6-80 姫なのじゃー
―1―
王子の案内で水晶で作られた王宮の内へと入る。と、そこで俺の背後に声がかけられた。
「従者と騎獣? は、そこで止まれ」
声をかけたのは華美な鎧とマントを着けた若い騎士だった。その言葉に俺は足を止める。俺が足を止めたことに、王子は驚き振り返る。
「どういうことだ?」
俺は若い騎士に問う。王子と若い騎士が不思議な生き物でも見るかのようにこちらを見る。俺の言葉の意味を王子も若い騎士も理解出来なかったようだ。
「従者は控えの間で待機してもらう」
一瞬の沈黙から立ち直った若い騎士は言葉を続けた。ふーん。
「14型、エミリオ、今は一応言葉に従え」
俺は告げる。
「マスター、了解です」
「にゃ!」
なるほど、セシリア姫が――のじゃー姫が幽閉されている場所は従者などには立ち入らせることが出来ない特殊な場所なのだろう。まぁ、今は仕方ない。
王城の中を抜け(八大迷宮が有る方とは逆の)中庭に出る。そこで二人の人物が合流した。
一人は髭を生やした鎧の隙間から筋肉が溢れている男。そして、もう一人はやせ細り、ローブを着込んだ銀仮面の男。
その2人の男が俺と王子の後ろに立ち、そのまま着いてくる。
「バレンタイン王子、彼らは?」
俺の先を行く王子は振り返りもせず喋る。
「僕の近衛騎士と女神騎士長だよ」
ふーん。
王子は、そのまま中庭を抜け城の外壁に取り付けられた尖塔の中に入る。そして、そのまま螺旋に続く石造りの階段を上がっていく。
階段の先はまた外へと繋がっており、そこは空中に橋が架けられていた。上へと上がる階段の橋。そして、その橋の先には小さな丸みを帯びた建物があった。あそこか。
何だろうな、こんな階段の橋を上がっていくなんてさ、鞭を持って吸血鬼の親玉を倒しに行く気分だよ。
丸い建物中に入るとそこには人の背丈の2倍はあろうかという扉があった。王子がその扉の横に取り付けられた何かの文様に十字型の装飾物をかざす。すると扉が開き始めた。無駄に大掛かりだな。その先が、のじゃー姫の囚われている場所か。
扉の先にはまるで劇のセットとでも言わんばかりに半分に裂かれた部屋があった。半分より先は絨毯が敷かれ、豪華なベットや机、小物入れなどが並ぶ。そして、その半分より手前は無骨な、寒気すら感じる剥き出しの石造りになっていた。
何だ? 線でも引いたかのように綺麗に別れているな。
向こう側、劇のセットのような場所には1人の少女が椅子に座り、机に向かって何か書き物をしていた。そして、こちら側、石造りの床の上に一人の騎士が――その少女を守るように座り込んでいた。
「ノアルジー、ここに姉様はいるよ」
王子はこちらへと振り返り、楽しそうに笑う。そうか。
「どきなさい」
銀仮面のひょろ男が座り込んでいる騎士に命じる。しかし、騎士は座り込んだまま動こうとしない。
「どけるのだ」
むきむき男の言葉でも座り込んだ騎士は動こうとしない。それどころか、命令する2人を見てにやにやとふてぶてしく笑っている。
それを見て王子は諦めにも似たため息を吐いていた。
「騎士、スー・フォルティア、僕の命令だ。そこを離れろ」
王子の言葉に座り込んでいた騎士は、ちっ、しゃあねえなとでも言わんばかりにふてぶてしく立ち上がり、部屋の端に避け、そのまま壁を背に直立不動で立つ。
赤騎士が避けたことで空いた場所に王子は進み、懐から何か、鈴のようなものを取り出し、それを鳴らす。
「姉様、バレンタインです」
鈴が鳴ったからか、何かの書き物をしていた少女が手を止める。そして、立ち上がり、こちらへと振り返る。そして、何を見いだしたのか、こちらを見て意地悪そうにニヤリと笑った。
そして、優雅に、自身の力を誇示するかのようにゆっくりと境界線まで歩く。
「手紙を書いておったのじゃが、それも必要無くなったようなのじゃー」
そう、そこにいたのは紛れもなくのじゃー姫だった。そして、セシリア姫とバレンタイン王子の視線が交差する。
「姉様の友人のノアルジーは姉様よりも僕の友人となることを選んだようですよ」
王子の言葉に姫は王子の顔と俺の顔を見比べる。そしてゆっくりと口の端を上げる。
「ラン、任せたのじゃ」
姫さまの言葉に王子は首を傾げる。そして、壁際に立っていた赤騎士が何かに気付いたかのように驚いた顔をしていた。ああ、任されたぜ。
王子が鈴を鳴らし、こちらへと振り返る。のじゃー姫はまだ何かを喋っていたようだが、鈴の音が鳴り響いた瞬間に声が聞こえなくなった。
「ノアルジー、姉様は元気がありすぎて困りますね」
王子はこちらへと戻り、にこやかに微笑みかけてきた。その鈴が何かの魔法具か? まぁ、何にせよ、ここで潰すか。
俺が動こうとしたのを気付いたのか、壁際に立っていた赤騎士がこちらへと動く。お、加勢してくれるのか?
赤騎士の動きに銀仮面の男と筋肉が王子を守ろうと動く。しかし、それを無視して赤騎士が俺の前に立つ。
「動くな」
そして小さく呟いた。む。
「賢明だな! 物は通すが人は通さぬ壁よ」
筋肉がこちらを見て笑う。ふーん、でも王子が持っている魔道具があれば何とかなるんじゃないか?
……いや、それで何とかなるなら赤騎士が動いているか。つまり、まだ、それ以外に何かあるんだな。姫さまは俺に任せてくれたんだから、俺は期待に応えないとな!
そして、全てに興味を無くしたのか、赤騎士は、またも境界線へと戻り座り込む。
「ノアルジー、これで満足してくれたかな? さあ、食事にしよう」
王子は楽しそうだ。まぁ、何にせよ、現状手出しが出来ないって感じなんだろうな。姫さまを、この結界の外に出せば――人質交換だー的な展開でも、姫さまが外にさえ出てしまえば、後はいくらでもやりようがあるからな。
まずは、その舞台作りか。