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【BL】幼馴染みの二人  作者: 朏猫


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8/8

三春と靜佳の話

「で、聞きたいことって壱夜さんのこと?」


 駅前のバーガーショップで待ち合わせた靜佳が、ハンバーガーにガブリとかじりつきながらそんなことを言った。いつもなら壱夜兄さんが働いている喫茶店で会うのに、わざわざこんなところに呼び出したから「壱夜さんのこと?」と聞いてきたんだろう。


(だって、喫茶店だと壱夜兄さんがいるからさ)


 壱夜兄さんには聞かれたくない話をするのは難しい。それに今日は靜佳が休みだと聞いたから呼び出しても大丈夫だと思った。それなのに「夕方までならいいけど」という返事を聞いて、つい「壱夜兄さんを迎えに行くんだな」と口を尖らせてしまった。


「靜佳はいいよね」

「何が?」

「だって、いっつも壱夜兄さんと一緒でしょ? 今日だって迎えに行くんだよね?」

「そうだけど……って、あぁ、慎太郎のところに泊まるの許してもらえないんだったっけ。壱夜さん、慎太郎のことで何か言ってた?」

「慎兄さんのことっていうか、僕のことっていうか」


 四日前、慎兄さんの部屋に泊まりたいとメッセージを送ったとき「そんなに慎太郎くんと一緒にいたい? 俺だって三春と一緒に過ごしたいのに」というメッセージが返ってきた。どうしたんだろうと慌てて家に帰ると、先に帰っていた二海兄さんに「兄貴、すっげぇしょげてるけど」と言われてしまった。それ以来、慎兄さんの部屋に泊まりたいと言い出せないままでいる。


「壱夜さんのは単なる心配性だよ」

「そうかなぁ」

「可愛い可愛い三春を慎太郎に取られた嫉妬も少しは混じってるんだろうけど」

「意味がわからない」

「まぁ、普通の兄弟ならそこまで思わないだろうけど。でも、おまえんとこはちょっと違うだろ?」


 ほかとどのくらい違うかはわからないけど、小さい頃から両親がいない生活をしてきたという点ではそうかもしれない。

 僕が四歳になる前、母さんが病気で天国に行ってしまった。一緒に過ごした記憶はほとんどないけど、兄さんたちがしょっちゅう写真を見せてくれたから顔だけはしっかり覚えている。そんな状況でも父さんは海外での仕事が忙しくてあまり家にいられなかった。そういうこともあって、僕は年の離れた兄さんたちに育ててもらったようなものだ。


「それに幼稚園のときのこともあるだろうし」

「そうかもしれないけど……」


 幼稚園生のときに少しだけ行方不明になったからか、それ以来兄さんたちはずっと僕のことを心配している。僕はといえば、体のあちこちを触られたことと男の人がニコニコ笑っていたことくらいしか記憶にない。思い出すと嫌な感じはするけど、はっきり覚えていないからか怖いと思ったことはなかった。

 でも、兄さんたちは僕より大きかったからかしっかり覚えているんだろう。僕がどこか行こうとするたびに「一人じゃ駄目だよ」「一緒に行くから」と言っていつも付いてきた。さすがに高校生になったらそうでもなくなったけど、心配するのは変わらないままだった。

 二人はいまでも僕がそういう目に遭うんじゃないかと心配しているんだろう。気持ちはわかるけど僕だってもう立派な大人なんだ。それに慎兄さんは恋人で危ない人じゃない。


「もう二十二だし、子どもじゃないんだけどなぁ」

「子どもじゃなくなったぶん、余計に危なくなってるけどな」

「どういうこと?」

「ろくでもない虫がわんさか寄ってくるってことだよ」


 そういえば二海兄さんにも似たようなことを言われたっけ。


「意味がわからない」

「わからなくてもいいけどさ。壱夜さんは、いまも昔もいろいろ心配してるってこと」

「心配してくれるのはありがたいけど、でも僕はもっと慎兄さんと一緒にいたいし部屋にも泊まりたい。だって壱夜兄さんはしょっちゅう靜佳のところに泊まってるよね? 僕と慎兄さんも恋人になったんだし、ちょっとくらい泊まってもいいと思う」

