第15話:元エデンの騎士の後悔
【王城:宿舎】
俺とエリシャの二人は、宿舎の一室の前に立ち尽くしていた。
この部屋はシェムハザに割り当てられたものだ。
俺は覚悟を決めてその扉を叩いた。
「シェムハザさん。居ますか?」
「.........」
「居ますよね? 話をさせて下さい。申し訳ありませんが開けますよ。」
扉の先には、憔悴しきったシェムハザの姿があった。
明るくて頼りになる好青年だった頃の面影は、今となっては完全に消滅している。
俺とエリシャは、そんな彼に優しく言葉を紡いだ。
「シェムハザさん。俺はあなたを何が何でも助けたいんです。純粋に『仲間』として、そして一人の『友達』としてです。」
「あたしもコウヘイと同じ考えよ。『あんたやコウヘイを傷つける』なんてことあたしには出来ない。
あんたにさせちゃったのは、それと同じ......いえ、それ以上に辛くて苦しいことよ。その辛さは痛いほどよく分かるわ。」
シェムハザは俺たちの話を黙って聞いていた。
少し経ってから、彼は重い口を開いた。
「......君たちが僕のことを心配してくれているのは分かった。でもさ、純粋に僕を救いたくて来たわけじゃないよね?」
「違います! 俺はた...」
「違わないだろう! ただ単に僕を『戦力』として使えるようにしたいだけだろ!」
元エデンの騎士は感情を露わにして叫び続けた。
その青い瞳からは、悲しみの涙が溢れ始めていた。
「僕の『仲間』はエデンの騎士団の皆だけだ! それを葬っていった僕に居場所なんてない! 居場所なんて......どこにも......無いんだ......」
彼はとうとう泣き崩れてしまう。
大粒の涙がいくつも零れて、周囲の床を濡らす。
叫び声もだんだんとか細くなっていき、彼の声は衣服の衣擦れの音よりも小さくなっていった。
そんな様子で嘆き悲しむ一人の元騎士を、小さな少女が優しく抱きしめる。
聖母のような慈愛に満ちた表情で、彼女は彼に寄り添い続けた。
それから長い間が経過したが、エリシャはシェムハザを抱きしめ続けていた。
彼女の優しさを受けて、シェムハザは少しずつ落ち着いていき、彼の頬を伝う涙はいつの間にか止まった。
彼が十分落ち着いたのを確認して、エリシャは優しく語りかける。
「もういいの。もういいのよ、シェムハザ。無理をさせて本当にごめんなさい。もう戦わなくてもいいの。あたしたちが何とかするから。」
「『何とかする』って......本気で言ってるのか? 僕の力が欲しいんじゃなかったのか?」
「あんたが戦ってくれたらそれに越したことはないわ。でも、それはあんたに無理をさせる為の免罪符なんかにはならない。これ以上無理をさせはしないわ。」
「.........」
「だからゆっくり休んでいいのよ。コウヘイ、あんたも同じ考えよね?」
「ああ、そうだよ。俺たちが何とかするから、戦いから離れて大丈夫です。」
「本当にそれでいいのかい? メルビムたちはそうは考えないんじゃないか?」
俺は少しだけ間を空けた。
そして、自身の決意を彼に伝えた。
「メルビムさんたちはシェムハザさん...あなたに何が何でも戦って欲しいと言っていた。そのために俺たちに依頼してきたし、俺たちをここに送り込んだのも彼だ。」
シェムハザは俺の言葉に顔をしかめた。
俺は構うことなく語り続けた。
「だけど、俺は......いや、俺とエリシャはメルビムさんの依頼を破棄するつもりです。シェムハザさんを守るためなら何だってやる覚悟ができています!」
「君たち......僕のことをそこまで想ってくれていたのか。」
ごく僅かにだが、シェムハザの表情が明るくなった。
その様子を見て、エリシャがシェムハザから一旦離れていく。
彼女はシェムハザの目を見つめながら言葉を紡いでいく。
「『居場所が無い』と思うなら作ればいいわ。あたしとコウヘイはあんたのために全力を尽くすつもりよ。あたしとコウヘイの『大事な仲間』なんだから。」
「エリシャの言うとおりです。まずは俺たちがシェムハザさんの『居場所』になります。『居場所なんてどこにも無い』なんてことはあり得ませんし、そんな状態にはさせません!」
「二人とも......」
「一人で悩むのはもう終わりにして下さい。俺たちはシェムハザさんを全力で助けます。」
「いざとなったら、あたしも最後まであんたに付き添うわ! たとえ地獄の底であってもね!」
「こんな僕のことをそこまで大切に想ってくれていたなんて......ありがとう。少しだけ心が軽くなったよ。」
シェムハザは救われたような表情をしていた。
だが、まだ足りない。
そんな彼を見て、俺はシェムハザに気晴らしを提案した。
「シェムハザさん。よければ少し散歩しませんか?」
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俺とエリシャの二人は、シェムハザを連れて城のあちこちを散策した。
