6-17 方針を決める
―1―
帝都の本社前に戻る。さあて、ユエに色々と相談しますか!
「すいません、ラン様、今日は、もう休ませて下さい」
そう言うが早いか、青い顔のユエがよろよろと門の外へと歩いて行く。あー、ユエの自宅は門の外なんだね。となると本社に自室があるのって俺だけなのかな。
『わかった。明日、報告を頼む』
俺の天啓を受け、ユエがこちらを向き、青い顔をしたまま頷く。猫髭が萎びているよ。うーむ、《転移》スキルは、なれていない人には負担が大きいのかな。キョウのおっちゃんとかも死にそうな顔になっていたもんな。いや、でも、フルールなんかは楽しそうにしていたし、個人差か。
にしても、中途半端な時間になってしまったな。仕方ない。今日は、ご飯を食べて寝よう、そうしよう。もう日も落ちてしまっているしね。
明日はクラス取得巡りかなぁ。と、そろそろ八常侍とやらに会う準備をした方がいいのか? でも準備と言っても何をしたら良いかわからないし、まぁ、その時になったらキョウのおっちゃんが何とかしてくれるでしょ。
うん、じゃあ、ご飯だな。
「お帰りなさいませ、ラン様」
本社の中に入ると梟の頭と羽を持った女性が挨拶をしてきた。あー、本日もご苦労様です。と、そう言えばこの人の名前、聞いてなかったな。
鑑定して確認することも出来るけど、一応聞いておくか。鑑定で知るのは、何というか失礼な気がするからな。
『ああ、今、戻った。トコロで名前を聞いてもいいかな?』
俺の天啓に梟顔の女性が首を傾げる。梟顔だとクルクル回りそうで怖いなぁ。
「オーナーのラン様が私のような一介の名前を聞いて……」
『うちの商会の受付だからな。名前を把握しておきたい』
そそ、単純な興味だよ。
「ユエ・メイシンと言います」
うわ、この人もユエさんかよ。いや、ホント、帝都ってユエって名前が多いんだな。うーん、猫人族のユエに犬人族のユエに、今度は梟顔のユエさんか。仕方ない、申し訳ないけど彼女はメイシンさんと呼ぶか。
『分かった。メイシンだな。出来る限り名前は覚えておく』
俺ってば、物覚えが悪いからな。出来る限りだけど覚えておきます。
「はい、ラン様、ありがとうございます」
梟顔のメイシンさんが微笑む。
『では、自分は食堂にてご飯でも食べてくる』
「それならお部屋に運ばせますが……」
『いや、構わんよ』
試しにさ、自分のとこの社員食堂を利用したいじゃないか。それにここならポンちゃんが料理しているんだろ? ポンちゃんの料理も味わいたいじゃん。
梟顔のメイシンさんと別れ、食堂へと歩いていると、背後に気配が生まれた。な、何奴ッ!
「マスター、ご飯なら部屋に運ばせますが……」
そこに居たのは14型だった。今日は遅い登場だな。そして、それは、さっき断ったトコロだッ!
