6-50 神国へ
―1―
とりあえず迷宮都市に行ってみよう。夕方近いけど、うん、大丈夫だろう。
まだ城から《転移》スキルのチェックを移し替えていないからね、すぐだよ、すぐ。
『とりあえず迷宮都市に行ってみよう』
俺が天啓を飛ばすとスカイが頷いた。
「わかったー、ここでクエストは止めとくよ!」
スカイが『ここは俺に任せて先に行けー』と言わんばかりの笑顔で答えてくれる。はいはい、ありがとう、ありがとう。
じゃ、行きますか。ま、ここから、すぐに《転移》スキルを使っても大丈夫か。
――《転移》――
犬頭のスカイが高速で打ち上げられる俺を驚いた顔で見ているのを確認しながら迷宮都市へと飛ぶ。そして、そのまま城へと降り立つ。
さあて、どうすればいいかなー。
俺は、とりあえず城の中に入り、忙しそうに歩き回っている太っちょさんを捕まえる。
『すまぬが……』
「おふぅ、ノアルジー商会のオーナーですね。先日は失礼した。商会からの融資の件助かっておりますぞ」
あれ? この豪華な服の太っちょと何処かで会話したか? ま、まぁ、俺のコトを知っているなら話は早い。
『自分を呼んでいる者が居ると聞いて、こちらに来たのだが』
俺の天啓に太っちょが反応する。
「もしや……、誰か、誰かっ!」
そして、太っちょさんが人を呼ぶ。
すぐに兵士が現れた。
「こちらの方をピアン殿のところへ。大事な客人だ。丁重に案内するようにな」
お、何だか凄い丁寧な扱いだ。いやぁ、商会の力は凄いなぁ。って、ピアン? ピアンって人が俺を呼んでいたのか? 誰だろう? まぁ、行けば分かるか。
兵士さんの案内で2階の客室に案内される。そこには弱々しくベッドに寝込む青騎士のカーさんの姿があった。
青騎士のカーさんがこちらに気付いたのか、体を起こし、手を振る。
「ランさん、久しぶりです」
お、おう。1年ぶり……か? で、なんで寝込んでいたんだ? それに姫さまは?
『どうしたのだ?』
俺が天啓を飛ばすとカーさんは苦笑した。
「神聖国を脱出する時と小迷宮『刹那の断崖』を踏破する時に、ちょっとね。外傷は治して貰ったんですが、まだ体力が回復していないんです」
いやいや、神国を脱出って、どういうことだよ。
青騎士のカーさんが真剣な目で俺を見る。何だ、何だ? そして、すぐに表情を和らげ、俺の後ろに控えていた兵士さんに話しかけた。
「そこの君、ちょっとランさんと内密な話をしたいから、しばらく人を遠ざけて貰えないかな?」
なるほど、人に聞かれたくない話ってワケか。
兵士さんが元気の良い返事をし、扉を閉め、部屋から離れていく。
「ランさん、近くに来てくれ」
お、おう。
俺はベッドの近くに歩いて行く。
――《剣の瞳》――
と、ついでに周囲に人の気配がないかを確認しておく。カーさんは、もちろん青っと――うん? 隣の部屋に青い反応……。
『カー殿、隣の部屋に人の反応が』
俺はカーさんに限定して天啓を授ける。それを聞いたカーさんが静かに頷く。
「いや、これを渡したかっただけなんだよ」
カーさんが何かを俺に渡すような素振りをし、そして、こっそりと何かを砕いた。
「ランさん、風の結界を張ったから、喋り声は漏れないはずだよ」
なるほど。そんな便利な魔法具があるのか。
『にしても盗み聞きとは、信用されていないのだろうか?』
俺の天啓にカーさんは複雑な笑顔を浮かべる。
「隣の国の事だからですね。情報を得たいんだと思うよ。協力する、しないにしても情報を持っているかどうかは重要だからね」
な、なるほど。いくら、信用していようが、協力するつもりだろうが、か。国と国って大変なんだなぁ。
『それで、内密な話とのことだが、何があったのだ?』
カーさんが頷く。
「セシリア姫が第一王子と第二王女の罠にかかって幽閉された」
た、確か、セシリア姫って神国の第三王女だったよな。つまり内乱?
