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真相解明までの偽婚約  作者: 宝月 蓮
本編

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社交界の反応

 偽とはいえ、グラシエラとアルヴァロの婚約は成立した。

 グラシエラはハウスメイドとしてではなく、アルヴァロの婚約者としてマリャル侯爵家の王都の屋敷(タウンハウス)にやって来た。

 使用人の服ではなく、シンプルだが仕立ての良いドレスをまとっているグラシエラだ。

「皆、紹介する。僕の婚約者、グラシエラ・キアラ・デ・メネゼス嬢だ」

 アルヴァロはマリャル侯爵家の王都の屋敷(タウンハウス)の使用人達にグラシエラを紹介した。

 まるでずっと前から婚約者同士であったかのような口調である。

「知っているとは思うが、彼女にはマリャル侯爵家のことを細部まで学んでもらう為に今まで使用人としてこの王都の屋敷(タウンハウス)について見てもらっていた」

 グラシエラがマリャル侯爵家に潜入していた件は、そう説明することにしたアルヴァロである。

「改めて、グラシエラ・キアラ・デ・メネゼスです。どうぞよろしく」

 グラシエラは隙のない、上品な笑みで使用人達を見渡す。

 その中にはグラシエラと仕事をした先輩メイド達もいた。

 まさか伯爵令嬢だとは思わなかったのか、それとも五年前の『王宮殺人事件』の犯人扱いされている人物の妹だと知ったのか、あるいはその両方なのか。先輩メイド達はグラシエラの正体を知り、困惑気味だった。

「あの、エラ……じゃなくてグラシエラ様……その……」

「……メゼネス伯爵家の方だったのですね」

 恐る恐る先輩メイド達はグラシエラに声をかけた。


『マファルダがペドロ様に横恋慕して殺しちゃったんでしょ?』

『そうそう。ペドロ様も酷いわよね。婚約者がいるのに同じく殺されちゃったフロールっていう男爵令嬢に手を出すだけじゃなく、マファルダにもね』

『お貴族様の恋愛事情、怖いわ。大声じゃ言えないけれど、何股もかけていたペドロ様の自業自得感もあるわよね』


 グラシエラは彼女達がマファルダについて好き勝手言っていたことをしっかりと覚えている。

 グラシエラは上品に口角を上げた。

「貴女達は、自分達にとって都合の良い噂や、刺激的な噂しか信じないのでしょうね。真実を調べることもせずに。判断力が低下しているのかしら?」

 グラシエラは上品な笑みのままである。

「あ……」

「その……」

 先輩メイド達はグラシエラの言葉に青ざめ、何も言えなくなってしまった。

(少し詰め寄っただけでだんまり。それなら噂話自体しなければ良いのに)

 グラシエラはため息をついて、上品な笑みのままその場を立ち去った。


「気持ちは分かる。僕も、兄のことを好き勝手言われていたからね」

 どうやらアルヴァロは先程のグラシエラの様子を見ていたようで、苦笑していた。

「アルヴァロ様、見ていらしたのですね」

 グラシエラは表情を変えずに肩をすくめた。

「ただ、あまり感情的になるべきではない。感情的になったらこちらの負けだ。社交界ではもっと酷いことを言われるだろうし。まあ、君も知っていると思うけれど」

 アルヴァロはため息をつき、サファイアの目を少し悲しげに伏せた。

「ええ、去年成人(デビュタント)した時から経験しておりますわ。お陰で何を言われてもある程度は表情を変えずに我慢出来るようになりました」

 グラシエラのヘーゼルの目は、曇っていた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 グラシエラとアルヴァロの婚約は社交界でも話題になった。

 マリャル侯爵家と繋がりがある家が主催する夜会にて。

 この日の夜は、雲が空を覆っており星が見えない。


「見て、マリャル侯爵家のアルヴァロ様とメゼネス伯爵家のグラシエラ様よ」

「被害者の弟と加害者の妹が婚約か」

「アルヴァロ様、よく許せましたわよね。心が広いですこと」

「いや、加害者側に復讐することが目的だったりして」


 グラシエラとアルヴァロが会場に入ると、すぐに好奇の目に晒された。

(感情的になっては駄目よ)

 グラシエラは好き勝手噂話をしている周囲に対して怒りをグッと堪え、上品で明るい笑みを浮かべている。

「これはこれは、グラシエラ様じゃないですか。お姉様があんなことを起こしておいて、よく社交界に顔を出せますわね」

「アルヴァロ殿、メゼネス伯爵家のご令嬢と婚約とは。もしかして、兄君と同じように浮気三昧の日々を送る為にメゼネス伯爵家の令嬢とご婚約を? 加害者側のメゼネス伯爵家ならば、ご自身の浮気を許してもらえるとでも思っているとか? 兄弟揃って女性関係は乱れていますね」

 中には、グラシエラとアルヴァロに直接嫌味を言いに来る者もいた。

 グラシエラは内心ため息をつきつつ、何も答えず品の良い笑みを浮かべるだけ。

 アルヴァロはスッとグラシエラの前に庇い立つ。

「別に僕は、グラシエラ嬢がグラシエラ嬢だから婚約しただけです。お二方が思っているようなことはありませんので」

 穏やかだがどこか冷たく、芯の通った声のアルヴァロ。そのサファイアの目は、スッと絶対零度のように冷えていた。

(アルヴァロ様……)

 グラシエラは自身の前に庇い立つアルヴァロの後ろ姿を凝視していた。

(『王宮殺人事件』の真犯人を探す為の偽の婚約なのに、そう仰ってくれるだなんて……)

 グラシエラはほんの少しだけ表情を和らげる。

 グラシエラとアルヴァロに絡んで来た二人はつまらなさそうにその場を立ち去った。


 その時、ダンスの曲が始まる。

「グラシエラ嬢、お手をどうぞ」

「ええ、よろしくお願いします。アルヴァロ様」

 グラシエラは差し出されたアルヴァロの手を取った。

 アルヴァロにリードされ、グラシエラは華麗にステップを踏む。

 今までダンスは兄や父としかしたことがなかったので、ほんの少しだけ緊張したグラシエラ。

 しかし、メゼネス伯爵家で教わったり、兄や父とダンスをする時のようにステップを踏むことが出来た。

(ダンスって、楽しいものなのね)

 グラシエラは思わず笑みを零し、ヘーゼルの目を輝かせた。

「楽しそうだね、グラシエラ嬢」

 アルヴァロはサファイアの目を意外そうに丸くしていた。

「そう……ですわね」

 グラシエラは思わずアルヴァロから目をそらす。

(社交界……お姉様のことを好き勝手言われて、あまり好きではなかったけれど……)

 グラシエラはチラリとアルヴァロに目を向ける。

 甘く整った顔がグラシエラの方に向けられ、グラシエラは再びアルヴァロから目をそらす。

(先程も庇ってくださったし……アルヴァロ様のお陰で、今は少しだけ心強いわ)

 グラシエラはアルヴァロにリードされ、再び華麗にステップを踏んで舞った。


 窓の外は、少しだけ雲が晴れて星が見え始めていた。

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