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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない【長話版】  作者: HATENA 
第三部「境界外」

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7/15

第七章「境界外」

 夜。空が揺れた。


 風が止まっている。

 虫の音も、遠くの車の音も、妙に薄い。


 「……来たな」


 在真は外へ出る。神崎もすぐ並ぶ。


 「……おかしいな」


 「……静かすぎる」


 その瞬間、——ピシッ、と乾いた音がした。

 空だった。


 「……割れた?」


 細い線。


 「……来るぞ」


 レオンが前に出る。

 全員が構える。


 在真は目を細めた。


 「……これは」


 圧がない。軽すぎて、逆に足元が少し頼りなくなる。

 何もなさすぎるせいで、余計に嫌な感覚があった。


 次の瞬間、——パキン、と空が開いた。

 音はほとんどなかった。


 そこから、何かが落ちてくる。


 ゆっくり。

 静かに落ちてくる。

 神崎が低く言う。


 「……人?」


 影。


 「……気配がねぇ」


 存在感がない。

 なのに、そこにいることだけは確実だ。


 「……やばいな」


 神崎が小さく呟く。


 レオンが一歩前に出る。


 「……止まれ」


 声をかける。


 だが、反応はない。

 影はそのまま地面へ降りる。

 着地の衝撃も音もない。


 「……動くぞ」


 影が顔を上げる。


 「……違うな」


 言葉が出ない。


 影が一歩踏み出す。


 ——ドンッ。何もしていない。

 だが、地面が沈んだ。


 「……は?」


 神崎が笑う。


 「……おいおい」


 「……なんだよこれ」


 レオンの目が細くなる。


 「……下がれ」


 短い指示。


 だが、在真は前へ出た。


 「……いや」


 神崎が呼ぶ。


 「……在真」


 「……分かってる」


 視線を向ける。影。


 「……強いな」


 それだけで、足が出た。


 その瞬間、視界が消える。


 「……っ?」


 何も見えない。

 音もない。

 次の瞬間、——ドンッ、と体が吹き飛ぶ。


 「……ぐっ!」


 地面を転がる。


 起き上がると、影は動いていない。

 さっきの一撃が、本当にそこで起きたのかさえ曖昧になる。


 「……見えねぇ」


 神崎が構える。

 レオンも前に出る。


 「……今までと違う」


 だが在真は笑った。


 「……いいな」


 「……気持ち悪いくらいだ」


 剣を構える。視界が戻る。


 「……さっきのは」


 感覚がずれていた。

 見えていたはずなのに、何も見えていない。


 影は、そこにいる。

 動いていない。なのに——。


 「……当たる」


 さっきの一撃。

 未来視で拾えなかった。

 未来が抜け落ちたというより、拾う前にそこへ置かれていた感じがある。


 「……未来視、効いてねぇな」


 ガルが低く唸る。神崎が横に並ぶ。


 「どうなってる」


 「……分からん」


 正直に答える。

 だが、このままじゃ届かないことだけは分かる。


 レオンが前へ出る。


 「……触るな」


 短く言う。


 だが、その忠告を待つまでもなく影が動いた。


 音がない。気配もない。


 「……来るぞ」


 分かるのは結果だけ。


 未来視を使う。


 だが、何も映らない。


 次の瞬間、——ドンッ、と神崎が吹き飛ぶ。


 「……ぐっ!」


 「……見えたか?」


 「……いや」


 神崎が立ち上がる。


 「……何もねぇ」


 レオンが動く。


 「……止める」


 踏み込む。


 その瞬間、空気が歪む。


 だが、影は止まらない。


 レオンが一瞬だけ後ろへ引く。

 その迷いで十分だった。

 今まで冷静だったこいつでさえ、答えを持っていない。


 「……これは」


 在真は笑った。