「まぁ、そう思うのが普通だよな。二十二歳なんてヤりたい盛りだろうし」


 靜佳の言葉に首を傾げた。


「“やりたいさかり”って、なんのこと?」

「……は?」

「僕は慎兄さんとずっと一緒にいたいだけだよ。それに、泊まるためのパジャマとか枕とかいろいろ買ったから、それも早く使いたい」


 そう答えたら、なぜか靜佳がハンバーガーを持ったままじっと僕を見ている。


「なに?」

「いや、見事なほどの箱入り息子だなと思って。呆れるより尊敬したくなる」

「どういうこと? もしかして馬鹿にしてる?」

「いやいや、いまどきエロ本すら知らない奴がいるんだなと思って驚いただけ」

「エロ本なら知ってるよ。官能小説だって読んだことある。でも僕は女の子を好きになったことないし、ちっともおもしろいと思わなかった」

「いやいや、おもしろいかどうかは別にして性欲はわくだろ」

「そりゃあ初めて見たときはギョッとしたけど、別にドキドキしたりなんてしないよ。そもそも女の子の裸に興味なんてないし」

「ちょっと待て。それじゃあ三春は何をオカズに抜いてんだ?」

「もちろん慎……」

「あぁいい。言わなくてもわかった」


 靜佳がまた変な顔をした。


(自分から聞いたくせになんだよ)


 昔から靜佳はたまにこんな顔をする。大体は僕が何か相談するときで、最後は「まぁ、三春だからな」で終わるんだ。


「まぁ三春だし、予想どおりって言えばそうなんだけど」


 やっぱり今回も似たようなことを言われてしまった。何に呆れているのかわからないけど、こういう話ができるのは幼馴染みの靜佳だけだから甘んじて受け入れるしかない。


(それに男同士の恋愛の話なんてほかの人には絶対にできないし)


 壱夜兄さんや靜佳みたいに綺麗でかっこいい大人の男なら変に思われないかもしれない。でも僕みたいな冴えない田舎者の恋愛話は誰も聞きたがらないはずだ。しかも相手は芸能人みたいにかっこいい慎兄さんだから、絶対に反対されて話が終わる。


「僕だって慎兄さんのところに泊まりたいのになぁ。どうして駄目なんだろう」

「壱夜さんもそろそろ弟から卒業しないとな」

「卒業?」

「そう、三春のことばかり考えるのは卒業しないとってこと。それに、いい加減俺だけを見てほしいし」

「靜佳?」


 ハンバーガーの残りを口に放り込んだ靜佳が、口の端っこについたテリヤキソースを親指で拭ってからペロッと舌で舐め取った。そうして「大丈夫だよ」なんて言いながら俺を見る。


(そういう仕草が似合うのがうらやましい)


 これが僕なら、指で拭う前に「ついてるよ」とか何とか言って兄さんたちに拭われてしまうのがオチだ。もう子どもじゃないのに、この前もそんなことをされてしまった。

 それに比べて靜佳は昔から何をしても様になる。見た目も年齢より大人っぽいし、僕はそれがうらやましくて仕方がなかった。いまだって女の人だけじゃなく男の人まで靜佳をうっとり見ている。きっとこれが“大人の色気”ってやつなんだろう。


(いつになったら僕にもそういうの、出てくるのかな)


 せめて慎兄さんの隣にふわさしい見た目になれたらなぁなんて、最近はそんなことばかり考えている。


「壱夜さんには俺からも話しておくから。ってことで、今夜は外泊許可出ると思うよ」

「え? そんなに早く?」

「俺のお願いを壱夜さんが断ることはないから、大丈夫」


 断ることがないなんてすごい自信だ。あの頑固な壱夜兄さんが靜佳相手だとそうでもなくなるのは、きっと恋人だからなんだろう。それもちょっとだけうらやましい。


(そりゃそうか。だって壱夜兄さんと靜佳はベテランカップルだしな)


 きっと靜佳が言ったとおりになるに違いない。これまで靜佳に相談した壱夜兄さん関係のことは、百パーセント靜佳が言ったとおりになっている。


「靜佳ってすごいよね。やっぱり恋人だから?」

「それ以前からのつき合いも長いしな。それに、俺のお願いは昼のことでも夜のことでも聞いてくれるようにいろいろしてきたから」

「え? 昼と夜のこと? どういうこと?」

「そういうことは慎太郎がこれから全部教えてくれるだろ。っていうか、慎太郎ならもっとエグいことも教えそうだけど」

「えぐいこと?」

「あいつはろくでもない男だから」


 それも二海兄さんから聞いた言葉だ。でも……。


「ろくでもない男って、二海兄さんは靜佳のこともそうだって言ってたけど」

「……二海のやつ」


 靜佳の目が鋭くなった。靜佳より二海兄さんのほうが三歳年上だけど、靜佳は小さい頃から二海兄さんのことを呼び捨てで呼んでいた。それもあって、僕はずっと二人は同い年なんだとばかり思っていたんだ。


