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『12人の侍』〜資本主義すぎて草。前世でブルシットジョブを極めた侍たちが、利他共栄主義革命を成し遂げるまでの転生未来記~  作者: 稲盛 皆藤


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第6話:聖域の契約と12人の結集

 ズズズズ、ズズズズと鼓膜を震わせる重低音が、旧シベリア・巨大軍事シェルターの第4坑道

に鳴り響いている。

 地下は本来、地熱によって摂氏十五度前後に保たれているはずだった。

 だが、エレナが坑道の拡張工事で地上に近い浅い層まで掘り進んだため、外気の氷点下数十度

が押し寄せ、岩盤越しに牙を剥き、この空間だけは零下を下回っていた。

 防護服は防寒機能も備えているが、首周りの呼気が凍り付いた繊維が気温の低さを物語っている。

 エレナは、目の前の分厚い岩盤を忌々しげに睨みつけた。


「はぁ……。吸う空気まで凍って刃物みたい。

 ほんと、最悪の職場ね」


 吐き出した息が一瞬で白く固まる。現世での彼女は、ただの最底辺の掘削作業員だ。だが、

その魂には、この泥と氷の世界とはあまりにもかけ離れた「前世の記憶」が、鮮明に焼き付いて

いた。


 伊藤 陽菜(いとう ひな)

 それが、前世の彼女の名前。宅地建物取引士の国家資格を持った、歴とした合法営業を行って

いた。だが、法律を理解している分、どこまでが合法で、どこまでが違法かをしっかり見極め、

違法すれすれイコール儲けが極大する手法で商売をしていた。「売れない土地はない」と豪語した、

伝説の悪徳不動産ブローカーだ。本人に罪の意識など微塵もなく、土地リサイクルの魔術師と

自称していた。

 あちこちにガタが来る欠陥住宅を安く仕入れて、「味のあるヴィンテージ物件」と言いくるめ、

高く売りさばく。泥沼のような土地は「未来の再開発指定区域予定」と偽り、高く売りつける。

 そんな『お宝』を彼女独自の嗅覚で発見することを生業としていた。

 明確な違法行為ではなかったが、何の生産性も生み出さない、ただひたすら自身の利益追求の

ために商売を行ってきた。


「ま、あの時のツケが、この極寒の強制労働ってわけ?」


 自嘲気味に呟きながら、エレナは削岩機のドリルを岩壁に押し当てる。

 その瞬間、手のひらに伝わる微かな振動と、耳に届いた金属質の反響音に、彼女の目が鋭く

細められた。


「……待って。ただの岩盤じゃない。

 この独特の抜け感、それから……反響。奥に、何かある」


 ドリルを止め、分厚い手袋を外して生の手を岩壁に当てる。軍の設計図には何もない、ただの

デッドスペースのはずだった。だが、彼女の『悪徳ブローカーとしての直感』が、その奥にある

途方もない価値を嗅ぎ取っていた。


「間違いない。空洞がある。しかも巨大ななにか。

 軍の管理下には無い、もしかすると21世紀の『お宝』だわ」


 確信を得たエレナは、数週間かけて誰にも見つからないよう、隠れて掘削を続けた。

 そしてついに、分厚いチタン合金と特殊ポリマーで覆われた、巨大なチューブ状の壁面に突き

当たったのだ。

 それは、かつて歴史の闇に消えたはずのインフラ――

『ユーラシア・日本連絡超高速地下リニア』の遺構だった。


「見つけた……。『お宝』、これ、最高の隠し物件じゃない」


 エレナは歓喜に震えながら、壁面に埋め込まれた古びたコンソールに端末を繋いだ。

 だが、画面に表示されたのは非情なエラーコードだった。


「嘘……ローカルからの電源起動は拒否なの?

