おしえて、シロネせんせい3
「はぁ」
シロネは1つ大きなため息を吐き、重い足取りで歩いて行く。今日は小迷宮『神授の遺跡』で実習を行うことになっている。騎士学校の騎士候補生たちが小迷宮まで護衛を務めるということで、もう今の段階から、待ちきれない生徒達が、静かに、ささやかながらも黄色い声を上げて話している。
「はぁ」
自分の後ろから聞こえる若い声に、シロネはもう一度大きなため息を吐く。
「シロネ先生、大きなため息ですね」
そこへ青髪の少女が話しかけてくる。この青髪少女を苦手としているシロネは、自身のため息を見られていたことに驚き、その事にまた大きなため息を吐こうとし、それを慌てて止める。
「ノアルジーさん、先生を見ていても面白くないと思うんですよー」
青髪の少女が首を傾げる。
「いえ、シロネ先生が、お、……私の知っている騎士学校の生徒と似ているなと思ったんですよ」
「むふー」
「あら、ノアルジーさまは騎士学校に知り合いがいるんですの? 是非、紹介して欲しいですわ」
シロネと青髪少女の会話に、他の令嬢達も加わる。
「いえ、じ……えー、その生徒は今の私の姿を知らないと思いますから」
何を想像したのか、令嬢達がひそひそと楽しげに密談を始める。シロネは若いなぁと思いつつもやってられない哀しい気持ちになり、黙々と目的地へ歩くことにした。
シロネが先導する少女の一団が騎士学校の候補生たちとの合流場所に到着する。そこには、すでに騎士候補生たちが整列して待っていた。そして鎧姿の騎士学校の候補生たちが一斉に剣を胸元に構え敬礼をする。
「むふー。騎士学校の皆さん、ありがとうございます」
シロネの挨拶を受け、騎士候補生の中から一人の妙に黒々とした髪の中年男が歩み出る。
「これはこれは、魔法学校のお嬢様方。にしても、今回は引率の姿が見えないようですなぁ」
シロネが一歩前に出る。
「むふー。私が」
「まぁ、見えなくても、私が指導する、優秀な! 我が騎士学校の生徒がいれば大丈夫でしょうなぁ」
しかし、つやつやてかてか髪の男はシロネの言葉を無視する。
その態度に令嬢の1人が怒ったように話し始める。
「今は私たちの国でも森人族は第二人種に認められています!」
その言葉に髪の毛を整えていた男が笑い出す。
「これはこれは、魔法学校は第三王女に乗っ取られましたかな?」
その言葉に少女たちの雰囲気が一変する。
「むふー。皆さん、いいんですよ」
「でも!」
シロネが言葉を続けようとした所で、青髪の少女が、シロネをかばうように前に出る。
「今の言葉、王族批判に取れるが。騎士学校は王家に反旗を翻すつもりか?」
そして青髪少女の赤い瞳が煌めく。
「それとも、先程の言葉、これはリゲイン・フルーゲ個人の言葉か?」
リゲインと名指しで呼ばれた男が、思わず、うっとたじろぐ。
「い、いや、王家を批判するつもりは……。いや、そ、そう、騎士学校を代表しての言葉では無い。ただ、少し、冗談を、そう、冗談を言ってみただけだ!」
「ならば、よし」
青髪少女が、まるで、自身が、その場の主とでも言うかのように収め、少女たちの輪に戻る。
「ふん、で、では、行くぞ」
男が背を向け、すたすたと、急ぎその場を離れるよう駆け足で動く。
並んでいる騎士学校の候補生の1人が――大きく、そして豪華な装飾の施された盾を持った他とは雰囲気の違う騎士候補生の1人が、こっそりとシロネの方へと歩いてくる。
「気を悪くしないで欲しい。あれで僕たちには悪くない教師なんだ。ただ、考えが古いだけなんだ」
シロネは、その言葉に首を横に振り苦笑する。
「むふー、私は昔も神国に来たことがありますから、その時と比べたら、今がどれだけ良くなっているかわかりますから」
「ありがとう!」
シロネに話しかけた騎士候補生の1人が笑い、騎士たちの列に戻っていく。
と、そこで前を歩いていたリゲインと呼ばれた男の頭の上だけで風が舞った。それに合わせて、男の頭の上に乗っていた、真っ黒くつやつやしていた物が飛んでいく。