 「……面白いな」


 「……どうやるか」


 観る。

 影そのものじゃなく、動きと存在の置き方を追う。


 「……違うな」


 今までの敵は、攻撃してきた。

 こいつは違う。


 「……攻撃じゃない」


 神崎が聞く。


 「……何だ」


 在真は低く言う。


 「……触れてるだけだ」


 そこに在るだけで、周囲の現実が負けている。

 触れた瞬間に傷になるんじゃない。

 近づいた時点で、こっちの輪郭のほうが薄くなる。


 神崎が顔をしかめる。


 「……意味わからんぞ」


 「……だろうな」


 だが、今までと同じ見方のままじゃ、永遠に掴めない。

 なら、こっちを変えるしかない。


 「……こっちも変える」


 剣を握る。


 「……見るな」


 目を閉じる。


 神崎が声を上げる。


 「……は?」


 「……感覚だけでいく」


 視覚は意味がない。

 未来視も効かない。

 なら、もっと手前の反応だけを信じる。


 「……感じる」


 静かに立つ。影が動く。分からない。だが——。


 「……来る」


 「……次は当てる」


 踏み込む。視覚は使わない。


 「……感じろ」


 影が動く。音はない。

 気配もない。


 だが、空間の歪み方だけがかすかに残る。


 「……そこ」


 体が先に動く。回避。そのまま——。


 「……入る」


 剣を振る。——スッ。感触が薄い。

 だが、影がわずかに揺れた。


 「……当たった?」


 「……効いてるな」


 神崎が目を見開く。


 「マジかよ……」


 レオンが静かに見る。


 「……触れたか」


 「……ああ」


 「……これなら触れる」


 踏み込む。連続。


 「……そこ」


 斬る。——スッ。


 「……まただ」


 影が揺れる。だが、すぐ戻る。


 「……浅いな」


 まだ足りない。

 触れただけじゃ足りない。

 向こうの輪郭を崩すところまで入れないと、すぐに元へ戻る。


 「……もっとだ」


 踏み込む。影が動く。

 今度は速い。だが——。


 「……見えてる」


 いや。


 「……感じてる」


 回避。そのまま——。


 「——斬る!」


 ——ザッ。今度は違う。

 はっきり入った。


 「……入ったな」


 影の動きが止まる。

 わずかに。神崎が叫ぶ。


 「……効くぞ!」


 在真は短く言う。


 「……合わせろ」


 神崎が踏み込む。


 「行くぞ!」


 拳。——ドンッ。当たる。


 「……いける!」


 レオンも動く。


 「……今だ」


 同時。

 影を挟む。在真、前。

 神崎、右。レオン、左。


 「……逃がさねぇ」


 「……行くぞ」


 踏み込む。


 「……全部乗せる」


 火と風、水と土を刃へ寄せる。形を保つより、今は当てることを優先した。

 今触れているこの感覚ごと、まとめて刃へ押し込む。


 「——叩き込む!」


 ——ドォォン!!


 影が大きく揺れる。


 神崎が叫ぶ。


 「……効いてる!」


 だが、まだ崩れない。


 「……硬ぇな」


 その瞬間、影が動く。

 今までと違う。

 こちらに合わせて、向こうの在り方そのものが少し変わる。


 「……来る!」


 空気が変わる。レオンが言う。


 「……段階上がるぞ」


 影が形を変える。

 より明確に。神崎が呟く。


 「……見えるようになった?」


 在真は目を細めた。


 「……違うな」


 「……こっちに合わせてきてる」


 「……本気だな」


 息を吐いて、剣を構える。影が動く。


 今度は、さっきまでよりわずかに見える。


 輪郭。動き。


 こちらが感覚で合わせるようになった分、向こうも形を寄せてきている。


 「……見える」


 「……合わせてきてるな」


 神崎が構える。


 「こっちのやり方に対応してる」


 「……だろうな」


 なら、こちらももう一段上げる。


 「……さらに上げる」


 踏み込む。影も動く。速い。だが、読める。回避。そのまま——。


 「——斬る!」


 ——ザッ!!