 嘘でしょ……、せっかくここまで辿り着いたのに!」


 キーボードを叩くが、システムはビクともしない。メインの制御ハブはここではないらしい。

 

「ハブが生きてなきゃ、ただの巨大な鉄屑のトンネルじゃない……。

 誰か、メインの制御ハブの鍵を無理やりこじ開けられるような、

 イカれた奴はいないの!?」


 エレナの苛立ちを孕んだ叫びは、凍てつく闇の中に虚しく吸い込まれていった。



 旧エルサレム・高度医療都市。

 そこはシベリアの泥と氷とは対極にある、塵一つない無菌室のような白に支配された世界

だった。

 生存適格性を審査するエリート医師、ノアは、ホログラムカルテに並ぶ子供たちのデータを、

冷酷な手つきでスワイプしていた。


『警告。対象ID・4092。遺伝子異常および慢性疾患を検知。生存適格性基準を逸脱。

 ……これより【医療廃棄物】としての処理プロセスに移行します』


 頭上から響く、無機質なAIの宣告。


「……くっ」


 ノアは思わず拳を握りしめ、カルテの画面から目を背けた。

 彼女の魂もまた、前世の罪に囚われていた。


 中村 杏(なかむら あん)

 前世の日本で、美容整形外科を経営していた敏腕女医。

 人間の価値を外見とスペックだけで測り、コンプレックスを執拗に煽り立てては、不必要な

高額手術のローンを組ませていた。患者を自分を飾り立てるための『財布』としか思っていな

かった。


「前世では命との関りを避けて、人間を飾り付けることで、

 単に儲けるための道具として見ていた私が……。

 今度はシステムの片棒を担いで、子供たちの命を奪うハンコを押させられるなんて。

 どんな因果応報よ……」


「相変わらず、裏でコソコソと『非効率な命』を延命させているみたいだな、

 エリートドクター」


 背後から、皮肉に満ちた男の声が響いた。

 振り返ると、そこには仕立ての良い制服を着崩した男が、ドアに寄りかかって立っていた。

 テオ。この都市の住民契約と戸籍を管理する維持契約官。ノアが救おうとする弱者を、事務的

かつ冷酷に『廃棄』へと追い込む、法の番人だ。


「……私の邪魔をしに来たの、テオ?

 通報するなら勝手にすればいいわ。

 私はもう、この子たちの『廃棄申請書』に承認を出す気はないから」


 ノアが憎悪を込めて睨みつけると、テオは「ふっ」と鼻で笑い、ノアのデスクに自分の情報

端末を放り投げた。


「勘違いするな。俺は、お前と同じ『クソみたいな前世』の落とし前をつけに来ただけだ」


「え……? あなたも、前世の記憶が……?」


「お前、考え事をしてるとき、妙な言葉を口にするよな」


「無意識なのかしら?よく分からないんだけど」


「『日本語』って言えばどうだ」

 

「もしかして、あなた21世紀に消滅したあの『日本語』が分かるの?」


 テオの口から出た言葉に、ノアは目を見開いた。


「俺の前世の名前は、神崎 徹(かんざき とおる)

 日本で保険セールスマンをやりながら、

 副業で示談交渉サービスもしてた、

 まあもっとも、どちらも頭に『悪徳』が付いてたけどな」


 テオ――神崎は、自嘲気味に肩をすくめた。


「基本無料の保険を、言葉巧みに不安を煽っていろんな特約を売りつける。

 だけどいざ支払いの段になれば、誰も読まない約款のミクロな穴を突き、

 あらゆる理屈をこね回して保険金の支払いを拒否する。

 他人の絶望を金に換える、冷血な『契約のプロ』だったよ」


「それが……どうして、私にそんな話を?」


「俺の仕事はな、契約書という名の最強の暴力で、

 泣き寝入りする弱者から徹底的に搾取することだった。

 ……だけどな、こんな世界でまで、子供の命を数字で切り捨てる

 書類の承認印を押し続けるのには、反吐が出るほど飽き飽きしたんだよ」


 テオは胸ポケットから電子タバコを取り出し、火をつけずに咥えた。

 その目が、獣のように鋭く光る。


「ルールってのはな、力任せに破るもんじゃない。

 完璧に逆手に取って、システムそのものを合法的に出し抜くんだよ。

 ……ノア、お前が救いたいガキども、俺の『法務ハック』で全員逃がしてやる」



 深夜の旧エルサレム、地下最深部。

 立ち入り制限レベル5の高度セキュリティ区画、通称「聖域」。


「……テオ、本当に大丈夫なの?

