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『12人の侍』〜資本主義すぎて草。前世でブルシットジョブを極めた侍たちが、利他共栄主義革命を成し遂げるまでの転生未来記~  作者: 稲盛 皆藤


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第1話:始まりのランダムドロップ

 記憶の中の光景は、いつも同じだ。

 まばゆいほどのLED照明。頭上を突き抜けるような、甲高い電子音。繰り返し鳴り響く

インフォメーションカウンターの女性スタッフのアナウンスの声。そして、自分が誰かに

向けている「作り物」の笑顔。


「こんにちは。ティッシュもらってって下さい」


「豪華景品が当たる大抽選会やっておりまーす。

 お買い物レシートで誰でもご参加いただけまーす」


「お客様、このプランに変更すれば月々千円以上の節約になるんですよ。

 ええ、今だけです。このキャンペーンを逃すと、ご本人様が……いえ、

 ご家族様全員が、年間で数万円も損をしてしまうことになるんです」


 吐き気がするほど甘い声。他人の時間と金を搾取し、自分は虚無を埋めるためだけに

数字を追いかけていた、あのクソみたいな日々。せめてもの楽しみは同僚の美人スタッフ

との社交辞令的なおしゃべりの時間。


「このオプションをつけないと、将来的に頭打ちになりますよ。

 これは本部には内緒で、お客様だけへの特別サービスですから」と、顧客の不安を煽り、

射幸心を擽られたカモたちを、自分自身のノルマを達成するための道具として人間を消費

していた。



「……ハア、ハア、ハア!」


 荒い息とともに意識が浮上する。

 目の前に現れたのは、カビの匂いが染み付いた冷たいコンクリートの天井と、暗闇の中に

揺れる不安定な照明の灯りだった。

 ここはユーロ圏地下シェルター・セクター7。かつて「パリ」と呼ばれていた場所の、

さらに数キロ深い地層。地上の灰が届かない安全領域。


 俺――ルイは、固い岩床に敷かれた毛布の上で体を起こした。喉が焼けるように渇いている。

 朝食の配給まであと三時間。合成タンパクの塊と、濾過されただけの薄い水。それが、俺たち

の生存に必要なカロリーのすべてだ。


「おい、ルイ。また変な夢を見ていたのか?」


 隣で寝ていたルイと同じく、アングロサクソン系の老人が、濁った目で俺を見る。

 このシェルターに蔓延している「生きる意味を失った目」だ。

 ここの支配層は、かつての資本主義の亡霊たちが作り上げたシステムをそのまま踏襲

していた。空気清浄機のフィルターを独占し、水を盾に労働を強いる。

 階級の最下層にいる俺たちに許されているのは、ただ今日一日を食いつなぐことだけ。


 俺は、震える手で懐から古い、錆びついた金属片を取り出した。

 何の意味があるのかもわからない。だが、これを触っていると、微かに「何か」を思い

出しそうになる。

 かつて自分が、誰かを熱狂させ、誰かを操り、そして誰かに支えられていたという……

強烈な記憶の断片。


 俺は、拾い集めた廃棄パーツを組み合わせた自作パソコンのような、電源が入るのが奇跡

と思える粗末な情報端末を起動した。

 シェルターの監視網を避けるための、唯一の暇つぶし。

 その時だった。


 画面に砂嵐が走る。

 いつものノイズとは違う。何かが、この地下深くにまで届く電波を無理やりねじ伏せ、

今まで見たこともない画像が流れている。

 ほどなく、画面が穏やかに静止し、黒い背景に緑色の文字が浮かび上がる。

 この閉鎖された世界では、誰一人として読めるはずのない、かつて俺が母国語と呼んで

いた文字が。


『限界突破ガチャ 実装のお知らせ / 対象者:ブルシットジョブ経験者限定』


 俺の心臓が、跳ね上がり、合わせて体にも電気が走ったような衝撃が。

 画面には、見覚えのある企業のロゴと、かつての「顧客ランク」を思わせるUIが踊っている。

 間違いなく、俺と同じ「前世」を持つ誰かが、この腐った世界に風穴を開けようとしている。