最初は城の上階へと向かい、そこで城下を一望しながら穏やかな時間を過ごした。
庭園へ行って、咲き乱れる花々を眺めたりもした。
心を落ち着かせる効果のあるハーブティーを飲むために食堂へも向かった。
城の宝物庫で、数々の名画を一緒に見たりもした。
城内の大部分を巡った後に、まだ行っていなかった工房へと向かった。
ここで彼を立ち直らせることができるなど、その時は誰もが思いもしていなかった。
俺たちのドタバタ騒ぎによって、彼が救われるとは。
【王城:工房】
「話では伺っておりましたが、このままではまずいですわね。少しだけお待ちあそばせ。」
シェムハザの様子を見るなり、ソフィー工房長が真剣な顔つきになった。
相変わらずのおかしなお嬢様口調だが、彼女の本気は言葉の節々から伝わってくる。
少し経って、彼女は巨大な木箱を抱えて戻ってきた。
箱から謎の機械を取り出しながら、彼女はシェムハザに話しかけた。
「まずはこれから行きますわ。少々失礼いたします。」
機械から生えている二本のケーブルの先を、シェムハザの両手に括り付けていく。
彼女はニヤリと少しキモい笑みを浮かべながら、スイッチに手を伸ばす。
「シェムハザ殿、痛いかもしれませんが辛抱遊ばせ。微弱な雷魔法を使って気分をよくして差し上げますわ。」
「ちょ、ソフィーさん。それ大丈夫なんですか?」
「心配ご無用ですわ、コウヘイ殿。天才のわたくしが設計した機械ですもの、テストはしておりませんが問題なくてよ。」
「あんた何言ってるの!? テストすらしてないなんてあり得ないでしょ。天才ならそのくらいわかるはずじゃない!?」
「うるさいですわね。『自称天才』のエリシャ。」
「『自称』じゃないわよ!」
「お二人はお五月蠅いですわね。放っておいて......スイッチオン。」
発明品を試せる喜びが全てを上回ったようだ。
彼女は上機嫌になりながら装置のスイッチを押した。
…...しかし何も起きなかった。
不思議に思ったソフィーは、シェムハザから一度ケーブルを外していく。
その様子を見て、エリシャはあることに気が付く。
「ねえソフィー、ケーブル根元から外れてない?」
「本当ですわね。差し込んで下さいませ。」
「おっけー。ついでにこのよく分からないボタンも押しておくわ。」
「ありがとうご......今なんと言いましたの!?」
ソフィーの全身に悪寒が走った。
彼女の手には二本のケーブルが握られている。
その状態でエリシャが起動スイッチを押してしまった。
ソフィーが全てを理解したときには、もう打つ手は無かった。
「エリシャ! 今すぐそのす...あばばばばばばば!!」
突然創造主へと牙を剥いた機械。
暴走した機械による電気ショックを受けて、マッドサイエンティストが絶叫を上げる。
その様子を見て、エリシャは慌ててスイッチから手を離した。
「わ、わたくしとした事が......何たる不覚......」
「ソフィー、これ本当にシェムハザさんに使うつもりだったの?」
「ええ、もちろんですわ。」
「君さっき悲鳴上げてたよね? そんなの使って大丈夫なの?」
「それは......そうですね。」
「アハハハハハハ。」
唐突に俺の背後から男性の笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、あれだけ暗かったシェムハザが笑っていた。
その声は、演技などではなく心の底から笑っている声だった。
「アハハハ......君たちは本当におかしな人たちだ。」
「シェムハザさん、どうしたんですか?」
「君たちの馬鹿騒ぎを見てたら、悩み続けたこと自体がアホらしくなってね。僕を全力で助けようとしてたのに、そのせいで色々滅茶苦茶になっていったのが笑いを誘ったのさ。」
「よかったわ。でも、無理はしなくていいわよ。」
「ああ、今後思い悩むことがあったら、すぐ君たちに相談するよ。」
ひとしきり笑った後に、シェムハザは真剣な目で俺たちを見た。
そして、彼の決意を語った。
「僕もまた戦うよ。かつての仲間を殺すことに抵抗はまだある。だけどね、それ以上に君たちが傷つくのを見たくないんだ。」
シェムハザは続けた。
「エデンにいた頃にも辛いことはいくつもあった。でも、君たちほど僕の心に寄り添ってくれた人なんていなかった。途中変な展開になったけど、その馬鹿騒ぎ自体が今の僕には最良の薬になったんだ。」
「シェムハザさん、本当にいいんですか?」
「いいんだよ、コウヘイ君。今までは『エデンへの恨み』から戦ってきた。でもこれからは違う。『コウヘイ君たちを全力で助ける』そのための手段として戦うんだ!」
「本当にいいのね、シェムハザ?」
「ああ、僕はひとまずは大丈夫さ。だけど、すぐに全力を出すことは難しいと思う。今後の戦いで少しずつ勘を取り戻していくよ。」
エデン兵たちを何人も葬った。
