5-111 名も無き王の墳墓2階層
―1―
せっかくだから、このまま八大迷宮に挑戦するか。せっかくだからね!
『では、自分はこれから、『名も無き王の墳墓』に挑戦してくるので、これにて』
未だ短剣を眺めている二人に天啓を飛ばす。
「おお、頑張るがいい」
あ、はい。俺は、どうでも良さそうなヤズ卿の言葉を受けて部屋を出る。じゃ、行きますか。
そのまま階段を降りて東側の庭へと向かう。そう言えば、ジョアンや姫さまと出会わなかったな。ひょっこりと顔を見せてくるかなぁっと思ったんだけどさ、うーむ。ま、そういうこともあるかな。
俺が、東側の庭を進んでいると、何処かで見た覚えのある冒険者たちが食事の準備をしていた。
「うが、おかずがやってきた」
冒険者たちの一人、頭の鈍そうな巨人が俺を見て、そんなことを言った。いやいや、俺は食べ物じゃ無いからね。俺を食べようとするんじゃねぇ。
「おい、そんな武装した芋虫を食べたら、お腹を壊すぞ」
マント付きの豪華な鎧に身を包んだ赤毛が、そんなことを言った。いや、だから、俺を食べようとするんじゃねえよ。なんなのこいつら。
「リーダー、他のことに構ってないで、料理、手伝ってよー、もう」
一人で料理をしていた魔法使いさんが赤髪を呼ぶためにか、そんなことを言った。いや、だから、俺は料理の材料じゃ、って、いや、違うか。ふーん、まぁ、俺に構わないでくださいな。俺はすすーっと通り抜けますので、ますのでッ!
お昼ご飯を作っている何処かで見た覚えのある冒険者たちを横目に、俺は『名も無き王の墳墓』に入る。にしても、何処で見かけたんだったかなぁ。まぁ、一人で頑張っている俺とは、殆ど絡まないだろうから、気にしない、気にしない。
さあ、今日が2回目だね。今日は3階層くらいまでは頑張りますかッ!
―2―
他の部屋は無視して4つ目の扉を開ける。と、今日はホーンドラットが飛び出してきた。はいはい、雑魚ね。こちらへ飛んできた勢いのまま、真紅妃で貫くと、ホーンドラットはあっさりと動きを止めた。いや、ホント雑魚だよね。ま、ホーンドラット程度なら魔石を回収する必要も無いか。
で、この部屋は、正面に下り階段、そして右に扉か。前回はここで帰ったからね。とりあえず右の部屋を覗いてから下に降りますかね。
右の部屋を開けると中には蠢く物体が居た。何だ、ねちょねちょしていて……、アレだ、ナメクジだ。世界樹でもヒルみたいな気持ちの悪い魔獣が居たけどさ、これも似ているなぁ。うん、キモイ。ぐちょぐちょと、ねちょり、ねちょりとゆっくりこちらに近寄ってくるけど、えーっと、どうしよう。これを真紅妃や真銀の槍で貫くのは武器が粘液まみれになりそうで、ちょっと嫌だなぁ。仕方ない、魔法で行きますか!
――[アイスランス]――
俺の手から木の枝のように尖った氷の槍が伸びていく。今度はちゃんと氷魔法が使えるように準備しときましたからね、前回みたいなミスはしないんですぜ!
氷の槍がナメクジを貫く。ナメクジは貫いた氷の槍に寄りかかるように、もたれかかり、そのまま小さくなり消えた。そして、後にはナメクジだった液体だけが残った。へ? いやいや、魔石は? 魔石は? う、うん、謎の魔獣だったな。さあて、これで終わりかな?