「……限界突破ガチャ、か、

 なんだか懐かしい響きがする」


 俺は端末を強く握りしめ、かつて携帯ショップのカウンター越しに、断れない条件を提示して

客を丸め込んでいた時のような、獰猛な笑みを浮かべた。

 契約書にはサインの余地がある。支配層が「生存コスト」と呼ぶこの地獄を、別のプランへ

書き換えてやれるかもしれない。


「面白ぇ。契約の更新(リセット)の時間だ」


 俺は、震える指で『インストール』のボタンを押し込んだ。



 北方圏、旧スカンジナビア半島。そこはもはや地図上の名称でしかなく、現実には永遠に

終わらない氷河期の中にあった。核の灰のせいで、地球全体の日照は乏しく赤道付近ですら

寒冷地であった。


 氷点下五十度の外気から隔絶された、岩盤のさらに数百メートル下の空間。地熱の影響も

あり、気温は過ごしやすい摂氏20度以上は確保されていた。

 かつての軍事施設を転用した居住区の片隅で、少女アストリッドは震えていた。寒さのせい

ではない。彼女の脳を侵食する、拭いきれない「前世のノイズ」のせいだ。


 アストリッドはモニターの明滅する光の中で、機械的にキーボードを叩き続けていた。

カチャカチャ、という乾いた音が、静寂に満ちた地下室に響く。指先は凍えるように冷たいが、

彼女の脳内は常にフル稼働している。かつて彼女が「山田葵」として生きていたあの頃、この

指先は顧客のクレームをなだめるための謝罪メールを打ち、形骸化した会議の議事録を書き、

深夜三時のデスマーチの中で他人のミスを埋めるためのスパゲッティコードを生成していた。


 あれは、救いようのないクソ仕事だった。ブルシットジョブ。誰の役にも立たず、ただ世界

から時間と金を吸い上げるだけの、死の労働。


「……また、あの匂いだ」


 アストリッドはふと手を止め、空気を嗅ぐ。実際には何もない。だが、彼女の鼻腔には、

オフィスビルに立ち込めていた安っぽいコーヒーの焦げた匂いと、コピー機の熱が混じった

排気臭が蘇る。今のこの場所は、カビと錆と、生命の腐敗した匂いしかしないというのに。


 輪廻転生。この滅びた未来に、あの「クソ仕事」の記憶を持ったまま放り込まれた意味を、

彼女は毎晩考えていた。

 この世界は、前世の焼き直しに過ぎない。上層部は空気を人質に労働を強いる資本主義の

亡霊。管理社会を謳う共産主義の残骸。それらすべてが、ただ「人間を消耗品として処理する」

ためのシステムとして最適化されていた。


「どいつもこいつも、学習能力が欠如してんのよ」


 彼女はモニターに映る世界各地の通信ノードをハッキングし、検閲の網をくぐり抜けさせる。

 彼女が構築したのは、既存のシステムを根底から腐食させる、秘匿掲示板、通称Aチャンネル。


 だが、それを稼働させるには、世界中に散らばるはずの「前世の記憶を持つ同志」が必要

だった。

 彼女は最後の賭けに出た。全通信網を汚染するような形で、世界中に向けて「魂の招待状」

をぶちまけた。21世紀の日本人がこぞって回していた、あの射幸心と絶望を煽る、クソみたいな

ガチャのUIを擬態させて。


『限界突破ガチャ 実装のお知らせ / 対象:ブルシットジョブ経験者』


 画面は何も映さない。ただの通信エラーとして処理されているのか、それとも本当に誰も

いないのか。焦燥感が、喉元までせり上がる。やはり、この狂った世界に仲間などいないのか。


その時だった。


ピコン。


 電子音が、冷え切った空気を切り裂く。

旧ユーロ圏、セクター7。パリの地下シェルターから、微弱だが確実な応答信号が返ってきた。


『認証成功。前世ログ:携帯ショップ勧誘員(ブルシットジョブ検知)』


 アストリッドの眼が見開かれる。心臓が跳ねる。

 彼女はすぐさま、構築しておいたダークウェブの隔離掲示板へ接続し、暗号回線を開いた。


『管理者より。おい、そこのクソ野郎。サーバーの向こう側で息してるか?』


数秒のラグ。そして、返信が届く。


『あぁ、生きてるよ。この腐った地下の空気を吸いながらな。……で、何だこの掲示板は?

