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リュナの王国  作者: イヲ
第三章・流転する街
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12

「ありがとうございます」


 遅い朝食をとったあと、黒い髪の少女が頭を下げた。

 アイラも、ミルナもいない。

 イリスは少女を見もせずに「ああ」と、呟いた。

 言わなくても分かっている、というように。


「ミルナ様を助けて頂いて。シオンたちが、連行されたと聞きました」

「別に、いい。世話になってる礼だ」


 少女は深く頭をさげ、部屋を出ていった。


「絶対に守る、っていうことはできない」

「……?」

「相手が、多数で。俺が戦っても、手に余るときがある。その時、おまえを守ることができるか、分からない」

「……あんたは、そんなことを考えていたのか?」

「俺が何も考えないでおまえを連れていると思ってたのか」


 イリスは不機嫌そうに行儀悪く足を組んだ。


 彼は、ルカのことを信頼はしているが、取るに足らない存在なのかもしれない、と思っていた。

 守られるにあたいする存在ではないのかもしれない、とも。


「だが、まあ……。俺は勝てねぇ(いくさ)はしない。そのへんの判断はできる」

「イリスでも、負けることがあるのか」

「おまえな。俺を不死身だとか、最強だとか、そういうもんだと思ってないだろうな。俺も、負ける時は負ける。逃げ果せれば、こっちのもんだ。生きていれば、そのうち勝つことができるかもしれない」


 イリスの碧眼は、どこか遠くのほうをみていた。

 まるで、「イリスが勝てなかった人間」をにらむように。


「部隊長には、一度も勝てなかったな」


 ふいに、違和感を感じた。

 イリスはつい先刻、「逃げ果せた」と言っていた。

 けれど、その対象がシグリの部隊長だったなら、おかしい。


 部隊長以外にも、勝てなかった人間がいるのだろう。

 そうは思ったが、聞くことはできなかった。


 


 食堂から部屋へ戻っても、窓から見えるのは未だつづく、吹雪だった。

 だが、山の向こうはすこし明るい。

 明日には、やむのかもしれない。


「オリアン領は、どういう領なんだ」

「閉鎖的だし、あまり情報は回ってきていないが、国教徒がおおいと聞いている」


 明日出発することを見越しての質問なのか、イリスの問いに事務的に答える。

 

 そうか、とだけ答えた彼は、ベッドの上に横になった。


「おそらく、だが。シオンの連中は、昨日の騒ぎを知って、魔術にありついたのかもしれない。その手がかりが、領主にあると思ったんだろうよ」

「……まだ、それに関するなにかを、領主は知っているというのか」

「まあ、こんな本を持っている時点で、知らぬ存ぜぬは通らねぇな」


 ベッドの近くにある、机のほうを指さす。

 この本は、いったい何なのか。

 魔術に関するもので間違いないだろうけれど、中身は、意味の分からないものだったが。

 「分かる」人間が見れば、分かるのだろうか。

 領主が言うには、複製品(レプリカ)だそうだが、いったい何の本の複製品なのだろうか。


 ――考えても、分からないものは仕方がない。

 もしも分かったとしても、ろくな目にあわないだろう。


 魔術、という言葉自体が王族やシグリだけしか知らない、というのだから。



「イリス?」


 呼吸を忘れてしまったかのような静寂に、ルカはすこしだけ心配になって、ベッドの上のイリスを見下ろした。

 彼は目を閉じて、薄い呼吸を繰り返している。


 眠っているのだろう。


 そっとしておこうとして、自分のベッドにすわった。

 外を見ても吹雪いているだけで、いつもの景色だ。面白味も何もない。

 

 そういえば。

 いつも、何をしていたのだろう。

 自分は。


 友人と呼べるものも、親友と呼べるものもいなかった、ルカは。

 いつも、何を。

 こういう時間など、いくらでもあったはずだ。

 吹雪の日など、狩りにも出かけられない。

 雪の処理も、吹雪では意味などない。

 

 本を。

 本を、読んでいた気がする。

 それでも、ずっと、ではない。


 思いだせない。

 自分が、何をしていたのか。


 いつの間にか。

 イリスがいることが、当たり前になっていたのかもしれない。

 たった数日だ。

 イリスと過ごしてきた日は。


 セハカと過ごした、あの地獄のような日よりも、ずっと、一緒に過ごしてきた気さえ。



「そんなはず、ないのにな……」


 ばかなことを。


 自嘲する。

 イリスも、ずっとそばにいるわけではない。

 この旅が終わったら、イリスもイルマタルに戻るのだろう。

 会うこともないかもしれない。

 一生。


 いやだ、と。

 思う。

 傍にいたい、と。そうおもう。

 たとえどれだけ否定されようとも、どれだけ辛辣な言葉を投げつけられたとしても。


 これを。

 おそらく、執着、というのだろう。





 その日の夜、ミルナに食堂にくるように、と言われた。



 食堂には、ミルナひとりだけがいた。

 アイラも、あの少女もいない。

 表情は険しい。

 

「待ってたわ」


 緊張した声色で、座るようにうながす。


「あなたたち、何を知っているの」


 鋭い視線で、ふたりに詰め寄る。

 

「何を、って、別に何も知らねぇな。お前のほうが知ってるんじゃないのか」

「私は、昨日のことを洗いざらい吐けって言われたわ。クロノ様は何か、ご存知のようだったけれど」

「……なるほどな。だが、そうだったとしても俺らに言えることはない」


 イリスは、嘘などついている様子はなかった。

 ルカにとっても、彼が言っていることが真実なのだから。


 けれど、彼女にとって納得のいく返答ではなかった。


「言えることはないって、なに? 逆に言えば、あるってことよね」

「そのままの意味だ。知りたいなら、領主に聞け。俺たちは何も知らない」

「――そう。わかった。あなたの言うことを信じる」


 ミルナは疲れたような表情をして、スプーンでスープを掬った。

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