 こんな方法で、検閲AIの目を誤魔化せるなんて思えない……!」


 ノアは数十人の子供たちを背後に庇いながら、緊張で声を震わせた。


「俺の約款読みを舐めるなよ」


 テオは聖域の巨大なゲート前にあるメインコンソールに自身のIDカードを差し込み、猛烈な

速度で『法務コード』を打ち込み始めた。画面に膨大な規約文章がスクロールしていく。


「いいか? この世界の統治AIは、ルールには絶対に従う。

 だからこそ穴がある。俺は今、お前のガキどもを、

 書類上『特級医療廃棄物』として登録した」


「な、何言ってるの!?

 それじゃ、焼却炉に一直線じゃない!」


「最後まで聞け。同時に、俺が持つ契約官の権限で、

 『焼却炉の定期メンテナンスによる稼働停止』

 の書類をシステムに割り込ませた。

 さあ、処理できない廃棄物はルール上どうなる?」


「え……? 規定に基づいて、一時保管庫に移送される、けど……」


「その通り」


 テオの指先が、不敵な音を立ててエンターキーを叩き込んだ。


「そして、その『一時保管庫』の座標を、立入禁止区域、通称旧リニア広場、

 つまり、この『聖域』へと書き換えた!

 AIから見れば、俺たちはただ『マニュアル通りに廃棄物を

 保管庫へ移動させているだけ』の、完璧に合法な手続きをしてるのさ!」


『アクセス承認。特級医療廃棄物の一時保管庫への移送を確認。ゲートを解放します』


 無機質なAIの音声と共に、絶対に開くはずのなかった「聖域」の重厚な防爆扉が、重々しい

駆動音を立ててスライドしていく。


「……あ……」


 ノアの目に、圧倒的な希望の光が宿った。

 前世で法と契約を悪用し、人を絶望の淵に突き落とした男のスキルが、今、システムの盲点を

突き、失われるはずだった命を完璧に『合法』として救い出したのだ。

 扉の奥には、広大なプラットフォームと、ホコリを被った巨大なリニアの流線型の車体が眠って

いた。


「これで命は繋がった。

 ……だけどな、肝心のこいつを動かす『道』がなきゃ、ただの巨大な棺桶だぜ?」


 テオが埃まみれのコンソール、そう今は誰も使用していない旧大陸横断リニアのメインコンソール

を起動した、まさにその瞬間だった。

 コンソールの通信モジュールが、突如として激しいノイズを発した。

 エルサレムのローカルネットワークではなく、遥か彼方の物理回線からの直接のアクセス要求。


『――ちょっと! こちらシベリア第4坑道!

 聞こえるなら返事しなさい。

 そっちはマスターハブなの?

