97話
「ほれほれ、もちっと速く投げんと! 決定打の前に魔力が無くなってしまうぞ」
子供の姿をした鬼神は、いつの間にか大人の姿に代わり角を付けてみたり無くしてみたり、服装を現代風にしたり古風な着物姿に変えたりしながら、俺の修行に付き合ってくれている。
大体、修行って成功体験をさせる練習だと思ってたんだけど、少し違いようだ、神様相手だと。
さっきから、ひたすらにナイフを鍛造し投擲を繰り返している。
もう数百本は投げただろうか? それでも目の前にいる鬼神の3本の刀に全て阻まれてしまっている。
たった3本なのに、まるで生き物の様に鬼神の前で刀が踊っている。
何故か俺が投擲するルートに、刀が置かれ鬼神の手に帰り再び進路を妨害されてしまう。
「八雲が娘を任せるには、これぐらいできないと納得させられんぞ」
課題はたった一つ。
鬼神の懐にナイフを投げつける事。
だけど、それがこんなにも難しいとは、思いもしなかった。
まさに次元が違うとはこのこと。
本当に30年ぐらいかかるかもしれない、いや、もしかしたら生きてるうちには出来ないかもしれない。
「安心せい、この加速空間なら年を重ねることすら出来んからな。老いず朽ちることなく末永くこの世界の住人になるがいい」
「そうなったら・・・・・・あなたも俺に付き合うことになりますよ!!」
数がダメなら、力に頼ってみる。
渾身の力を込めた投擲。
それは寸前に投げた俺のナイフによって阻まれる。
「カカカ! 我がこのような空間を超えることができんと思うておるのか?」
渾身の力を込めすぎて、魔力が乏しくなってくる。
腕をあげるどころかナイフを握ることすらキツイ。
何故だ、唯一俺がまともにできた体術がこうも否定されてしまうなんて。
相手が神様だからとあきらめることはとても簡単だ。
神様に勝つことが出来ないという設定が世界に定められている、そう言ってしまえば確かに気だけは楽になれる。
けど、俺が本当にナイフを投げつけたい相手もまた、神様なんだ。
あの女神に一泡吹かせるには少なくとも武器を神様に届かせなければならない。
傷つけられるかとどうかの前に、届かせることが出来るかどうか。
何よりあいつに付き従っている薔薇鉤十字騎士団の連中。
その中に俺が叶わないほどの達人めいた人物がいたとしたらどうだろうか?
あの女神の前にすら、たどり着くことが出来ない可能性は高い。
少なくとも知恵を名乗った自称ホメ坊は、立ち去る姿さえ目に収めることが出来なかったんだ。
戦闘において俺より強いとみて間違いないだろう。
知恵の者がどの程度の実力かさえ分からないが、神様相手に一泡吹かせられるようになればいい勝負になるのではないだろうか?
そう思い修行を受けてはいるんだけど、ダメかもしれない。
心が折れる。
なにも出来ず、小さな成功体験すらない。
そんな事を延々と永遠に続けないといけない?
無理だろう? そんな経験俺には・・・・・・まあ、あったけどさ。
それは部活で経験した程度だし、逃げる口実も持ち合わせていたしさ。
何も口実さえない状況に追いやられたら、そりゃ心も折れますよ。
「なんじゃ情けない、やる前から褒美をねだるとは・・・・・・! おお、そうじゃそうじゃ。こんなんではどうだ!? ――」
それから体感時間で数か月。
俺はありとあらゆる可能性を使用して、ついに!!