(そういえば慎兄さんのこともずっと呼び捨てだ)


 僕が生まれる前から全員仲がいい幼馴染みだから、年が違っても名前で呼ぶのは不思議じゃない。僕も靜佳のことを、気がついたら「靜佳」って呼ぶようになっていた。


(慎兄さんも靜佳のこと、ずっと呼び捨てで呼んでるし)


 昔はそれがうらやましくて仕方なかった。僕のことを二海兄さんの弟としか見てくれない慎兄さんが、靜佳には友達みたいに接するのが内心悔しかった。本当はもっと親しげに名前を呼んでほしくて……そうだ、そのせいで名前を呼ばれても返事をしなくなったときがあったっけ。


(僕ってどうしようもないくらい子どもだったんだなぁ)


 でいまは違う。もう誰のこともうらやましいだなんて思わないい。慎兄さんと僕は恋人で、誰よりも親しい関係になった。そう思ったらにんま笑ってしまった。


「えへへ」

「この顔見たら壱夜さんが心配する気持ちもわからなくはないけど」

「え? なに?」

「なんでもない。それより帰ったら泊まりの準備しておけよ? あと、慎太郎にもメッセージ入れといたほうがいい」

「でも、もし駄目になったら迷惑かけることになるし」

「大丈夫だって言っただろ? それに、慎太郎のほうはいろいろ用意しておかないといけないものもあるし」


「まぁ、とっくにしてるとは思うけど」と言いながら靜佳がちゅるっとコーラを飲んだ。よくわからないけど、僕は言われるまま慎兄さんにメッセージを送った。「迷惑じゃないかな」と少し心配していたら、すぐに「許可が出たらメッセージ送って。迎えに行くから」という返事が届く。「今日こそ泊まれるといいなぁ」と思いながら、今夜はどの映画を観ようかあれこれ考えた。


(そうだ、昨日買った二つ目のお揃いのマグカップ、さっそく使おうっと)


 あれに僕はココアを入れて、慎兄さんはカフェオレを入れて夜中まで映画を観よう。「慎兄さんがサブスク入ってくれててよかった」なんて思っていると、靜佳が「はぁ」とため息をつきながら僕を見る。


「三春が考えてること、たぶん今夜はできないからな?」

「え?」

「映画はお預けってこと」


 なんで夜通し映画を観ようと考えていることがわかったんだろう。


「お預けってどういう意味だよ?」

「それも慎太郎が教えてくれるだろ。それより、ん、」


 首を傾げる僕に靜佳がポテトを摘んで差し出してきた。お昼を食べ終わっていた僕はドリンクしか頼まなかったけど、差し出されたら無性に食べたくなる。揺れるポテトにパクッとかじり付いた。


「おいしい。ありがと」

「どういたしまして」


 そういえば靜佳も昔からよくこういうことをする。兄さんたちなんてしょっちゅうだ。だから、ついいつもの流れで食べてしまったけど「きゃあ!」って悲鳴みたいな声が聞こえたことでハッとした。

 この前、慎兄さんにされたときもこんな悲鳴みたいな声が聞こえた。いい大人が子どもっぽいことをするからだと恥ずかしくなる。外では二度としないようにと思っていたのに、すっかり忘れていた。

 慌ててドリンクをちゅるちゅる飲みながら、少しだけ俯いて顔を隠す。


「うーん、大人の階段を上っても三春はこのままだろうなぁ」

「……ちょっと、いまのは馬鹿にしてるよね?」


 視線だけ上げて睨んだら「そういう仕草が危ないって気づけよな」と言われてしまった。意味がわからなくてジロッと見る。


「やっぱり馬鹿にしてる」

「してないしてない。国宝級に可愛いって言っただけ」

「意味がわからない」


 馬鹿にされているような気がしなくもないけど、こうやって僕の話を聞いてくれる靜佳はいい幼馴染みだ。心の中で感謝しながら、僕の頭の中はすぐに今夜のことでいっぱいになった。

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