 今までより深い。


 「……入るな」


 影が揺れる。

 だが、まだ止まらない。


 「……止まらねぇな」


 神崎が突っ込む。


 「俺も行く!」


 拳。


 ——ドンッ!!


 当たる。レオンも動く。


 「……合わせる」


 圧がかかる。

 影の動きが一瞬鈍る。


 「……今だ!」


 在真は踏み込む。


 「……全部使う」


 火、風、水、土。さらに——。


 「……乗せる」


 力を重ねる。

 今の自分が持っているものを、一度ここで使い切るつもりで押し込む。


 「——斬る!」


 ——バキィィッ!!


 大きく裂ける。


 「……いける!」


 影が揺れる。

 崩れかける。

 だが、まだほどけきらない。

 奥に、他より濃い場所がある。


 「……奥にあるな」


 「あれだ」


 踏み込む。影が反応する。

 今まで以上に速い。


 「……速い!」


 未来視。

 今はもう少しだけ映る。


 「……見えた」


 ギリギリ。回避。


 「……届く」


 一直線。


 「——貫け!」


 剣を突き込む。


 ——バキィィィッ!!


 奥に当たる。


 「……これで」


 さらに押し込む。

 ここで止めたら戻る。

 戻る前に、向こうの奥まで線を通す。


 「——押し通す」


 ——パキン。砕ける。


 その瞬間、影が止まる。


 静寂。


 さっきまでそこにいた重さだけが、一拍遅れてほどけ始める。


 在真は息を吐く。


 「……消えたな」


 崩れる。音もなく。消える。神崎が笑う。


 「なんだよこれ……」


 レオンが静かに言う。


 「……今のは危険だったな」


 「……ああ」


 空を見る。


 裂け目は消えている。

 だが、そこで終わった感じはしない。


 「……まだ来るな」


 確信。神崎も頷く。


 「……まだ残ってるな」


 在真は口元だけで笑う。


 「……悪くねぇな」


 静かだった。


 何もない。

 何もないのに、そこだけ見られている感じがした。

 さっきまでいた影の跡すら残っていない。


 神崎が周囲を見る。


 「……消えたな」


 在真も短く返す。


 「……ああ」


 レオンが小さく呟く。


 「……普通じゃないな」


 その時、——ピシッ、と音がした。


 在真はすぐ空を見る。


 「……まだあるな」


 わずかに歪んでいる。

 まだ閉じきっていない。

 裂け目の奥が、まだこっちを見ている感じがある。


 塞がったはずなのに、皮膚の上だけ向こうへ触れたままだった。


 神崎が止める。


 「……行くか」


 「……おい」


 「中、分かんねぇぞ」


 在真は頷く。


 「……だろうな」


 だが、だからいい。


 怖くないわけじゃない。

 ただ、放っておくほうが気持ち悪かった。


 レオンがこちらを見る。


 「……行くのか」


 「……ああ」


 少しの沈黙。


 それからレオンが頷く。


 「……俺も行く」


 神崎がため息をつく。


 「……結局それかよ」


 在真は軽く返した。


 「……置いてくのも面倒だ」


 ガルが前へ出る。

 当然のように先頭に近い位置を取る。


 在真は少し笑った。


 「……気味悪いな」


 そのまま裂け目へ足を踏み入れる。


 次の瞬間、視界が歪んだ。


 「……っ」


 感覚が消える。


 上下が分からない。

 音もない。

 息をしている感覚さえ曖昧になる。


 胸が動いているのかどうかも、一瞬だけ分からなくなった。

 自分の体のほうが、先に向こうへ置いていかれる。


 「……なんだこれ」


 次の瞬間、視界が戻る。


 「……ここは」


 何もない。

 地面も空も、最初から置かれていないみたいだった。


 ただ、広がりだけがある。


 「……広いな」