そのことへの自責の念や後悔はこの先も消えることはない。
しかし、それは彼が前に進まない理由にはならない。
シェムハザは、全てを受け入れた上で進み続けることを決意した。
『戦い続ける』という手段を用いて。
【王城:エルミナ軍司令部】
回復したシェムハザを連れて、俺たち三人は司令部へと赴いた。
技術顧問として呼ばれたソフィーも一緒だ。
先ほどの電撃のせいで少し痺れが残っているようだが、まあ問題ないと思う。
この子頑丈みたいだし。
全員が集まった後、メルビムが話し始めた。
今回の議題は『如何にしてエデンの長城を突破して、エデン内部へと侵攻するか』だ。
以前にも少数の特殊部隊を送り込んだことはあった。
俺がこの世界に来て最初に交戦した相手も、そのうちの一つの部隊だ。
だが、大部隊による侵攻となると話は変わってくる。
何らかの方法で壁の一部を破壊し、進軍路を確保することが必須だからだ。
「コウヘイたちはあの壁を越えて来たんだったな。どうやったんだ?」
「魔法自体を無力化するシールドが張られていたので、工夫して何とかしました。」
「具体的には?」
「最初に、爆発魔法と漏斗で『ノイマン効果』を再現してシールドに穴を開けました。その次に、無防備になった壁本体に攻撃魔法を当てて大穴を開けました。後はそこを通って壁を突破したんです。」
「なるほどな。先の戦闘に投入した『グレネードランチャー』でシールドを破壊できないだろうか?」
エリシャがメルビムの意見に異を唱えた。
「多分無理ね。グレネード弾の破壊力だとシールドを壊すのは多分無理。爆発力自体も不十分だし、鉄球も貫通力がそこまでないはず。対人用には効果的でも、シールドみたいな相手には効かないと思う。」
「となると『ノイマン効果』とやらを使うか、ほかの手立てを探るべきだな。」
エリシャとメルビムの会話を聞いて、ソフィーが俺に質問してきた。
「コウヘイ殿。『ノイマン効果』とやらは、爆発魔法を使わないといけなくって? 黒色火薬で代用はできないのでしょうか?」
「多分可能です。ていうか、本来は爆薬を使って『モンロー効果』ってやつと組み合わせて『成形炸薬弾』として使うものです。なので黒色火薬でもいけるはずです。」
俺は注意点を一つ付け加えた。
「俺が元いた世界では、黒色火薬自体が時代遅れになっていました。そこでは、高性能爆薬で『成形炸薬弾』を作ってます。なので、完全再現はできない可能性があります。」
「承知いたしましたわ。コウヘイ殿、後で図面を頂けるかしら? この天才の頭脳で解決してみますわ。」
「お願いします、ソフィーさん。うまくやればシールドを遠距離から破壊できるかもしれません。」
俺とソフィーの話が終わったのを見て、メルビムが話し出した。
「ひとまずは成形炸薬弾を使って、壁のシールドを破壊するとしよう。ある程度の実績はあるから、おそらくうまくいくだろう。シェムハザ、元エデンの騎士として意見はあるか?」
「コウヘイ君のアイデアは問題ないと思います。ですが、保険として門の近くに攻撃を仕掛けるべきでしょう。」
「門の近くだと敵の大部隊を相手取ることにならないか?」
「ええ、その通りです。ですが、エデンの奥深くへと進撃すると大部隊と交戦する事は避けられません。先に倒せる相手を潰す方が得策です。それに、壁を破壊できなかったときは、門を突破すれば攻め入ることも十分可能です。」
シェムハザの言葉を聞いて、メルビムは納得した。
その直後に、メルビムは俺とソフィーに指示を出した。
「コウヘイ。壁突破用の兵器の図面を作ってくれ。可能であれば試験もやってほしいが、敵が攻めてきたら戦闘を優先しろ。」
「了解です、メルビムさん。」
「それ以外の全員は戦闘準備を行え。そう遠くないうちにエデンがまた攻めてくるはずだ。敵の攻撃を凌いだ直後に、こちらの総攻撃を開始する。そのために出来ることは全てやれ。」
エルミナ軍の方針が決まり、各々が行動を開始した。
だが、動き出したのはエルミナ側だけではなかった。
メルビムの予想通りエデン側も攻撃準備を開始していたのだ。
【エデン:王都オラム中心部】
「親愛なるエデンの民よ! この世界は未曾有の危機に陥っている!」
広場にカマエルの演説が響き渡る。
それを聞いた市民たちが続々と彼の元へと集まってきた。
その様子を見ながら、カマエルは語り続けた。
「騎士団が邪悪な魔物どもを討伐しに行ったことは皆知っているだろう。あろうことか魔物たちは討伐隊を返り討ちにしてしまった! このままでは、この世界が滅ぶのも時間の問題だ!」
カマエルは全力で叫んだ。
洗脳された住民を自発的に動くようにするために。
「我々は、奴らを殲滅するための『レイド』を実施する。勇あるものは参加してくれ、諸君らの協力が必要だ! この世界の平穏と我らの正義の為に戦おうではないか!!」
第十六話に続く




