表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リュナの王国  作者: イヲ
第三章・流転する街
24/49

10

「お嬢様は、もうお出かけになりました」


 朝食ができたと、アイラが部屋におとずれたとき、彼女はすこし青ざめた顔でそう言った。


「領主さまに。お会いになる、と」

「誰からの、伝言だ」

「分かりません。誰よりも早く起きられたらしく。お姿を、見ておりません。ただ、この紙が、置いてあったのです」


 イリスの、刃物のような言葉に、アイラはわずかにうつむいた。

 手には、紙切れ一枚。


『クロノ様のところに、行ってくる。ミルナ』


 と、だけ。

 

「……ルカ。ミルナを追うぞ。アイラ、悪いが朝食はあとにする」

「お嬢様に、なにか……?」


 青ざめた顔のまま、イリスにすがるように目を細めた。

 心配いらない、と、言う。

 文章のままなら、いい。

 けれど。

 違うのだとしたら。


 イリスは剣を持ち、ルカは矢筒と弓を持った。

 廊下を走る。

 足がカーペットに沈んで、走りづらい。

 だが、できるだけ早くあとを追わねば。


「イリス、ミルナに何かあったのか」

「分からねぇが、文字を見た時、奇妙だった。ただの、勘だが。急いでいたなら、走り書きでいいはずだ。だが、あの文字は丁寧だった。ただ、それだけのことだ」


 走っても、イリスの声が乱れることはなかった。


 エントランスを抜け、扉をあけると、まだ雪が降っていた。

 吹雪く、ほどではないが。

 まだ朝が早いためか、人通りは少ない。

 

「領主の屋敷、だったか」

「ああ」

「……急ぐぞ」


 イリスは積雪に足をとられることもなく、クロノの屋敷へと走った。

 なにか、嫌な予感がする。

 ルカの予感というものは、よく当たる。

 それが、嫌なものであればあるほど。

 彼は無意識のうちに、眉をひそめた。


 屋敷前に警邏が数人、立っていた。

 どこか、せわしなく話をしている。


「おい、あんたら」

「お前は……。ミルナ様の書状を受け取っていた……」

「イリスだ。ミルナを見なかったか」

「ちょうど、その話をしていた。血相を変えてミルナ様がクロノ様のお屋敷に入って行ったんだが」

「そうか。悪いが、通らせてもらうぞ」


 警邏を押しのけて、屋敷へ入ろうとするイリスを、男がひとり、あわてた様子で止めた。


「ま、待て。そう簡単に」

「……いいか。ミルナがただ単に、領主に呼ばれたなら、それでいい。だが、違ったら――あんたたちは、責任をとれるのか」

「何……? どういう意味だ」

「言葉の通りだ。俺の読みが当たれば、おそらく……領主も危険な目にあっているかもしれない」

「クロノ様も、だと?」


 数人の警邏は顔色を変えて、かたくうなずいた。

 腰に差した剣を握りしめ、意を決したように領主の屋敷へ足を踏み出そうとした、が。

 イリスはそれを止めた。


「あんたらは、そこにいろ」

「俺たちは、領主を守るためにここに配属されたんだ。今、危ないかもしれないといわれて黙っていられるか!」

「俺が始末をつける。()は、おそらくまだ来るはずだ。ここで、門を守れ」


 イリスの、碧眼の視線に圧倒されるように、警邏たちは分かった、と頷いた。

 警邏たちが、イリスを畏れているようにも、見えた。

 

「ルカ、おまえは来ても来なくてもいい。だが、殺し合いになるのは確実だ」


 ルカの目を見ず、そして答えを知っているふうでもあったが。

 ただ、頷いた。


 石畳を走り、巨大な扉を押す。

 それはあっけなく開き、気味の悪い静寂がまわりを漂っていた。


「耳が痛むくらい、静かすぎる」

「……ミルナの気配が、する。だが、色までは分からない。ルカ、おまえ、分かるか」


 先天的な、真っ赤な目が軽く見開かれる。

 碧眼の目に応えるように、頷いた。


 目をこらす。

 ミルナの姿を思いおこす。

 見たこともない魚のように、空気中を漂う薄い赤色。


 この忌み嫌われる力が、役に立つ日が来るとは、思ってもみなかった。


 黒ずんだ男の色が見えるならば。

 ほかの人間の色だって見える。

 あまり、見たくはないが。


「こっちだ」


 ルカが先頭に立ち、走る。

 まっすぐの廊下に、いざなうように見える、薄い赤の影。


 それが、急に消えた。


「……ここで、途切れている」

「そうか。……? ここは」


 イリスが、かすかに口をとざし、何かを思い出すように壁にふれた。

 ひんやりとした、ただの壁。


「前、ここに来た時に、視線を感じた。もしかすると」


 黒いグローブをはめた手が、壁を押しこむ。

 すると、重たい音をたてて、それは開いた。

 隠し通路が、そこにあった。

 そう長くもない廊下の奥に、鉄の扉が立ちはだかるようにはめ込まれている。


 廊下には、やはり、というべきか。

 薄い赤の影が漂っている。


「あの扉のなかにいる、と思う」

「分かった。俺の後ろから離れるな」


 早口でそうまくしたてると、イリスは床を蹴った。

 それと、剣を鞘から抜くのは、同時だった。


 ルカは必死にイリスのあとを追い、走る。

 

 がん、という、重たい音がした。

 槍が、壁から突き出てきたのだ。

 イリスはそれさえ鬱陶しそうにその硬く、鋭くとがっている槍を剣で凪いで、槍を両断した。

 ばっさりと斬られたその槍が、床に落ちていくのを、ただ茫然と見送ることしかできなかった。


 十数本、槍を落としたところで、扉の前まで来た。

 

「………」


 イリスは、鉄の扉に耳を押し当て、様子を窺っている。

 抜き身の剣をそのままに、静かに、扉を開けた。


 部屋の中からは、大きな声が聞こえていた。

 その声に紛れるように、扉を開ける。


 そこには確かに、ミルナとクロノがいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