 無限みたいな空間。

 立っているのか浮いているのか、それすら途中でどうでもよくなる。


 神崎が呟く。


 「……外か?」


 在真はすぐに首を振った。


 「……違うな」


 「……内側じゃない」


 「……ここだけ別だ」


 レオンが静かに言う。


 その時、——ドクン、と音がした。


 「……来るな」


 遠くで何かが動く。

 形は分からない。


 「……見えねぇ」


 それでも、確実にいる。

 しかも一つじゃない。


 「……増えてるな」


 「……複数だ」


 神崎が構える。


 「帰るか?」


 在真は即答した。


 「……いや」


 「……進む」


 背中のあたりが寒い。

 それでも、戻る感じはしなかった。


 剣を構える。


 「……進む」


 足を踏み出す。地面はない。

 だが、不思議と立てている。

 踏んでいる感覚だけがあり、そこに何があるのかは説明できない。


 足の裏が、薄い膜一枚の上に乗っているみたいだった。


 「……立てるな」


 神崎が周囲を見る。


 「……感覚がおかしい」


 「上下、意味ねぇなこれ」


 「……ああ」


 重力が曖昧。方向も曖昧。


 まっすぐ進んでいるつもりでも、自分が本当にどこへ向かっているのか分からなくなる。

 視界の奥行きだけが勝手に伸び縮みして、距離そのものが落ち着かない。


 「……慣れるしかねぇな」


 歩く。


 だが、距離感がずれる。


 「……遠いのか近いのか分からんな」


 その時、——ドクン。


 「……来るぞ」


 前方の何もない空間が歪む。


 そして現れる。


 「……なんだこれ」


 形が定まらない。人型でもない。

 生物ですらない。


 輪郭のほうが後からついてきているみたいだった。

 先に“いる”感じだけが来て、形はそのあとから無理やり追いついてくる。


 「……異形だな」


 レオンが静かに言う。


 詳細鑑定を走らせる。


 【???】


 Lv???


 「……出ねぇか」


 在真は笑う。


 「……雑だな」


 異形が動く。音はない。だが——。


 「……来てる」


 体が反応する。横へ。——スッ。何かが通る。


 風でも衝撃でもない。

 ただ、触れたらまずい線だけがそこを通過したと分かる。


 肌が遅れて粟立つ。

 当たっていないのに、輪郭だけ削られたみたいで気分が悪い。


 「……触れたら持っていかれるな」


 神崎が構える。


 「見えねぇぞこれ!」


 「……感じろ」


 短く言う。踏み込む。


 「……行く」


 異形へ。


 だが、位置が安定しない。

 こっちも、向こうも、世界ごと少しずつずれている。


 踏み込んだはずの足が、半歩ぶんだけ別の場所へ着く。

 自分の体まで、この空間の雑さに引っ張られていた。


 「……こっちもか」


 「……面倒だな」


 その瞬間、後ろに気配が増えた。


 振り向く。


 「……増えたな」


 もう一体。さらに——。


 「……三か」


 囲まれる。神崎が笑う。


 「マジかよ……」


 レオンが前に出る。


 「分ける」


 短く指示を飛ばす。


 「在真、正面」


 「……了解」


 踏み込む。正面の異形へ。


 「……そこ」


 斬る。——スッ。


 「……浅いな」


 感触が薄い。

 だが、すり抜けたわけでもない。


 こちらが感じた線に、向こうも少しだけ揺れている。

 硬いとか柔らかいとかじゃない。

 触れた実感そのものが、薄くずれている。


 「……効いてる」


 その瞬間、異形が変形した。


 「……は?」


 「……適応してるな」


 こちらの攻撃に合わせて、避け方ごと変えてきている。


 「……そこ潰す」


 踏み込む。異形が群がる。


 「……邪魔だ」


 風。


 ——シュンッ!!