『いや、いい』
14型に天啓だけ飛ばして、すたすたと社員食堂へ歩いて行く。今日の昼に探索したからね、場所は把握しているのさー。
社員食堂に入ると隅っこに見知らぬ獣人が数人居るだけで、閑散としていた。ま、まだ忙しくなる時間じゃないってコトか。それとも、お昼がメインなのかな。そう言えば、お酒とか無いもんな。夜は社員も酒場とかに行くのかもしれないなぁ。
「あれ? オーナー、ここで飯ですかい?」
そこに居たのは禿げ上がったポンちゃんだった。おや、ポンちゃん、意外と暇そうだね。
『ああ、適当に何か頼む』
「あいよ」
ポンちゃんが嬉しそうに食堂に歩いて行く。あ、そうだ。
『ポン、少し聞きたいのだが』
「なんですかい?」
ポンちゃんがこちらに振り返る。
『その頭は……』
「剃ってるだけです!」
うお、反応が早い。き、聞かない方が良かったのか。
「髪があると料理の邪魔になるだけですよ。だから、剃ってるだけなんですよ」
そ、そうか。ポンちゃんが言うなら、そうなんだろうな。まぁ、確かに料理をしている人は禿げている人ばかりだったもんな。そういう理由だったのか。でもさ、それならコック帽みたいなモノでかぶればいいと思うんだけどなぁ。
―2―
――[アクアポンド]――
翌朝、新たな日課になった水造りをしているとユエがやって来た。
「ラン様、こちらでしたか」
こちらでした。
『水を作り終えた所だ。会議室に戻るか』
俺の天啓にユエが頷く。
「飲める水を――しかも、非常に美味しい水を作れるなんて、凄い魔法ですよね」
ユエがそんなことをぽつりと呟いていた。ま、俺も他に見たことがない魔法だしね。覚えた当初は、ホント、使い道のない魔法だって思ったんだけどなぁ。
ユエとともに会議室へと戻る。
「マスター、こちらへ」
そこでは14型を初めとした7人の幹部が待っていた。14型、ポンちゃん、フルール、スカイ、ファット、フエ、クニエさん。みんな勢揃いだなぁ。
14型が引いてくれた俺専用の椅子に座る。このまま机の上に肘を乗せて、手を組み合わせ、その上に顎を乗っけたいよね。話を聞こうか、みたいな感じで喋りたいよね。ま、俺の体型だと出来ないわけですが……。
『ユエ、報告を』
まずは報告を聞こうじゃないか。まぁ、聞いてもこの商会のコトなんて理解出来ないんだけどさ。
俺の天啓を受け、ユエがお辞儀をした後に喋り始める。
「ミラン商会には報復として、主な収入源になっていた砂漠の採掘権を7割ほど、うちの商会の手中に入れました」
うん? な、な、何と言いました?
「管理が杜撰だったようで、すぐに終わる仕事でした」
あ、はい。
「それに伴い、迷宮都市でも採掘関係の部門を増やす予定です」
あ、はい。
「それは助かるわぁ。迷宮都市で手に入る鉱石があれば、もっと色々作れるはずですわぁ」
フルールが犬頭を輝かせている。そ、そうだね。助かるね。
「ノアルジー商会が運営していた食堂関係は今のままで、新しい食堂の方も運営方針は伝えてきました。それと交易路を使った流通品の確認もしてきました。迷宮都市だけあって、やはり武具は足りていないようです。ただ下級品だけは供給過多、高級品は需要薄という感じなので、その中間を中心にするのが良いと思います」
あ、そうですか。
「うちの商会が作った交易路を使っても一月先になりますが、その方針で問題無いと思います」
そうですか。
「わかった。そうする」
フエが頷いている。
と、そうだ。聞いてる場合か、弁当箱と水の話をしないとな。
『ユエ、良いか?』
俺の天啓を受け、ユエが片眼鏡をあげながら頷く。
『封印の魔石に先程の水を作る魔法を入れて売り出すことは可能か? 迷宮都市は水の需要が高いようだ』
俺の天啓を受け、ユエが驚いたように頷く。
「そ、それはもちろんです。封印の魔石なら安価で手に入ります。ただ、オーナーが許可されるのなら魔法を詰めた物を売り出すよりは、現地で封印の魔石を使って水を作った方が良いと思います」
ふむ、俺が魔法を詰める作業を頑張るのは一緒だが、現地で発動させれば、それだけ多くの水になるってコトか。と。それを使った料理を出せば、結構、いいんじゃね?
『分かった。封印の魔石の用意が出来れば自分が魔法を詰めよう』
「分かりました。すぐに手配します」
「冒険者ギルドで依頼を受けるよー」
ユエが頷きスカイが応える。うん、こういう行動は早いね。
『それと、新しい食堂の方で料理を頼んだ者には、その水を提供することにしよう。そうすれば客引きになるはずだ』
ナイスアイディアじゃね?
「ラン様、水は売った方が儲けになります」
俺の天啓にユエが驚く。うーん、それってどうなんだろうな。俺ならいくらでも作れるからなぁ。作りすぎて市場を崩壊させかねないしさ。まぁ、こっちで制限すればいい話なんだろうけどさ。
『いや、あくまで食堂のウリ程度にとどめておく』
「分かりました」