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「どういうこと!」
叫んだのは、ミルナだ。
クロノの喉元に刃物をあてているのは、見たこともない男。
おそらくだが、シオンの男たちだろう。
男は、3人いた。
そのうち、一人がこちらに気づく、前に。
イリスが腰から抜いた小剣を男に投げつけた。
「!!」
男は額に剣をもろに受け、一瞬で絶命した。
なにが起きたか、わからかっただろう。
残った二人は顔色を変え、血走った眼で「誰だ」と叫んだ。
「名乗る筋合いはない」
「イリス、ルカ! ふたりとも、どうして……」
「くそ……っどうしてここが分かった……」
囚われているクロノは口を結んで、じっとイリスとルカを見据えている。
まるで、来ることが分かっていたかのように。
「……一応、聞くが。何が目的でここにいる」
「言うと思うか?」
「さぁな。別に、俺は興味ないが、知らないと困る人間もいるだろう」
ちら、と。
イリスがミルナとクロノを見やるが、眉をひそめ、ただうつむいている。
おそらく、もう聞いたあとなのだろう。
ならば――もう、用はない。
腰に下げた剣に手をかけようとしたとき、ミルナが叫んだ。
「だめ!!」
クロノを人質にとられている以上、うかつに手を出させない、ということなのだろう。
だが、このままでは何も始まらないし、終わらない。
「――ちっ、どうしろってんだ」
「殺しちゃだめ」
ひとり、すでに死んでいる。
イリスの腕が確かだ、と、分かっているのならば、シオンの男たちも手が出せないはずだ。
その前に殺されると、分かっているのならば。
目的はなにも果たせていないであろう男たちは、どこか焦っているようだ。
イリスをにらみつけるミルナは、丸腰だ。
剣も下げないで、どうするというのだろう。
クロノとて、同じだ。
どう見ても、戦えるのはイリスしかいない。
「さっき言った条件をのめば、帰ってやるよ。無傷でな」
喉からしぼりだしたような声で、シオンの男が言った。
どこか、命乞いのような色をしている。
が、嘘はないのだろう。
「それはできない」
「クロノ様! ですが」
「私一人、どうということはない、が。この領地全体が危機的状況に陥るのならば、条件をのむわけにはいかぬ」
「なら、決まりだな」
イリスが地を蹴ったとき、男は「動くな」と叫んだ。
「動けば、領主の喉を掻っ切る」
「その言葉、そのまま返すぜ」
しゃらり、と。
鈴が鳴るような音をたてて、イリスは剣を抜いた。
「イリス! だめ、殺さないで! お願い!!」
ミルナの言葉は、耳に入っていなかった。
剣を抜いたときのイリスは、牙だ。
飢えたけもののようなものだ。
「どけ!」
声を張り上げたのは、ルカだった。
今まで黙していたルカが、弓に矢をつがえた。
その矢は、まっすぐにクロノの喉元に刃を突き付けていた男の腕に突きささる。
「……!!」
その矢は貫通し、血しぶきを上げ、血は床にしとどに降り注いだ。
(殺すな、というのならば。)
(おれは、これしかできない。)
イリスの鋭い目が、ルカを一度、見た。
だが、足は止まらなかった。ルカが矢をつがえる前に、イリスはもう一人の男の心臓を、ためらいなく剣で突きさす。
イリスに貫かれた男は、口から血を吐き出しながら、床に倒れた。
「クソ……ッ!」
尻もちをついた矢で射られた男は、ミルナに拘束され、悪態をついている。
ミルナは二つの死体を見、眉をひそめた。
その表情は、死体に慣れていないせいではない。
ただ、殺す、という行為に対して、嫌悪感があるだけなのだろう。
イリスには、少なくともそう見えた。
「クロノ様! ミルナ様! ご無事ですか!」
後ろ手に縄で縛られた男と共に隠し通路から出ると、警邏の男たちが駆け寄ってくる。
「……シオンよ」
「シオン!?」
「二人、死んだ。あとで、死体を運び出すように。私はこの男を聴取する」
「か、かしこまりました。――クロノ様、ご無事ですか」
青ざめた顔色をしたクロノを気遣う警邏の男は、クロノの肩を支えながら、奥の間へ消えていった。
「………」
イリスは、あわただしく隠し通路へ入ってゆく男たちを見据え、そこから背を向ける。
まるで、自分の仕事はもう終わった、とでもいうかのように。
「行くぞ、ルカ」
「あ、ああ……分かった」
ミルナが指示しているおかげで、警邏の注意はそこに向けられている。
彼女から話があるというのならば、呼ばれるだろう。
それは今ではない。
クロノ領主への襲撃は、やはり三人だけではなかったようだ。
あとから聞いた話だが、もう三人、警邏によって捕らえられていた。
シオンの他に、警邏のほうにも怪我人は出たとは言うが、命に別条はない、とも聞いた。
イリスとルカは一度部屋に戻り、一旦、休憩をとった。
腹は減ったが、すこし、休みたかった。
ベッドに座り、イリスは天井を見つめたあと、ルカに視線をうつした。
「どうして、邪魔をした」
「ミルナが、殺すな、って言った、から」
「……そうか。おまえの、意志じゃなかったということか」
「ミルナのためだけじゃない。おれが、あんたの助けになりたかった」
イリスの斬りつけるような鋭い碧眼に、ルカはすこしだけ怯えた。
「俺の助けに、なりたい、だと?」
「そうだ。……あんたのことを、助けたかった」
ひどく、そのことを咎められた気がして、グローブをしたままの手を握りしめ、イリスをにらむ。
そうだ。
たすけたかった。
今まで、自分の殻に閉じこもっていただけの。
そんな自分が、だれかの助けになれたなら。
それ以上のことは、ない。そう思っただけ、なのに。
イリスはベッドから立ち上がり、ルカの前に立った。
「それが本心だったなら、もう、こんなことはしないことだ」
「なんで、だよ。なんで、あんたを助けちゃいけない! どうして……信頼してくれてたんじゃないのか……!」
「信頼はしてる。だが、俺の仕事に手出しをするな。……それだけだ」
イリスの表情は見られなかった。
怖くて。
ただ、怖くて。
冷たい表情をしていることが、容易に想像できた。
けれど。
実際――イリスの胸中は、穏やかではなかった。
もし、乱戦になったとき。
自分の手の届かない場所で、ルカが死んだら。
それこそ、自分を殺したいくらいに、赦せなかっただろうから。