 切り裂く。


 だが、すぐに埋まる。

 倒しても、奥からまた出てくる。


 「……キリがねぇな」


 神崎が横で弾き飛ばす。


 「数増えてるぞ!」


 「……分かってる」


 止まらない。

 ここで足を止めたら、向こうの理屈に囲い込まれるだけだ。


 「……抜ける」


 踏み込む。最小で避ける。

 当てる。抜ける。


 余計な一撃は捨てる。


 「……前だけ見る」


 奥。歪み。


 「……あそこだ」


 空間が濃い。

 他の異形がそこから滲んでいる。


 「……見えるな」


 レオンが並ぶ。


 「……ああ」


 神崎が後ろで押さえる。


 「先行け!」


 「……任せた」


 速度を上げる。


 「……風」


 加速。


 異形の間をすり抜ける。


 「……近い」


 圧が変わる。

 空気というより、空間の底に触れている感じがした。


 「……これだな」


 そこに、穴があった。


 ただの入口じゃない。

 ダンジョンの門に似ているくせに、もっと深くて、もっと不安定だ。

 見ていると目の奥が少し痛む。


 「……繋がってるな」


 さらに奥へ。


 「……源か」


 踏み出す。

 その瞬間、——ドクン。


 「……来る」


 前方。何もない空間。


 だが、そこにいる。


 「……いるな」


 異形とは違う。もっと濃い。

 群れを吐き出している奥の気配だった。


 「……出てきたな」


 形が現れる。


 「……人型か」


 影よりも濃い。

 存在の重さが、今までの群れとは比べものにならない。


 「……こいつか」


 詳細鑑定。


 【???】


 Lv???


