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第一話 珈琲味の出会い

優太朗(ゆうたろう)ー!!一緒に飯食おうぜー!」


 (あきら)の声が真堂(しんどう)高校の二年六組に響く。いつものことだ。

 優太朗は席を立って弁当の風呂敷を取り出す。


「おう、どうせいつも通り屋上だろ?前嗣(さきつぐ)叶采(かなと)も呼んで来いよ。」


「もちー!先行っててー!」


 相変わらず明は元気だ。しかしこの気楽さが嫌な者もいるのだろう、と思うと世界の広さを感じられる。


 私立真堂高等学校。偏差値も、民度も、制服の人気度も県内で上の下程度の高校。

 それだけ聞けばごく普通の学校に思えるかもしれない。


 しかし──


(相変わらず、古い伝統だな……。)


 屋上で風に吹かれながら、女子校舎の方を見てそんなことを考えていると明が屋上の扉を開いた。


「うーす、優太朗。何女子校舎なんか見てんのー?」


「んー別に?」


「何それー。もしかして……恋!?優太朗が!?」


「いや違うわ。」


 女子校舎の方からは黄色い声が聞こえる。

 一方、こちらの屋上からは男子の笑い声が空に飛んで行った。



 そう、我らが私立真堂高等学校は男子と女子が校舎で分かたれているのだ。

 


 遥か昔の時代に男子生徒と女子生徒の仲が悪く、あまりの軋轢に当時の教師陣が校舎を分けたらしい。

 その対応は男子と女子の接触を減らし、確かに民度をV字に回復させたのだが、代償として男女の関係は明確に減ってしまった。

 今となっては県内でも有数の青春排除高校として有名になっている。


「……ただ、男子も女子ももうお互いを嫌ったりなんてしてないのに、こんなのに何の意味があるのかと思って。」


「髙木でもそんなこと考えるんだ。どうせトイレの改装とかがめんどくさいんでしょ。」


 気だるげな声と共に前嗣が優太朗の隣に座る。


 いつも気だるげなダウナー系男子の小倉(おぐら) 前嗣(さきつぐ)、女子のような可愛い顔で六組のプリンセスの名を持つ赤松(あかまつ) 叶采(かなと)、明るくてうるさい東谷(あずまだに) (あきら)、そして無駄な身長187センチを持つ髙木(たかぎ) 優太朗(ゆうたろう)。いつもの四人組だ。

 一年の時に、優太朗がやっていたスマホゲームを明もやっていたことで、元々グループとして成立していた二人とも仲良くなった。


「あーー!!でも俺だって彼女くらいほしいーー!!」


「明、明るい感じだしアピールしたらモテんじゃね?」


「優太朗は恋愛の難しさを知らないからそんなことが言えんだよー。」


 優太朗は痛いところを突かれたように白目を剥いた。

 叶采は可愛い笑顔を浮かべて弁当を口に運んでいる。


「優太朗だって恋愛くらいしたことあるよねー?明ってば失礼ー。」


「そ、そうだよ。俺だって……」


 そこまで言って口をつぐんだ。実を言えば恋をしたこと自体はある。あるのだがそれは小学生の頃が最後だった。


「やっぱ無いんだろー。はぁ~彼女欲しい~。」


「じゃあなんでこんな高校入ったのさ。大して頭もよくないのに。」


 いつも前嗣の言葉は刃のように明を突き刺す。


「それは確かにそうだけどもさーー……こんな伝統要らないだろー!」


「「「それはそう。」」」


 綺麗にハモった三人は間を置いて小さく笑いあった。

 

 弁当を食べ終わり、四人は五月初旬の青空の下で談笑する。


「……彼女欲しい~~。」


「それしか言わないじゃん。さっさと女子校舎から引き抜いて来ちゃいなよー。」


「無理だろー、何の接点も無いのに。今の三年だって付き合ってんの二組くらいしかいないらしいぞ?」


「マジか……男女の溝ってまだそんなに深いんだな……。」


 前嗣は三人の会話を静かに聞いていた。

 いつもこんな感じ。毎日毎日、おんなじことの繰り返し。つまらなくはないが白黒だ。友達がみんないい奴なのが、なおさら変わることに恐怖を帯びさせる。


「優太朗は恋とかしないのー?」


 唐突に矛先を向けられ、思わず目を見開いてしまう。少しだけ視線を泳がせて顔を上げた。


「……まあ……無理だろ。恋とか、よく分かんないし。」


「……ふーん。」



  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



 ホームルームの終わりを告げるチャイムを放心状態のまま聞き流していた。

 ボーっと教室の前にあるスピーカーを見つめながらあの返事を思い返す。

 

(恋とかよく分かんないって何だよ。適当すぎるだろ。)


