冤罪の姉
グロートロップ王国の王都ソビラの外れの公園には、無縁墓地がある。
無造作に雑草が伸びまくっており、墓標や十字架はボロボロになっている場所もあった。お世辞でも手入れがされているとは言い難い。
グラシエラはそこに一人でやって来た。
シンプルだが仕立ての良いドレスのグラシエラは、荒れた無縁墓地に似つかわしくない。
グラシエラ・キアラ・デ・メゼネス。
メゼネス伯爵家の令嬢である。
グラシエラは墓の前に真っ白な百合の花束を供え、胸の前で両手を組み目を瞑る。
立派な白い百合の花束も、この荒れた無縁墓地には不相応なものであった。
(マファルダお姉様……)
ここはグラシエラの姉、マファルダの墓なのだ。
グラシエラは真剣に、マファルダを弔っていた。
両手を下ろして姿勢を戻したグラシエラは、マファルダの墓に真っ直ぐヘーゼルの目を向ける。
グロートロップ王国の春は、天気が変わりやすい。どんよりとした灰色の雲が、空に広がっている。
やや荒々しい風が吹き、グラシエラの栗毛色の髪は意思を持っているかのごとく荒れたように波打つ。
「マファルダお姉様……私が必ずお姉様の無実を証明して、お姉様の名誉を回復させて見せますから」
芯の強いヘーゼルの目だ。
その目には、悲しみと怒りが入り混じっていた。
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時は五年前に遡る。
グロートロップ王国を治めるアヴィス王家が主催した夜会で、殺人事件が起こったのだ。
殺されたのは、ペドロ・セルジオ・デ・マリャルとフロール・ダニエラ・デ・ピントの二人。
当時十八歳のマリャル侯爵家長男と、当時十七歳のピント男爵家長女である。
二人の体には刃物で何度も刺された形跡があった。
王宮の白を基調とした一室が禍々しく赤黒い血の海になる程の惨劇で、騎士団や警吏が駆け付けた時は既にペドロとフロールは息絶えていたのだ。
この事件が後に『王宮殺人事件』と呼ばれるようになる。
騎士団や警吏は、ペドロとフロールを殺した犯人が王宮内にいると考え、捜査を始めた。
主催者のアヴィス王家の者達、夜会に参加している貴族達や使用人達は、ペドロとフロールが殺害された時間、ほとんど全員にアリバイがあった。
しかし、一人だけアリバイがない者がいたのだ。
それが当時十六歳のマファルダ・アナマリア・デ・メネゼスである。
グラシエラの姉、マファルダは王宮の夜会会場から出て休憩に行ったところで、誰からも目撃情報がなかったのだ。
マファルダが事件があった部屋には行っていないと懸命に訴えても、それを証明してくれる者は誰もいなかった。
結局、決定的な証拠は見つからずマファルダが身柄を拘束されるようなことはなかったが、マファルダは世間的にペドロとフロールを殺した犯人扱いされてしまう。
この『王宮殺人事件』の原因はマファルダ、ペドロ、フロールの痴情のもつれだと語られるようになった。
ペドロは伯爵令嬢イゾルダ・ファティマ・デ・レアルと婚約をしていたが、フロールと浮気。更にマファルダにまで手を出しており、マファルダはペドロに本気になった。
自身の恋心を弄んだペドロと、彼と一緒にいるフロールが許せずマファルダは二人を惨殺した。
事件の真相はそうに違いないと世間は考えていたのだ。
もちろんそれは事実無根のことである。
マファルダはペドロやフロールとほとんど面識がないのだ。
しかし、いくら無実を訴えても世間は聞いてくれない。
マファルダに対する誹謗中傷、そしてメゼネス伯爵家に対する誹謗中傷は酷いものだった。
あることないことを噂して醜く笑う者達、行き過ぎた正義を振り翳してマファルダに暴行を加えようとする者達が数多くいたのだ。
当時まだ十一歳だったグラシエラも彼女より三つ年上の兄も両親も、マファルダの無実を信じており必死に彼女を守ろうとしていた。
しかしマファルダは数々の誹謗中傷の嵐に心を擦り減らし、耐えられなくなってしまったようで自ら死を選んでしまった。
グロートロップ王国や周辺諸国では自殺は宗教上最も禁忌とされている。自殺をした者の家族も連座で罰を受けなければならない程のことなのだ。
それを知っていたマファルダは、自分が死ぬ前にメゼネス伯爵家から除籍しており、家族に迷惑がかからないようにしていたのだ。
それによりメゼネス伯爵家は連座で罰を受けずには済んだ。
しかしこの出来事は、グラシエラの心の奥深くに悲しみを植え付けた。
マファルダの死を知った時、グラシエラの目の前が真っ暗になった。大好きな姉がもうこの世にいない。その事実を簡単には受け入れられなかったグラシエラである。
マファルダの自殺により、『王宮殺人事件』は一旦幕を引いた。
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グラシエラはマファルダの墓の前で立ち尽くしている。
マファルダはメゼネス伯爵家から籍を抜いてあるので、亡くなった後は無縁墓地へ行くことになった。
(どうしてマファルダお姉様が追い詰められなければならなかったの?)
風はどんどん強くなっており、グラシエラの栗毛色の髪も荒々しく、激しく波打つ。
姉マファルダの死は、グラシエラにとって今でも受け入れ難いものであった。
(勝手にお姉様を犯人扱いして……好き放題誹謗中傷したり暴行を加ようとしたり……! それもこれも、『王宮殺人事件』の真犯人のせい……! 絶対に……許せない……!)
グラシエラの表情は怒りで歪んでいる。拳はギュッと強く握りしめられていた。
五年の歳月が経過した今でも、グラシエラはマファルダを失った悲しみや、『王宮殺人事件』の真犯人への怒りが消えていない。
その時、荒々しい風が穏やかになる。風は優しくグラシエラの栗毛色の髪を撫でた。
灰色の雲の隙間から、暖かな光が微かに差し込む。
『グラシエラ、お願い、笑って。私は貴女の笑顔が大好きよ。貴女には笑顔が似合うわ』
優しく懐かしい、姉マファルダの声が聞こえたような気がした。
その言葉は、いつもマファルダがグラシエラに言ってくれていたものだ。
「マファルダお姉様……」
グラシエラは怒りと悲しみを飲み込む。
そして深呼吸をし、口角をキュッと上げる。
「マファルダお姉様、私はいつまでもマファルダお姉様のことが大好きですから」
先程の怒りに歪んだ表情が嘘であるかのように、明るく溌剌とした笑みである。
「また来ますね、お姉様」
グラシエラはくるりと振り返り、墓地を後にする。
ピンと伸ばされた背筋、上品かつきびきびとした歩き方、爽やかな笑顔。
(そうよね。……マファルダお姉様と会う時くらい、マファルダお姉様が好きだと言ってくれた私でいなければ。手持ちの中で一番良いドレスも着て来たのだから。だけど……)
再び光は灰色の雲で覆い隠され、荒れた風が吹き始めた。
マファルダは唇を噛み締め、拳をギュッと握りしめる。
(何としてでも『王宮殺人事件』の真犯人を見つけ出さないと……! その為に、私はやるべきことがあるの……!)
ヘーゼルの目は力強く、再び怒りと悲しみに染まっていた。
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