 「……出ねぇな」


 在真は笑う。


 「……面倒でいいな」


 源が動く。ゆっくり。だが——。


 「……来る」


 体が反応する。回避。——ドンッ。空間が歪む。

 ただの打撃じゃない。

 存在の近さそのものが衝撃になっていた。


 「……強いな」


 神崎とレオンも追いつく。


 「……間に合ったか」


 「……これだな」


 レオンが前に出る。


 源が、一歩踏み出す。

 その動きは遅く見えた。

 だが、次の瞬間にはもう距離の意味が消える。


 「……来る」


 在真の体が先に反応する。


 回避。——ドンッ。


 さっきまで自分がいた位置の空間が、鈍く沈む。


 「……重いな」


 ただ速いだけじゃない。

 近づかれた場所そのものが、少しだけ向こうの理屈へ塗り替えられる感じがある。


 神崎が横から突っ込む。


 「なら押し返す!」


 拳。——ドンッ。当たる。


 だが、源の輪郭は大きく崩れない。


 レオンが低く言う。


 「……外殻が厚い」


 在真は笑う。


 「……なら剥がす」


 踏み込む。


 「——斬る!」


 ——ガキンッ。硬い。


 それでも、表面に確かな傷は入る。


 「……通るな」


 源が揺れる。


 次の瞬間、周囲の空間が大きく歪んだ。


 神崎が舌打ちする。


 「またこの感じか」


 異形の群れを生んでいた時より、さらに濃い。

 源に近づくほど、こっちの理屈のほうが薄くなる。


 「……面倒だな」


 だが、単純に避けるだけでは終わらない。


 「……見える」


 在真は歪みの流れを見る。

 ただ滅茶苦茶に暴れているわけじゃない。

 源の動きに合わせて、一定の癖で拡がっている。


 「……そこだ」


 崩れる前提で踏み込む。


 「——斬る!」


 ——バキッ。今度は深い。


 源の外殻が一部剥がれた。


 神崎が笑う。


 「やっぱそう来るよな!」


 レオンもすぐ圧を重ねる。


 「……続けろ」


 在真はそのまま連続で斬る。


 速さじゃない。

 剥がした場所へ、同じ圧を何度も通す。


 「……重ねる」


 ——ガキンッ、バキッ、ガキンッ。


 だが、向こうも黙ってはいない。

 急に源の形が揺れ、別方向から圧が噛みついてくる。


 「……横!」


 神崎が叫ぶ。


 在真は体をひねって避ける。

 掠っただけで、肩口の感覚が少し持っていかれた。


 「……削ってくるな」


 ただの打撃じゃない。

 こっちの存在の輪郭を薄くするような触れ方だ。


 「……いい」


 喉の奥で、短く息が漏れた。


 なら、削り合いだ。


 「……やることは同じだな」


 源を見る。


 外殻の奥に、わずかに濃い場所がある。


 「……奥にあるな」


 レオンも気づいたように言う。


 「……あそこだ」


 神崎が構える。


 「じゃあ次で割るぞ」


 在真は頷いた。


 「……いい」


 「……次で通す」


 在真がそう言った瞬間、源の気配が一段重くなった。

 見抜かれたと分かったのだろう。


 周囲の空間が、さっきまでよりはっきりこちらを拒絶し始める。

 空気そのものが、肌の上から押し返してくる。

 前へ出るだけで、薄い壁を何枚も破っているみたいだった。


 レオンが短く言う。


 「……来るぞ」


 源が動く。


 今度は正面からじゃない。

 空間そのものが少し折れ、そっちから現れる。


 「……またその手か」


 神崎が歯を食いしばる。


 在真は踏み込む。


 見えている位置は捨てる。

 歪みがいちばん濃くなる場所だけを追う。


 「……そこ」


 回避。


 直後に衝撃が落ちる。


 ——ドンッ。


 「……読めるな」


 まだ完璧じゃない。

 それでも、体はもうこういうズレ方を覚え始めていた。


 躊躇して止まるほうが危ない。

 考えてから動くと間に合わない。

 先に足が出るほうが、まだましだった。


 神崎が横から圧をかける。


 「今だ!」


 レオンも空気を押さえる。


 「……通せ」


 在真は一直線に奥へ向かった。


 「——斬る!」


 ——バキッ。


 外殻にさらにヒビが入る。


 だが、まだ足りない。


 源が暴れる。

 群れの異形たちも、遠くから一斉にこちらへ押し寄せ始める。


 遠いはずなのに、気配だけ先に首筋へ触ってくる。

 数が増えるほど、空間の奥行きまで濁っていった。


 神崎が振り向きざまに殴り飛ばしながら笑う。


 「ほんとキリねぇな!」


 「……もう少しだ」


 在真は剣を握り直す。


 火、風、水、土。


 全部を、細い突破口へ寄せる。


 「……全部乗せる」


 源がもう一度正面から来る。


 だが——。


 「……遅い」


 歪みの内側へ潜り込む。

 今度はそこだけを見る。


 視界の端で何が暴れていても、そこだけ濃い。

 他は全部、そこへ届くまでの邪魔でしかなかった。


 「——貫け!」


 ——バキィィィッ!!


 深い。


 外殻が大きく剥がれ、奥が半分ほど露出した。


 神崎が叫ぶ。


 「見えた!」


 レオンもすぐ言う。


 「……次で通る」


 在真は笑った。


 「……ああ」


 源の気配がさらに跳ね上がる。

 最後の抵抗。


 空間全体が一瞬だけ逆巻く。

 足元が消えかける。


 それでも、引く感じだけはしなかった。


 「……来るなら来い」


 剣を構える。源が動く。


 最後の抵抗だった。

 周囲の空間が一気に濃くなる。


 足元の感覚が消え、前後左右の意味が曖昧になり、こちらの身体のほうが異物として押し出されそうになる。


 立っているだけで、自分の輪郭が少しずつ外へこぼれていく。

 ここに長くいたら、人の形のほうが先に保てなくなりそうだった。


 神崎が叫ぶ。


 「これ、さっきまでのよりヤバいぞ!」


 レオンも前へ出る。


 「……抑える」


 源の圧を少しでもずらすために、レオンが干渉を重ねる。

 止まりきらない。

 だが、一瞬だけ通り道ができた。


 在真はそこへ踏み込む。


 「……見えた」


 外殻の奥で脈打つ場所。

 周囲の歪み全部が、そこから滲んでいる。


 「……そこだ」


 神崎が横から押し込む。


 「ぶち抜け!」


 火、風、水、土。


 さらに今いる外側の歪みさえ、まとめて刃の流れに乗せる。


 「——斬る!」


 ——バキィィッ!!