「優太朗っ!帰ろうぜ!」


 明の声に引っ張られて意識が現実に戻ってきてしまう。いっそ妄想の中で生きられれば楽なのだが。


「ん。はいよ。」


 仕方なくそう返事をして席を立った。



  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「お母さん、ただいまー。」


『図書喫茶BRANCH』の厨房を覗き込んで母親の姿を探す。


「はーい、お帰り。ごめん優太朗、ちょっとだけホール出られる?」


「オッケー。ちょっと着替えてくる。」


 まあ、これもよくあることだ。優太朗の実家は図書喫茶を開いている。これは完全に母親の趣味なのだが、両親とも読書家なので父親も協力的だ。

 因みに父は『豆の木書店』という本屋を駅前で経営している。こちらの売り上げが想像よりもいいので、母も楽しんで図書喫茶を営めているのだ。



 優太朗がエプロンと帽子の制服に着替えてホールに立つと、がらんとした店内が目に入った。


(何だ、全然お客さんいないじゃん。俺が手伝う必要あるのか?)


 そんなことを考えながら店内を見て回る。


 ふと、端の席に座る長い黒髪の少女に目を引かれた。こちらに背を向けているから顔は見えないが、ウェーブのかかった髪がとても綺麗だ。


 当たり前だが声をかけるようなことはせず、本棚の整理に向かう。時折巻数がバラバラになっているシリーズがあり、暇なときはこういうのを直すのが仕事だ。


(この恋愛小説、すごい手前に置いてあるな……落ちそう。)


 そっと小説の並びを整えるが、三巻と五巻が無いことに気づいた。とりあえずその場を離れて、来店したお客さんの対応をする。

 そのままカウンターでボーっとしながら頬杖をついていると、裏から母が顔を覗かせた。


「優太朗ー?コーヒー飲むー?」


「あー……うん、貰おうかな。」


 小声でそんな会話を交わしてブラックのコーヒーを受け取った。実はあんまり苦いのが得意ではないのだが、今まで誰にも言ったことが無い。

 苦みに顔をしかめながら本棚の整理に戻った。


「あ……あった。五巻だけだけど……。」


 なぜか推理小説のエリアに置いてあった『珈琲味の出会い』という恋愛小説の五巻を棚に戻そうと思ったその時──


「あ、あの……この本の四巻を取ってもらえますか……?」


 高い声が右側から耳に突き刺さった。

 反射的に右を向くが誰もいない。視線を下に下げると、先ほども見た長い黒髪が目に入った。


(ち、小さい…………中学生?いや、小学生か……?)


 目を逸らしながらも時折自分を見つめる大きな瞳に、思わず目を奪われてしまう。

 数分にも、数時間にも、数日にも思える刹那の静寂に耐えかねたのか、目の前の少女は再び口を開いた。


「す、すみません……迷惑でしたよね。お仕事中なのに……。」


 そう言うと少女は精一杯の背伸びをして、『珈琲味の出会い』に手を伸ばす。

 合点がいった。この少女が戻したからこの本は手前に置いてあったのだ。

 優太朗は思わず手を伸ばしてしまった。


「だ、大丈夫ですよ……!俺がやります!」


 小説の三巻を奥まで押し込み、四巻を手に取って少女に渡した。


「あ、ありがとうございます……。」


「……どういたしまして。もし言っていただければ、踏み台の貸し出しもできますよ。」


「そうなんですか!?ご、ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました……。」


 少女は消え入りそうな声と共に恥ずかしそうな顔を浮かべた。小説で口元を隠す姿はとても可愛らしい。


 それからしばらくの間、二人は静かに立ち尽くしていた。優太朗は何をしたらいいのかわからず、気まずそうに目を逸らしてしまう。


(なぜこの少女は俺の前から退かないのだろうか。それとも、まだ用事が?)


「あ、あの!これ、お返しします……!」


 少女は小さな手でさっき渡したばかりの小説を返してきた。


「…………え?」


「わ、私もう帰るので……。あの……本当に、ありがとうございました!」


 そう頭を下げると小さなバッグを持ち、ロングスカートを翻して店から出て行ってしまった。


「……ありがとうございましたー……またお越しくださーい……。」


 困惑を露わにしたままその場に立ち尽くし、手元の小説に視線を落とした。

『珈琲味の出会い』の四巻には、表紙にタピオカミルクティーらしき飲み物がでかでかと描かれている。


 高い身長に恐怖でも抱いたのだろうか。まあ自分よりも恐らく四十センチほど高い視点に見つめられたら怖くて当たり前だ。それとも結んだ髪をキモいと思われた?距離が近かった?そもそも年上の男と話すのが嫌な時期もあるだろう。まじまじと見過ぎただろうか。俺が触れた小説を読みたくなかった?だとしたらなぜ俺に取ってくれなどと──


「優太朗ー?何突っ立ってんのー?……優太朗?おーい、大丈夫?何か言いなさーい?」


 母親の声を聞いて長く無駄な思考から引き戻される。

 うす暗い窓の外に目を向けて、優太朗はなんとか口を開いた。




「なんでタピオカ?」


「……ぱ?」


 この時、髙木 優太朗の母、髙木 優子(ゆうこ)は四十一年の人生で最も間抜けな声を出した。

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