5-80 闘技場にて
―1―
「ランさま、よろしいでしょうか?」
急ぎ家を出ようとした俺をユエが呼び止める。もうすぐ夕方だからね、手早く頼みますよ。
「今回、やって来た貴族は、指輪の紋章を見るに、ハン家と思われます……」
ハン家、聞いたこと無いなぁ。というかだね、俺、貴族のこと何にも知らないんですけど。
『ユエは貴族について詳しいのか?』
俺の天啓を受け、ユエは小さく頷く。
「ある程度は。商売をする上で、相手の――貴族の立ち位置を把握しておくことは重要になりますから……」
ユエは凄いな。俺、そんなの覚えるの……無理だぜ!
「ハン家は下位貴族なんです……」
へぇ、下位貴族か。木っ端貴族ってコトだな! ひねり潰してやるぜ! ひゃっはー、俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやるぜ!
「下位貴族は私たち商人や庶民と近く、1番気を遣う相手になります……」
ユエが大きく息を吸い込み、吐き出す。
「普通は貴族の注意を他に向けてうまく躱すんですが……」
今回はそれも難しかったと。
「ハン家より上の貴族の力を借りるしかないんです!」
帝国の貴族ってろくなもんじゃ無いなぁ。結局、相手よりも上の権力を頼るしか無いってのは、うーん。そう言った面倒なコトもねじ伏せられるくらいの力が欲しいよなぁ。俺も貴族になってるらしいけど、ハン家とやらを抑えられないってことは、下位貴族と同じか、それより下ってことか……うわぁ、凄い微妙。
しかしまぁ、せっかく、魔法とかが有って、経験を積めば強くなれる、力を持てる世界なのに、結局、権力が1番って、なんだかなぁ。夢が無いよね。
「ランさま、キョウさまの力を借りられるようお願いします……」
そこでキョウのおっちゃんの出番ってワケか。でもさ、キョウのおっちゃんだぜ? 確かに指輪を持っていて貴族らしいけどさ、そんな相手を押さえてくれるような力を持っているのかなぁ。
ま、でも、結局、なんだかんだで頼りになるしさ。何とか見つけて相談してみよう。
はぁ……。
俺は普通に冒険をしたいだけなのに、なんでこんな面倒なコトを。はぁ、マジ、はぁ、ですよーだ。
―2―
とりあえずキョウのおっちゃんの足取りを……って、何処に行くべき何だろうか。普段はおっちゃんの方から我が家へと遊びに来るからなぁ。いざ探すとなると大変だ。
俺の食堂でご飯食べてるとか……ないない、無いな。
とりあえず闘技場にでも行ってみるかな。俺がキョウのおっちゃんと初めて出会った場所だしね。
――[ハイスピード]――
ハイスピードの魔法を使い、帝都を駆けていく。ちょっと、ごめんよー。
帝都の大通りを歩いていた竜馬車の竜が驚いたようにこちらを見る。ふぁふぁふぁ、早いだろう、怖いだろう。
あっと、言う間に闘技場に到着っと。
闘技場の前には腕を組んだフロウが居た。よし、帰ろう。なんで、闘技場のお偉いさんが闘技場の前に陣取っているんだよ。おかしいじゃないか。も、もしかして、もうすぐ17時だもんな。1番盛り上がる時間だから、か? な、何てタイミングの悪い……。フロウは、怖いからね、仕方ないね。
俺が回れ右をした所で、向こうから声がかかった。
「おい!」
なんで、俺に気付いているんだよ、ここまで結構な距離があるぞ。おかしいよね、絶対におかしいよね。
「芋虫! 聞こえるか!」
お、大きな声を出さないでください。他にも歩いている人が居るんですよ。
俺がゆっくりと振り返り、その場を立ち去ろうとしたトコロでフロウに俺の小さな腕を掴まれた。痛い、痛い。ああ、もう、これだけ痛いのに白竜輪が動かない。白竜輪って相手の殺気とか、そういうのに対して反応するのかなぁ。危険感知と似たような感じなのかもしれん。
「芋虫、久しぶりだな」
ふ、フロウさん、笑顔が怖いです。というか、今、俺が居る場所って闘技場まで、まだ結構な距離がありますよね。なんで目を離した一瞬の間に俺の後ろに移動しているんです? おかしいよね、これ、おかしいよね。
「闘技場に何の用だ? また戦いに来たのか?」
いえ、違います。絶対に違います。
『いや、違う。キョウ殿がこちらに居ないかと思って寄ってみただけだ』
ちゃ、ちゃんと理由を説明しないとね。
「ほう。あの道化を探して、か」
道化って。いや、確かに貴族で有りながら闘技場で戦っていたお間抜けさんかもしれないけどさ、ちょっと酷くないか?
『キョウ殿は道化ではないぞ』
俺の天啓にフロウが笑う。
「くくっ。この腐った帝都で、1人の力で何とかなると思っているところなぞ、道化だろうが」
な、何だろう。キョウのおっちゃん、苦労しているぽいなぁ。
『キョウ殿の居場所を知っているだろうか?』
「ほう。それを俺に聞くかよ。お前は、お前は本当に面白い奴だ。もう一度、俺の闘技場で戦え」
いや、戦わないからね、戦わないんだからね!
「あの道化の居場所なら知ってるが」
『すまぬが、教えて欲しい』
フロウが腕を組み、こちらを見る。
「ほう。教えてもいいが……。そうだな、何故探しているかを言えば教えてやろう」
何だよ、その交換条件。楽勝じゃん、俺ってば、すぐに口割っちゃうよ。
『我が家では――今、商会を運営しているのだが、貴族の1人が利権の全てを寄こせと言ってきたのだ。その件でキョウ殿に相談をしたかったのだ』
「ほう。それは面白い話だな。その貴族の名前は分かるか?」
あれ? 何だかフロウが食いついてきた。って、そう言えば、あの土地って元々、フロウの物だったんだよな?
『たしか、ハン家と』
俺の天啓を受け、フロウがニヤリと笑う。
「それなら、あの道化に頼んでも無理だろうよ」
『ハン家は、下位貴族では無いのか?』
フロウは指を振る。
「ハン家は下位貴族だろうよ。だがな、その裏に居るのは八常侍のゴミだ。なるほど、俺が手を引いたとみて乗っ取りに来たか」
フロウが俺の肩と思われるような部分を掴む。だから、痛いって、何だ、この握力。握りつぶされそうだ。
「芋虫、俺が手を貸してやろう。このフロウに手を出したことを、力を持っていると、自分たちが安全な場所にいると! 勘違いしている馬鹿どもに後悔させてやらんとなぁ」
ちょ、怖い、怖いってば。
ホント、この人何なの? フロウも帝国の貴族の1人だよな? 闘技場の門番ぽい癖に、癖に!
「それとな、芋虫。あの道化なら、大抵は帝城の中に居るぞ」
あ、はい。情報ありがとうございます。でも、何だろう、キョウのおっちゃんのトコロへ相談に行く必要がなくなった気がします。
ま、まぁ、キョウのおっちゃんに会ったら、今回のことは話しておこう、そうしよう。
2月12日修正
肩 → 俺の小さな腕