場に入ると、すぐに料理長ぽい人が駆けてきた。調理場で走るのはいただけないなぁ。
「お嬢様、このような場所にどうしたんです」
そのお嬢様は俺を指差す。
「ノアルジーさんが、調理場の料理長に挨拶したいと言うので連れてきたのですわ」
おー、俺が悪いみたいじゃん。
「は、はぁ」
料理長は気のない返事をする。その態度から料理長が困っているのは見て取れた。
「エミリアと同じ学校に通っているノアルジだ。今回は料理長の城である調理場を借してくれてありがとう。それとうちの料理人たちに渡したいモノがあるのだが、どちらにいるだろうか?」
料理長は恐縮しながらも調理場の奥を指差した。
「すまない」
俺は、そのまま調理場の中に入る。
「ああ! お嬢様方、そのような格好で調理場に入っては服が汚れて、ああ!」
何やら料理長が騒いでいるようだが、気にしないことにする。
そして調理場の奥でポンちゃんたちを発見する。
「ポンちゃん、どうよ」
俺の言葉に頭を剃り上げたポンちゃんが肩を竦める。
「オーナー、ポンちゃんは勘弁してくれ」
はーい。で、ポンちゃんどうなの?
「ダメだな。神国の料理が酷いってのは聞いていたが、予想以上だ。うちから調理道具と調味料を持ってきたのは正解だったぜ」
まぁ、確かになぁ。
だし汁をだばぁと捨てる国は永遠に語り継がれるくらいに伝説となっているけどさ、それと同じか、それより酷いくらいに感じるもんな。
「とりあえず食材は悪く無いから、何とか頑張ってみるか」
おう、ポンちゃん頼むぜ。
俺はポンちゃんの話を聞きながらも、魔法のウェストポーチXLや魔法のリュックから次々と道具と食材を出していく。これ、帰りに回収するとなると……うーむ、考えたくないな。
何故か、俺の後ろに着いてきていたエミリアが、俺が次々と食材と調理道具を取り出しているのを見て、口を大きく開けて驚いていた。まぁ、レディが大口を空けてはしたない!
―3―
「今日は娘の友人が来ていると聞いてね。戻ってき……ふひょ!」
エミリアの父親と思われるゼーレ卿が俺の姿を見た瞬間に変な声を上げていた。そして、何故か跪く。
「ウルスラ殿下、何故、このような場所に」
えーっと、人違いだと思うのだが。
「すまない、ゼーレ卿、人違いだと思うのだが」
俺が声をかけると驚いたように顔を上げる。そして、二、三度、大きくまばたきし、ゆっくりと立ち上がった。
「た、確かに。ウルスラ殿下が――すいません。余りにもお姿が似ていたもので……」
そのウルスラ殿下って誰でしょう。それよりも娘さんの前で膝を折らしてしまったことに凄い罪悪感を感じるんですけど。うわぁ、エミリアの視線が怖いです。
「この世にはそっくりな姿を持っている人が3人はいると聞いたことがある。王宮でも人間違いされたくらいだから、そういうことなんだと思う」
俺の言葉にゼーレ卿は少しだけ苦笑いしていた。
「なるほど。魔獣のドッペルゲンガーが化けていると言っても信じてしまいそうなくらいにそっくりですからね……うん、王宮!?」
何故かゼーレ卿は俺の言葉に驚いていた。うーん。
意外と若い紳士的なおじさんなんだが、リアクションを見ていると、エミリアには申し訳ないが下っ端役人って感じだなぁ。いやいや、意外とこういう人の方がやり手なんだよ、うん。だって、こんなにも大きな屋敷に住んでいるんだもんな!
ゼーレ卿が何故かエミリアを手招きして呼び寄せ耳打ちしていた。
「エミリア、かの方は、どのような立場の人なのだ?」
「父様、お話ししたように学院の友人ですわ」
ゼーレ卿はエミリアの言葉に首を傾げている。
「ただ、辺境伯ともお知り合い、第一王子様、第三王女様ともご友好があるようで、私にもよく分からないのですわ」
エミリアが肩を竦めている。彼女の言葉にゼーレ卿は更によく分からなくなったようで、むむむと唸っていた。
まぁ、何だ。とりあえずご飯にしようぜー。俺はその為に来たんだしな!
―4―
運ばれてきた料理が長机の上に並べられていく。
えーっと、これ、アレだ。ウナギの蒲焼きだよな。どーみても、そうとしか見えないんだが。うーん、蒲焼きのタレの味って神国の人でも分かるのかなぁ。凄い不安なんですけどー。
それに色の薄いスープに白パン……いや肉饅頭か。後は焼き魚、香辛料の沢山のったステーキぽいものか。ふむ、調理に時間がかかるものは避けたって感じかな。
「ほう、今日の料理は美味しそうだね」
ゼーレ卿はうきうきだ。
で、やっぱり立ち食いなんだな。椅子で座る食べ方も広めたいなぁ。なんで立って食べる文化なんだろう。芋虫スタイルの時は気にならないけどさ、《変身》している状態なら座ってゆっくり食事を楽しみたいなぁ。
まぁ、いい。そんなことよりも食事だ、食事。さて、食べますか。
「では、今日の糧を女神様に感謝して」
簡単なお祈りを済ませ、ゼーレ卿が銀の器に入った飲み物を飲み干す。そして感極まったように銀のグラスを見ていた。
「果実酒かと思えば、水! しかも、なんて洗練された味なんだ」
何故か凄い感動している。
「あら、確かに。水がこんなに美味しいなんて!」
豪華な髪型の少女も感動している。いや、水よりも料理を、だな。
まぁ、俺も食事を始めますか。
もしゃもしゃ。
もぐもぐ。
「うほぅ、なんだい、このパンは。中から美味しさが溢れてくるよ!」
あー、肉まんじゅうの中には肉汁がたっぷりなんだろうな。
「このスープも、複雑な味がしますわ」
魚介スープだろうね。色々な食べ物から出汁を取っているだろうからな。
もしゃもしゃ。
あ、蒲焼き美味い。やっぱりタレだよな! タレ最高。素材を生かすのはタレ! タレの調理法がうちで開発出来てホントよかったぜー。
「ただ、この焼き物は少し甘い気がするね」
ふむ。蒲焼きは不評か。甘い味ってのが気持ち悪がられるのかなぁ。それが美味いのに。
もしゃもしゃ。
「この肉もいい。少し辛みが強い気もするが、それが非常に良いアクセントになっている」
迷宮都市風だから、この料理は俺が眠っていた間に新規加入したメシドさんかな。
「今日の料理は素晴らしい! 我が娘よ、今日はどうしたんだい?」
「ノアルジーさんが連れてきた料理人に料理して貰ったのですわ」
まぁ、何というか普通に高評価って感じか。うむ。うちの料理は神国でも通じそうだな。ふっふっふっふ、これならば! 料理の力で神国を骨抜きにするのも出来そうだぜ。って、神国に来た目的がずれそうだ。
ま、まぁ、大貴族であろうゼーレ家でも評判がいいんだ、料理が通じるって分かったのは大きいな。王宮の料理も酷かったもんな。食べるのが楽しくないのはダメなんだぜー。
……。
鍵を探しに来たのに、俺は何をやっているんだか。セシリーが解放されたら、改めて頑張ろう、うん。
2021年5月5日修正
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