「第一王女と辺境伯は、セシリア姫を助ける為に動いてくれているが、余り状況が良くない」
えーっと、王様とかはどうしているのかな?
『現状、姫はどうなっているのだ?』
「王族ということもあり、幽閉されているだけです。自由に動けないってぼやいているくらいだから元気ですね」
あ、そうなんだ。
「スーも一緒だから、最悪の事態は避けられているね」
なんというか、ホッとしたな。幽閉されて拷問されているとか、考えたくないもんな。
「が、時間が無いのも確かなんだ」
へ?
「第二王女はセシリア姫がありかを知っていると思っている迷宮の鍵を要求している。今はセシリア姫も上手く躱しているけれど、いつどうなるかわからない状況なんだ」
迷宮の鍵?
「そして、セシリア姫は、ご自身の友人である、ランさんに助けを求めたのです。そして自分が来たってワケです」
へ? ひ、姫さま、俺に何が出来るってんだよ。頼られたのは嬉しいけど、俺、こんな姿だぜ。神国に渡ったらヤバいんじゃないか?
うーん。いや、まぁ、行くのは確定なんだけどさ。俺の友人が困っているんだ、助けに行くべきだろう。が、問題はこの姿だよな。《分身》スキルを使って誤魔化すか?
『力になりたいが、自分はこの姿だ。神国に渡るのは不味いのでは?』
「セシリア姫からランさんなら大丈夫と聞いています」
青騎士のカーさんが首を傾げる。いや、あの、ね。姫さまの期待が重い。
「辺境伯ならランさんの姿を見ても驚かず、力になってくれるはずです」
辺境伯ねぇ。辺境ってついているって事は辺境の地を治めているような領主って事でしょ? そんな程度で力になって貰えるのか? まぁ、でもさ、その辺境伯を頼ってそこから何とかすべきか。
『分かった。が、商会への引き継ぎもある。少し時間を貰えないだろうか?』
「商会ですか?」
『ああ、ノアルジ商会だ。今は、そこのオーナーをしている』
俺の天啓にカーさんが驚く。アレ? 青騎士さんは俺が商会やっているのって知らなかったか? あー、うちの商会が大きくなったのは姫さまたちと別れてからか。
「分かりました。自分も急ぎ体力を戻します。ランさん、よろしくお願いします」
ふむ、流れで神国へと行くことになったが、まぁ、ちょうど良いタイミングか。八常侍の問題があったもんな。
さあて、すぐに本社に戻って、皆に話さないとな。
―2―
《転移》スキルを使い、本社に戻る。
「マスター、お帰りなさいませ」
すぐに現れる14型。女神の休息日の準備が終わったから暇になったのかな。
「にゃ!」
羽猫も現れる。
『14型、急ぎ、皆を集めて欲しい。重要な話がある』
「分かりましたのです」
14型が優雅にお辞儀をして消える。ちゃんと皆に言うんだぞー。
そのまま本社の中に入り、梟顔のメイシンさんに挨拶をして、会議室に向かう。
会議室の俺専用の椅子に座り、羽猫と2人で待っていると皆がやって来た。
「急ぎの用件と言うことでしたが……」
ユエがそう言いながら自分の席に座る。
「なんなんですのぉ」
眠そうなフルールも席に座る。
フエにポンちゃんも静かに自分の席に座り、スカイくんにクニエさんも席に着いた。後はファットか……。うーん、ファットは海に出ているのかな。
14型が扉を閉め、俺の背後に控える。
『皆に伝えることがある』
俺の天啓に皆が頷く。
『自分は神国に向かう必要が出来た。いつ戻ってくることが出来るか分からない』
そう、分からないんだよなぁ。すぐに解決出来ればいいけどさ。何年もかかる、なんて可能性もあるワケだ。
「ふえぇぇ、オーナー、神国に行くの?」
犬頭のスカイが何故か怯えている。
「ラン様、無茶です……」
猫娘のユエも心なしか不安そうだ。
「ランさまー、だめですわぁ」
犬頭のフルールまでが心配そうにこちらを見ていた。