 電源生きているなら、さっさとロックを外しなさいよ!』


 ノイズ混じりのスピーカーから、苛立ちを孕んだ女の声――エレナの叫びが響き渡った。


「……ハッ! どうやら、世界は俺たちが思っているより、

 ずっと面白くできているらしいな」


 テオは獰猛な笑みを浮かべ、マスターロック解除のコマンドを叩き込んだ。


 シベリアの「道」、エルサレムの「命」、そしてそれを繋ぐ「法」。

 三つのパズルが物理的かつ論理的に結合した瞬間、旧時代の大陸横断ネットワークが、百年の

眠りから目を覚まし、眩いパルス光を放って起動した。


 リニアのシステムが駆動したと同時だった。

 テオとノアの端末、そしてシベリアのエレナの端末に、見慣れない緑色の文字列が滝のように

流れ込んできた。


『限界突破ガチャ 実装のお知らせ / 対象者:ブルシットジョブ経験者限定』


 それは、北欧のハッカー・アストリッドが世界中に放っていた「21世紀の日本語ミーム」

だった。

 画面が瞬時に切り替わり、ダークウェブの深淵に作られた『Aチャンネル:隔離スレ』が

表示される。そこにはすでに、世界各地のシェルターをハックし、合流を果たしていた

「同志たち」の熱気あふれるログが躍っていた。


『山田 葵(北欧)/ 嘘……信じられない。

 エルサレムとシベリアの物理回線が、今、完全にリンクしたわ!』


『佐藤 パリ/ マジかよ!? つまり、日本へ向かうための「道」が開いたってことか!』


『佐々木 ブラジル/ 物理的なインフラが繋がれば、俺の物流ハックでなんでも運べるぞ。

 最高だ!』


 テオ、ノア、エレナの三人は、そのディスプレイを凝視した。自分たちと同じ「前世の罪」を

背負い、この狂った世界に抗おうとしている者たちがいる。その事実が、魂を震わせた。


『テオ(エルサレム)/ ……おいおい、どこの馬の骨か知らねえが、ずいぶんとデカい革命を

 企ててるじゃねえか。ちなみにこちら、神崎 徹、元交渉人、よろ』


『エレナ(シベリア)/ シベリアの開通は私がやったわ。

 ……あんたたち、ただでこの「道」に乗れると思わないでよ?私は、伊藤 陽菜、元ブローカー』


『ノア(エルサレム)/ エルサレムの医療データと、この子たちの命は私が守る。

 ……もう、誰一人としてこの世界のシステムに死なせはしない。中村 杏、元美容外科医』


 三人の書き込みを見たアストリッドが、歓喜に満ちたコードを叩き込む。


『山田 葵(北欧)/ よし、3人追加、認証成功!

 これでついに12人が「魂の言語」のラインに乗ったわ!

 じゃあ、新入りの三人のIDも、前世の和名に強制同期しておくわね』


 画面上のログがフラッシュし、12人の書き込みだけが暗号化された『独立スレッド』へと完全に

切り替わった。


『伊藤 陽菜シベリア/ 日本への「道」なら、私が掘り当てておいたわよ。

 最高の物件をね』


『中村 エルサレム/ 私は命を繋ぐための「器」を確保する。

 地獄の果てまで付き合ってあげるわ』


『神崎 エルサレム/ そして俺が、お前らの革命を「適法」に偽造してやるよ。

 前世の不当契約の落とし前、ここでキッチリつけさせてもらうぜ』


 ユーロ圏、ニューヨーク、上海、北京、アフリカ、北欧、シベリア、エルサレム。

 世界中に散らばっていた、かつて無駄と強欲のトップランナーだった12人の男女。

 彼らが今、一つのネットワーク上で完全に結集を果たしたのだ。


 そして、掲示板の最後に、ひときわ大きな文字で、あの男の書き込みが投下された。


『佐藤 パリ/ ……待たせたな。これで「12人の侍」が揃った』


『山田 葵(北欧)/ 良いわね。グループ名はそれで決まりね。

 「12人の侍」、うんいい響き』


『鈴木 翔太アフリカ/ それな』

『佐藤 パリ/ それな』

『加藤 奈々(上海)/ それな』

『高橋 結衣(北京)/ 首もげ』

『田中 美咲ニューヨーク/ 完全にこれ』

『神崎 エルサレム/ 契約成立だな』

『吉田 健太ニューヨーク/ 異議なし!!!!!』

『佐々木 ブラジル/ 誤差なし』

『小林 竜馬イギリス/ 悪くない』

『伊藤 陽菜シベリア/ ロックじゃん』

『中村 エルサレム/ 賛成』


『佐藤 パリ/ さあ、世界をハックしようぜ』


 絶対的な力を持つ支配層に、名もなき反逆者たちが牙を剥く。

 誰も蹴落とさない新社会OSを世界にインストールするための、真の革命が今、幕を開けた。

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