第六話
おい…あのさ?これは一体どいう状況ですか?
-え?わかっているだろ?お前の状況を簡単に説明すると、エルフの集落の側まで着く→ティナの指示でベンから降りる→拘束される→麻袋を被せられる→どこかの部屋に入れられる…なのだ-
すっげぇわかりやすい説明ありがとう。
まぁ拘束された時にペトスだ染み込んだ爪に触られなかったのは奇跡だな。
…ベンは大丈夫かな?
-外の状況は分からないのだ。でも死んだふりとかする当たり、ベンは世渡りが上手いからきっと生きているともうぞ-
それならよかった。
それにしてもこの部屋は音も何もない。
外の情報は一切遮断され、何もわからない状況だ。
でも不思議と不安はない。魔王がこうして話していてくれてるからだろう。
どれくらい時間が経ったかすらわからない。
でも突然、扉が開く音がした。
「お前がエルフ語を理解しているのは聞いた。立て」
う~ん声を聞いた限りじゃ男ってことしか分からないな。
でも、もしかしてティナの交渉が上手く行ったのかな。
俺は素直に指示に従った。この世界に来てからこうして指示に従って動くことが多い。
指示待ち人間にはなりたくないものだ。
俺に声をかけた何者かが肩に触れ、そいつに押されるがままに歩く。
顔の麻袋がとられることはない。
-これは完全に交渉に失敗したのだ-
ば、馬鹿、まだわからないだろ?
-拘束されたのが私であればどうにでもなったが、お前の得られる情報しか得られない今、私にはどうすることもできないのだ-
どれくらい歩かされただろう。
ここまで歩かされれば大体想像がつく。
おそらく俺はこのまま解放されるのだろう。
エルフの集落がどこにあるか分からない森の中で俺を解放することで、場所を隠蔽するんだと思う。
ここは確実に無抵抗が正解だ。
-どうだろうな。多分お前の想定している結果にはならない。想定ってのは常に最悪の結果にするべきだ。その方が何かあった時の対応が早いのだ-
む…無抵抗が正解だ。
-私の想定を教えてやる。まずお前がこうして歩かされているのは集落から遠ざけるためであっているのだ。だが目的が違う。お前がさっきから歩かされている道のりは、ずっと真っ直ぐなのだ。感覚の強い人間ならそのまま反対に歩けば集落まで着ける。つまりこうして歩いているのは、お前を解放するためではない。なら何のために歩いているか、それはティナから遠ざけるためだ。彼女はお前に言っていた通り、確かに父親に交渉した。だがお前が危険な存在ではないと保証する根拠は何もない。おそらく集落が出した結論はお前の処刑。ただしティナにそれを知らせると、おそらく彼女は抵抗するだろう。表向きはお前を解放することにして納得させ、お前をティナから遠ざけた後に処刑する。そうすれば集落の完全なる隠蔽は完了する。人間に娘をさらわれたのだ。警戒を強めるのが普通だぞ?-
やややや、やけに具体的で根拠のつきまくった想定だな。
だ、だがエルフと言えども血の通った人間だ。そんなことするわけがない。
ハハハ…あ、ありえないさ。
-ありえないと考えている割には動揺しているのだ-
「止まれ」
もちろん俺は立ち止まった。
逃げ足には自信があるけど、逃げたりはしない。
顔にかぶせられていた麻袋が突然外された。
グリム。俺の推測が当たったみたいだぞ?これは解放される流れた!
珍しくグリムが返事すらしない。
おそらく俺と視界が共有されているので、目の前の光景を確認しているのだろう。
「上がれ」
エルフの男に指示をされる。
エルフは目から鼻まで隠すタイプの仮面を付けている。背丈は190くらいはあるな。綺麗な金髪が短髪にまとめられている。
とまぁエルフの特徴は置いておいて、俺は目の前の状況に唖然としていた。
そこにあるのは石造りの祭壇だった。
高さは目測三十メートルほどで、かなりでかい。
状況が全く理解できない。
「これは…どういうことですかね?」
俺は思わず隣に立つエルフに質問してみた。
エルフは何も答えず、首を動かして早く上がれと伝えてくる。
-わぉ。お前は想定の斜め上を行くな。これは生贄ルートなのだ-
動かない俺にしびれを切らしたエルフは強引に肩を押し、俺を祭壇の上まで登らせた。
祭壇の上には鉄製の杭が刺されている。
上まで登ると周囲の木を見下ろすことができた。
そして俺は杭と一緒に縄で巻かれ、さらに強固な拘束をされた。
エルフの男は俺の前で片膝をつき、ボソボソと何かを言っている。
声が小さすぎて聞き取ることができない。
-おそらく祈りを捧げているのだ-
無事祈りが終わったのか、エルフはそのまま祭壇を降りようとした。
「ま、待ってくれ。俺は本当にティナを助けただけだ」
俺はエルフを引き留めた。
「お前達人間は、そうして我々の心に入り込み、何度も、何度も裏切ってきた。長の娘が攫われ、人間への信頼は完全になくなった。俺から言えることは、それだけだ」
エルフは忘れていた何かを思い出したように俺に近づいてきた。
「やはりこれは被せておく。お前への、せめてもの情けだ」
もう一度麻袋が被せられた。
「さらばだ。人間」
そういうとエルフの足音が聞こえた。
そのおともすぐに聞こえなくなった。
祭壇から降り、この場から姿を消したのだろう。
-残念だったな-
あぁ…本当に残念だ。
-拘束から抜け出さないのか?こんな縄、魔法で一発だ-
いや、いい。しばらくこのままでいさせてくれ。
-ふんっ、いっちょ前にショックを受けているのか?-
いいからほっといてくれ。
魔王からの声が聞こえなくなった。
会話する気分じゃないし、丁度いいや。
たぶんこの場所は避雷針なのだろう。
木より高い位置に鉄の棒。周囲に祭壇より高い木は一切生えてなかった。
この鉄製の杭で、雷を引き寄せる気だろう。
森の天気は変わりやすいっていうし、雨が降るのを待つだけだ。
降らなきゃ餓死するだけ。
正直旅の最初からここまでうまくいかないとは思わなかった。
たぶんどこかで俺は、自分が特別な存在だって考えていたんだ。
この世界に転移したのだって、何か意味があって、俺は選ばれたんだって考えてた。
でも現実は…選ばれたのは他の二人で、俺はただこの世界に来ただけ。
こんなことなら、この世界に来ないでずっとペトスを作っていればよかった。
そうすれば自分が【G】だって知ることもなかったし、こうやって処刑されることもなかった。
どうせ何もない毎日だって考えていたけど、それがどれだけ幸せなことか今更わかった。
自由に生きたいなんて…考えるんじゃなかった。
そんなことを考えていると、丁度空から雨が降り始めた。
雨を浴びたい気分だったし丁度いい。
雷で死ねるなら、それでもいい。
元の世界には戻れないっていうし、なんかもう…全部諦めたい気分だ。