現れるつるりとした頭。それに気付かず男は肩を怒らせ、金属鎧を鳴らしながら歩いて行く。
それに併せて周囲で――騎士学校も魔法学校も関係無く笑いがこぼれる。
シロネだけが風の魔法の発動に気付き後ろを振り返る。そこには、ばつが悪そうに苦笑いをしている青髪少女が居た。
騎士候補生に守られて『神授の遺跡』へと進む。
やがて多くの柱が並ぶ、広間に到着する。騎士候補生たちは、その広間に魔獣が入り込まないよう出入り口に陣取り、周囲の警戒に当たる。
「はい、では。むふー、ここで今回の実技の授業を始めます」
少女たちは入り口を守っている騎士候補生たちをちらちらと見ながらもシロネの言葉に耳を傾ける。
シロネが呪文を唱え、水の球を浮かべる。
「これはサモンアクアの魔法になります。むふー。魔法には属性があることを話したと思いますがー、習得した属性と反対の属性を覚えることは出来ないのです」
シロネは新しく呪文を唱え、次に足下を引っかけるような、しなる木の枝を作り出す。
「私は水と木の魔法を習得している為、むふー、火と金の属性の魔法を覚えることは出来ません」
シロネが手を叩き、出現させた水と木の枝を消す。
「では、皆さん、魔法を使ってみましょう。魔法はイメージが大事ですねー。発現させる力をイメージし、それを生み出すことを信じて呪文を唱えるのです」
シロネの言葉とともに少女たちが色々な呪文を唱えていく。
青髪の少女が酸の液によって作られた球を生み出し、それを空へと飛ばしている。
「あら、ノアルジーさんは余り美しくない魔法を使うんですのね」
ちょっと豪華な服装の少女が青髪少女と会話している。
「ああ、金の属性だ」
「ふふ、金の属性ですか。魔法はやはり紫が美しい火の属性が一番だと思いますわ」
「ですです。やっぱり紫炎の魔女に憧れますもんね!」
「私も火の特級魔法を使えるようになりたいなぁ」
青髪少女の元に他の少女が集まり雑談が始まる。
「むふー。ところで皆さんの属性は何でしょうか?」
実技よりも会話に夢中になり始めた少女たちを注意する意味も含めてシロネが問いかける。
「お……、私は水と風と金と闇だ」
青髪少女の言葉に周囲の少女たちが驚く。
「ノアルジーさまは4つも属性を扱えるんですの!」
「属性は8つ……、反する属性は使えない……、それって!」
「全ての属性が使えるってことですの!」
ちょっと豪華な服装の少女が少し拗ねたように口を尖らせる。
「でも、余り美しくない属性ばかりですわ。やはり魔法は火属性のように美しくないと」
その言葉とともに少女が呪文を唱え始める。額に汗し、まるで全ての力を出し切るかのように呪文を唱える。
そして赤い火の玉が生まれる。
「ノアルジーさん、見まして? これが美しい火の魔法、ファイアーボ……」
そこでちょっと豪華な服装の少女が力尽きたかのように倒れた。
「MP切れ?」
「危ない、魔法が!」
生まれた火の玉が空へと飛ぶ。
「エミリアさん、大丈夫ですか」
シロネが、倒れた豪華な服装の少女の元へと駆ける。
「シロネ先生、上!」
そこへ脆くなっていたのか、柱の一部が崩れ落下してくる。護衛の騎士候補生たちは広場の外に――外からの魔獣の襲撃に備えている。
広場に少女たちの悲鳴が響く。
その瞬間、地面から巨大な木の枝が伸び、無数の枝が柱と絡み、崩れそうになっていた柱を支える。
「木の魔法? しかも特級クラス?」
シロネが驚き後ろを振り返る。そこには青髪の少女が居た。
「まさか、この魔法は……」
「さすがはシロネ先生ですね。とっさに木の魔法を使って柱の落下を止めるなんて」
青髪少女がにっこりと笑ってシロネへと話しかける。
シロネは混乱していた。状況的に魔法を使ったのは青髪少女で間違いないはずだった。しかし、金の属性を持っている青髪少女が木の属性を扱えるはずがない。実際に、シロネ自身が、青髪少女が金属性の魔法を使っているのを見ているから尚更だ。
シロネは悩み、そして考えるのをやめた。
2月10日誤字修正
話と思いますがー → 話したと思いますが