「そうか」
フエは多くを語らず腕を組んでいる。
「死ぬ気ですかい」
ポンちゃん……。
「なぜ、でしょう」
森人族のクニエさんが不安そうにこちらを見ている。
『神国にいる友人を助けるためだ。その間のことはユエ、お前に任せる』
ユエが立ち上がり、お辞儀をする。
「分かりました。この命に代えても」
代えなくてもいいからね。まぁ、俺が眠っていた一年間も回してくれていたんだ、大丈夫だろう。
『それとフルール、すぐに俺の姿を覆い隠せるようなローブのような物は作れるか?』
「もちろんですわぁ。この天才フルールにお任せですわぁ!」
さすがはフルールだぜ。
「ランさま、まだ作っている途中の鎧もあるのですわぁ。必ず生きて帰って受け取って欲しいのですわ」
いや、あの、その、そんな命を賭ける前提で話さないで欲しいんですけど……。ま、まぁ、了解だよ。
『14型とエミリオは自分と一緒に来て欲しい』
俺の天啓に14型がスカートの裾を持ち、優雅にお辞儀する。
「マスターのご命令に従います」
「にゃ!」
羽猫が俺の頭に飛び乗る。
「オーナー、美味しい料理考えとくからよ、早く戻ってきてくれよ」
ポンちゃん、了解だぜ。
「チャンプが居ないと俺の地位が危ないんだから、待ってるよー」
そう言ったスカイくんは14型に睨まれて縮み上がっていた。
「自分も待っています」
少し顔に肉が戻ったクニエさんが微笑む。
おうさ、じゃ、行くぜー。
―3―
翌朝、眠そうなフルールから銀色の大きな外套を受け取る。
「少量の真銀を混ぜているので、魔法付与が可能ですわぁ」
そ、そうか。しかし、コレをよく1日で作ったな。
「以前、ランさまに頼まれていた防具を作り直しただけですわぁ」
眠そうなフルールが犬歯を覗かせて笑う。あー、あのモヒカンかッ! 今更かよッ! ま、まぁ、でも、ちゃんと作っていたんだな。
さあて、準備も出来たし、行きますか。
――《転移》――
《転移》スキルを使い、14型、羽猫と共に迷宮都市の城へと飛ぶ。
そして、俺が降りた先には青騎士のカーさんが待っていた。
「ランさん」
飛んできたことには驚かないんだな。にしても、病み上がりだろうに、大丈夫なのか?
「刹那の断崖の道案内は任せて欲しい」
あ、そうかー。今の時期だと氷の橋が架かっていないもんな。まぁ、でも、俺なら空を飛んで渡れるか。
『いや、自分のスキルなら空を飛んで行くことが可能だ』
それで向こう岸に行って、《転移》スキルのチェックをして、戻ってカーさんを回収して《転移》すれば小迷宮を通る必要は無いんだぜー。俺ってば、よく考えたッ!
俺がそれを説明すると、カーさんは苦い顔になった。
「それは出来ません」
へ?
「姫さまの安全を確認するためにも姫さまのパーティから離れることは出来ないのです」
あ! そ、そうか、カーさんはすでに姫さまをリーダーとしたパーティに加入済みなのか。となると俺がパーティを作成して《転移》スキルで一緒に飛ぶって方法は……使えないか。
「足手まといになって申し訳ありません」
青騎士のカーさんが居ない状態で右も左も分からない神国を歩くのは危険だし、辺境伯とやらに会うにしても信用されない恐れがあるから、うひぃ。
『分かった。刹那の断崖の道案内を頼む』
仕方ない。頑張って迷宮を抜けるか。
「刹那の断崖は崖下へと降りていく部分と川の流れる鉱石の生えた地下部分、そして崖上に上がる三層で作られているんです」
ふむふむ。
「魔獣は竜騎士の騎乗している飛竜の原種や鉱石を喰らうロックイーターなど固い魔獣が多いですね。ランさんの武器なら余裕だと思います」
なるほど。真紅妃にスターダストを持っている今の俺なら余裕かな。
さ、ちゃちゃっと攻略して、神国に渡りますかッ!