「ほう・・・・・・確かに、我の懐に小刀を投げ入れよった。やりおるわい、まさかこんな手で来るとは」
「じゃ、じゃあ、・・・・・・修業はこれで?」
「ふむ、完了ということにしておくかの」
鬼神がポンと手を叩くと、黒い空間は消え去り元の瑠璃男さんの部屋に戻っていた。
いや、最初っから戻れるようになってたんっだな。
キツネの方を見ると含みのある笑顔で俺の方を見ていた。
何だよ、キツネのヤツ。
なんだかんだ言って、いつもの修行じゃないか。
この先の相手を見越しての助け舟。
まったく、おせっかいな神様だな。
旨く乗せられてしまったが、当面の敵に対する備えが足りないと言いたかったのだろう。
まあ、前は都合よく知ってた動きをするだけのやつだったしな。
気を緩めるなという、ありがたいお小言のつもりなんだろう。
分かってますよ。
はあ、俺の周りにいる神様は本当に優しさを厳しさでしか表現できない困った神様ばっかりだな。
「さて! 頑張った小僧には褒美をやらんといけなくなってしもうたな。・・・・・・かえで、すまんが閨をともにすることが叶わなくなった。貴様はこの小僧と夫婦になることになったからな!」
え? え!?
いやいや、聞いてない。
少年の神様の厳しい目が俺に向く。
疲労を感じる両手を全力で振って否定をする。
顔を横に向けると、桐山さくらが俺をゴミでも見るような目を向けてくる。
「違う違う!!! 聞いてない、マジで聞いてないから!!」
いや、かえでさん。顔を赤くしてる場合じゃないですよ!!
「おいこら! 鬼神!! 話が違うじゃないか!!」
「はあ? 貴様には八雲の娘と夫婦になる手伝いをすると約束しただろう? かえでも八雲の娘に違いないだろう? 女子のために自身の限界を超えてくるとは・・・・・・この助平め」
「い、いや!! 違いますけど!? いや、違うって言ったらそれはそれで問題が起きると思うけど・・・・・・そうじゃないだろう!?」
「女なら誰でも良いのね、最低・・・・・・死んでくれない?」
「いや、本当に違うんだって! 俺はお前と――」
「ほう、我が娘が如き女子と契りたいと? ならば、我を倒してからにするがいい!!」
いや、割り込んでくるな! ちゃんと言い訳させてくれ!
「あなた・・・・・・またそのような振る舞いを。人を物の様扱うなんて・・・・・・」
低く冷たい声が部屋にこだまする。
頭に登っていた血が急速に下がって、めまいでも起きる気がした。
部屋の空気が雪山のそれに入れ替わったような、そんな圧力が俺の後ろから流れてくる。
「いや、違うんじゃよ? そういうことじゃなくて、かえでもこの小僧を憎くく思っておらんようじゃし・・・・・・」
興奮していた鬼神の顔が急激に赤鬼から青鬼に目の前で変わっていく。
「女子と、閨をともにするとも聞こえましたが?」
「じょ、冗談、冗談じゃよ~、神が人と交わるなんて・・・・・・あっ!」
「そうですか、未だにあの子との事を根に持っていると? そうですか、そうですか」
何やら神様同士の痴話げんかに挟まれた感じの俺は、ゆっくりと横に動き壁の役目を放棄する。
そしてそのまま、桐山さくらの影に逃げ込む。
今にも膝を折ってしまいそうな鬼神。
その前にいる女神様は・・・・・・? 誰?
「はあ、急遽呼んでもらってよかった・・・・・・のかな?」
呆れた顔をしている桐山は何やら知っているようだ。
「あの女神様、だれ?」
小声で桐山に問いかける。
「うちの鬼神の奥さんよ。なんでも若い頃ストーカーまがいのことして、何度か痛い目にあわされても諦めきれなかったんだって。大惠山? に同居してた時にはしこたま矢を撃ちこまれたらしいわ」
おう、そのエピソード聞いたことある気がする。
いや、確かに天女っていうイメージにピッタリだけど。あんなに怖い女神と寝たなんて征夷大将軍って本当に征夷大将軍だな。
「一応、別人やからな?」
うん、そうだろうね。そうに違いないよね。
呆れているとかえでさんが、俺の方に寄ってくる。
「因みに・・・・・・私との祝言はいつにします?」
「いや、その話はまた今度にしましょうか」
「また!? 今度!?」
・・・・・・。
「じ、じゃあ、キツネまた今度ね!!」
扉に走り出した俺の襟首がキツネに引っ張られる。
「逃がすわけないやん」
「「助けて~!!!」」
俺と鬼神の魂の叫びがこだました。
次回投稿は03/12を予定しております。
では、次回投稿で。




