プロローグ
今日は雨だった。
六月の終わりにしては冷たすぎる雨が、
灰色のアスファルトを濡らしている。
護送車の小さな窓から、
その景色をぼんやりと眺めている男がいた。
年齢は二十六歳
名前は――
久我 誠司
SNSのフォロワーは数十万人で
かつては人気コスプレイヤーだった。
毎回コスプレイベントへ行けば
人だかりができるほどの有名人であった。
美しい顔立ちに
完璧なメイクで魅了し
どんなキャラクターにもなりきる表現力があり
皆が彼を「天才」と呼んだ。
そして――半年前
彼は三人を殺害した容疑で逮捕された。
裁判は長引いて
世間は連日、その話題で持ちきりだった。
『人気コスプレイヤーの裏の顔』
『仮面を被った殺人鬼』
『美貌の連続殺人犯』
数え切れないほどの見出しが躍った。
そして今日
彼に下された判決は――
**死刑**
護送車の中で
久我は静かに笑った。
「……死刑、か…」
声に怯えも後悔もなく
まるで他人事のようだった。
「おい、静かにしろ!」
前方の警察官が低い声で言うと
久我は素直に黙った。
雨が強くなる。
窓を流れる雫が、涙のように見えかけた
その時だった。
キィィィッ!!
突然
前方で大型トラックが急停止し
護送車も急ブレーキをかける。
「なんだ!?」
「事故か!?」
ガンッ!!
次の瞬間
車体が激しく揺れたと思ったら
横から別の車が衝突したのだ。
警察官たちが体勢を崩した
その一瞬
久我の目が変わり
獣のように鋭い光を宿す。
――今だ!
何が起きたのか
それは誰にも分からない。
次の瞬間
護送車の扉が開いていたのを確認してから
久我は雨の中夢中で駆け出していた。
「待て!!」
怒号が飛び
サイレンが鳴る。
だが彼は走る。
泥を跳ね上げながら走る
息を切らしながら走る
誰もいない暗い路地へ
そして――
行き止まりで
ぴたり、と足を止めた。
「……はは…」
乾いた笑いが漏れる。
逃げ切れないのか…
結局、自分はここで終わるのだと
そう思った。
しかし
路地の奥に六人が
傘も差さず
雨が彼らの肩を濡らしているが
動じずただ静かに立っている。
男が三人と女が三人の計6人
全員が奇妙な仮面をつけている。
その中央の
黒いロングコートを羽織った青年が一歩前へ出た。
「久我誠司だな?」
静かな声で
「探したよ?」
久我が眉をひそめる。
「……誰だ!?」
青年は答えないで
代わりに仮面へ手を添えた。
「俺たちは――」
ぱちり
路地の街灯が点灯すると
六つの影が、地面へ長く伸びた。
「COSKILLERよ…」
後ろの少女が小さく笑う。
「略してCKR…
シクルって呼ばれてる。」
久我は黙っているが
黒いコートの青年が続けた。
「君を迎えに来たんだ…」
「……迎え?」
「そうだ。」
雨音だけが響く中
そして青年は言った。
「君の死刑は、
世間に知られたまま執行されるべきじゃない。」
「……何を言ってるんだ?」
「仮面を被ったまま生きた人間は、
最後まで仮面のまま終わらせる。」
久我は目を細めた。
理解できない。
だが
目の前の六人が
異様であることだけは分かった。
彼らは怒っていないし
憎んでもいない。
ただ――
恐ろしいほどに
静かだった。
黒いコートの青年が、
もう一歩近づく。
「表社会に知られない形で、
君には罪と向き合ってもらうぞ…」
「……制裁、か」
「そうだ」
沈黙の中
そして久我は笑った。
「はは……」
雨の中
彼はゆっくり顔を上げる。
「おもしろい」
街の遠くでサイレンが近づいてくる。
赤い光が空を染めた。
その時
六人の中央に立つ青年が、
静かに告げた。
「――開幕だ!」
雨音だけが、
やけに大きく聞こえていた。