俺が部屋の中を見回すと、奥に小さな木箱が転がっていた。えーっと、コレは宝箱? ちょっと鑑定してみるか。
【どくばり】
えーっと、毒針かぁ。って、何だ、コレ。幾ら、熟練者が挑むから――1階層みたいな低難易度はサクッと飛ばす、って、そう考えても、宝箱みたいなモノがずっと残っているっておかしいよな。しかも罠が残ったまま? いやいや、絶対におかしいってばッ! これはアレか? やっぱり迷宮が新しく作り直しているのか? うーん、でも、そう考えないと辻褄が合わないよなぁ。
まぁ、開けてみるかな。
箱の横に回り込み、そこからサイドアーム・ナラカを伸ばして木箱を開ける。はっはっはっはー、どうよ、このサイドアームを使えるからこその回避方法! 毒針もまさか横に居るとは思うまい!
木箱を開けると、木箱から俺目掛けて針が飛んできた。いや、あの、俺、横に居たんですけど。小さな針が俺の脳天にささる。
うおおお、針が、針が刺さった。刺さってるよッ! って、アレ? ちょっと痛いくらいで別に……。そのままサイドアーム・ナラカで針を引き抜く。あー、もう、びっくりした。ま、まぁ、第1階層にあるような罠だからな、致命傷になるような罠じゃなかったんだろう、うんうん。いや、でもさ、びっくりはしたぞ。
と、せっかくだからこの針も貰っておくか。魔法のリュックに入れてっと。後は木箱の中身だよね。何が入っているかな。
中に入っていたのは小さな短剣だった。えーっと、何かな、コレ? 困った時の鑑定だ。
【上質な鉄のナイフ】
【鉄で作られた上質な作りのナイフ。剥ぎ取りなどによく使われる、かなり頑丈なナイフ】
う、うーん、微妙。凄い微妙。まぁ、1階層だもんな、仕方ないよな。後でインゴットに作り直すか。ま、それは《変身》スキルが使えるようになってからだな。それまで自宅の自室にでも置いときますか!
と言うことで第2階層に進みますかね。
―3―
薄暗い階段を降りていくと、更に暗くなってきた。はいはい、羽猫さん出番ですよ。羽猫さんよー、これくらいでしか、存在をアピール出来ないんだから、頑張って下さいよー。
――《ライト》――
羽猫が光り、周囲が明るくなる。うんうん、これで大丈夫だぜー。
そのまま階段を降りていく。階段を降りた先は天井の高い通路になっていた。随分と広いな、それにさ、左右には大理石で作られたように見える柱が規則的に並んでいるね。うーん、第1階層とは随分と雰囲気が変わるなぁ。
まぁ、進むか。
俺が柱の並んだ通路を歩いていると、その奥から荒い息づかいのようなモノが聞こえてきた。え、何? 誰かがふしゅーふしゅーって言っている? 字幕で見えないから言葉じゃないよな?
何かを引き摺っているような音と荒い呼吸音が通路に響く。いや、何だ、何だ。音がどんどん近づいてくる。何処だ? 何処だ?
天井かッ!
俺が見上げると羽猫に照らされた物体が浮かび上がった。そこに居たのは長い手足で天井に張り付き、長く伸ばした髪を垂らし、目の部分に包帯を巻いた怪人だった。口には反り返った剣を咥え、荒い息とよだれを垂らしている。片方の手には何かが入った袋をぶら下げており、その袋が地面に引き摺られ音を立てているようだ。お、おいおい、何だよ、コイツは何だ? やばい、マジやばいぞ。
怪人が俺を探しているのか、首を動かし、周囲を見回している。いや、お前、包帯で見えないだろ。咥えているのはシャムシールか? なんだ、コイツ? 凄いヤヴァイ感じがするぞ。
って、明かりは不味いッ! 羽猫、ちょっとライト、やめ、やめッ! サイドアーム・ナラカで羽猫をなで、ライトの効果を消す。そして、そのまま柱の影に隠れ、息を潜める。何だ、アイツ。凄い、ヤバイ感じしかしない。アレが、徘徊する魔獣か?
倒すか? 逃げるか? どうする、どうする?
静かだった迷宮内に荒い呼吸音と口から垂れ落ちているであろう、雫の音が響く。