 ヒビが入る。


 だが、まだ砕けない。


 在真はそのまま前へ出る。


 「……まだだ」


 源の圧が正面からぶつかる。

 存在の輪郭を削るような重さ。


 肩から腕へ嫌な痺れが走る。

 押し返されれば、そのまま向こうの理屈に飲まれるのが分かった。


 腕だけじゃない。

 名前のついた自分ごと、少しずつ磨り減らされていく感じがする。


 それでも——。


 「……押す」


 剣をさらに押し込む。

 神崎が歯を食いしばる。

 レオンも低く息を吐く。


 全員の圧が、刃の先へ集まる。


 「……今だ」


 「——通れ」


 ——パキン。小さな音。


 だが、それで十分だった。


 砕ける。


 瞬間、源の輪郭が大きく揺れた。

 群れていた異形たちも、まとめて形を失い始める。


 神崎が息を呑む。


 「……来た!」


 在真は剣を振り抜く。

 源の輪郭が、そこから一気に裂けた。


 「……止まったな」


 静寂。


 この空間そのものが、一拍遅れて息を止めたみたいに静かになる。

 静かになったのに、耳の奥ではまだ嫌な圧が鳴っていた。


 だが、奥の気配は消えなかった。


 空間の奥。

 さらに遠い場所で、別の脈動がかすかに返ってくる。


 レオンが低く言う。


 「……これでも入口だ」


 在真は息を吐いた。


 「……だろうな」


 源が消えたあとも、しばらく誰も動かなかった。

 在真は剣を下ろさず、奥を見続ける。


 この外側の空間が本当に静まったのか、在真にもまだ分からない。


 神崎がようやく息を吐いた。


 「……終わった、のか?」


 レオンがすぐには答えない。

 少ししてから、静かに言う。


 「……一つはな」


 「……入口だな」


 「……ああ」


 神崎が苦笑する。


 「ほんと、まともに終わらねぇな」


 在真は口元だけで笑った。


 「……だからいい」


 レオンが周囲を見ながら言う。


 「……戻るぞ」


 「ここで長居は危険だ」


 神崎が肩を回す。


 「賛成だ。さすがに気持ち悪ぃ」


 在真も頷いた。


 「……ああ」


 来た時と同じ裂け目を探す。


 見上げるという感覚すら曖昧な空間の中で、現実へ通じる薄い歪みだけがかろうじて分かった。


 その歪みへ向かって歩く。

 歩いているのに、距離の感覚は曖昧だ。

 近づいているのか、逆に遠ざかっているのかさえ一瞬分からなくなる。


 だが、ガルだけは迷わず前へ進む。


 「……頼りになるな」


 小さく言うと、ガルは一度だけ低く鳴いた。


 やがて裂け目へ届く。


 神崎が振り返る。


 「……また来るんだろうな」


 「……来る」


 在真は即答した。


 「……次はもっと奥だ」


 レオンも頷く。


 「……ここから先は、もうダンジョンの延長じゃない」


 「……嫌いじゃない」


 裂け目へ足を踏み入れる。


 視界が歪む。重力が戻る。音が戻る。

 風の感触が肌へ戻る。


 基地の空。


 夜明け前の薄い色。


 神崎が大きく息を吐く。


 「やっぱこっちの空気が落ち着くわ」


 レオンは静かに前を見る。


 「……報告が必要だ」


 在真は空を見上げた。


 何もない。

 だが、その向こうにまだ何かがあると、もうはっきり分かっている。


 「……次だな」


 少しだけ息が漏れた。

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