 資本主義も共産主義も詰んでて絶望してたところだ。何か面白いハックでも仕掛けてんのか?』


 ルイ、という名が表示されている。彼女は唇を歪め、ニヤリと笑った。

 これが、無限ガチャの始まり、否、革命の始まりだ。

 アストリッドは即座に掲示板のタイトルを書き換える。


『スレタイ:【悲報】今のシェルター生活、資本主義も共産主義も詰んでて草』


これが、世界をハックするための「作戦会議室」の看板になった。


『面白いハック? いいえ、これは革命の旗よ』


 アストリッドはキーボードを叩き続ける。彼女のタイピング速度は、かつてデスマーチを

乗り切った時よりも速かった。


『ねぇ、ルイ。今の社会システムだけど、搾取率高すぎて草も生えないわよね。

 供給サイドだけが肥えて、労働側は合成タンパクで窒息死寸前。北欧モデルも共産主義も、

 結局「誰が一番得をするか」の陣取りゲームでしかない。

 ……なら、その前提を破壊しない?』


『破壊? どうやってだ? 暴力ならここには警備ロボットしかいないぞ』


 ルイからの返信には、鋭い現実感覚があった。アストリッドは思考を加速させる。


『違う、暴力じゃない。みんなでその方法を考えるのよ』


 アストリッドは、ルイ以外からのAチャンネル掲示板への書き込みを待っていた。

 その時、掲示板が動く。他のセクターからも、数名が「ガチャ」を引いて接続してきたようだ。


『……おい、マジか。この時代に日本語が読める奴が他にもいるのか?』


『クソガチャだと思ったら何だこの隔離スレ、鳥肌立ったわ』


『ちょっと待て、これ21世紀のネットミームじゃねえかwww』


『今のシェルター生活、資本主義も共産主義も詰んでて草に一票』


『こっちの全体主義シェルターも社会信用ポイントのノルマきつすぎて草。死ぬわ』


 画面を流れる言葉たちは、どこか滑稽で、荒々しく、そして痛いほど切実だった。

 かつて日本という国で、無駄な仕事を繰り返していた者たちが、このディストピアの

片隅で、今まさに繋がりかけている。


『……面白ぇ』


 ルイからの書き込みが、ひときわ大きく流れる。


『お前ら、前世でクソみたいなブルシットジョブに揉まれてきたんだろ?

 だったらその「クソみたいなスキル」、こんな世界のクソ支配層を

 丸め込むために使ってやろうじゃねぇか。

 暴力じゃ勝てねぇが、契約の書き換えプランなら俺たちの十八番だろ。

 何だか知らねぇが、このAチャンネル掲示板に乗っからせてもらうぜ』


 アストリッドの瞳に、モニターの青い光が強く反射する。

 彼女は唇を歪め、ニヤリと笑った。


『了解。いい返事ね、クソ野郎。じゃあ、まずはここから始めましょう。

 世界各地の地下シェルターを繋ぐ、最初のラインを引くわよ。

 作戦会議の始まりね』


 北欧の凍土と、パリの地下。二つの点がつながり、世界を覆う網のような革命の線が伸び

始めた。

 管理AIが検知できないレベルで、静かに、しかし確実に「革命」という名のウイルスが、

この絶望の世界をひっくり返そうとしていた。


 アストリッドは立ち上がり、凍てつくサーバーラックに手を触れた。

 彼女の目にはもう、かつてのオフィスビルの幻影はない。

 そこにあるのは、革命を夢見る同志たちの背中だけだ。


「さあ、次のガチャを回す時間よ。

 何人が、この限界突破ガチャに気づいてくれるかしら」


 彼女の呟きと共に、世界中のモニターに、また一つ、緑色の信号(シグナル)が灯った。

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