8話
目の前にある洞穴を観察しながら、俺はある一つの結論に至った。
このフックショット、トルクのある電動リールだ。
何だかんだと徒歩でここまで到達し、目の前にある洞穴は人一人が立って歩けるくらいしか高さがない。
身を隠すほど高さも無く、相手も自分も機動性に制限が掛かるような環境で、この最高傑作と呼ばれた魔道具はただの無用の長物となった。
いや、俺の命を繋ぐと言う大事な仕事を行ってくれたんだ。
管理神とやらには、多くの感謝を捧げよう。
隠れることが出来ない場所での任務において、俺が最重要だと考える項目。
それは、何より速さが肝要だと言う事。相手の位置もさることながら、規模や装備なんかをいち早く認識し、相手に認識される前に行動を開始すること。それら速さに関する情報を取得する上で魔法というのは反則的な優位性を持っている。
通常魔術師になれる位の魔法力(魔法を使いこなす力)を持っているなら、洞窟の入口から全体を把握することは、深呼吸を行うくらい容易い。
しかし、俺にはそれが出来ない。人の持ち得る最大の魔力を持っていると神様たちに太鼓判を押されていても、俺にはそんな芸当はできない。
きっと、それは俺がこの世界にとって異物でしかないと言う証なんだと思う。
周囲に人の気配が無いことを確認し、ゆっくりと洞窟に足を踏み入れる。足音を最小限にゆっくりと、自分の行える最大速で内部の情報の取得に尽力する。
少し進むと、うっすらと明かりが目に入る。緩やかに右に曲がっているが、一本道らしい洞窟には伸びる影は一つだけ。
・・・・・・単独犯なんだろうか? そうであるなら、これほどありがたいことはない。
壁を背にして慎重に奥を確認する。
「っうぐ、・・・なんで」
奥から男の嗚咽が聞こえる。声はやはり一つしか聞こえない。
のぞき込むと、男が床に崩れているのが見える。
この状況なら、俺が一方的に先手を取れる。そう確信した俺は、勢いよく飛び出した。
そして、俺が目にしたのは泣き崩れる男と・・・・・・老婆の姿だった。
穏やかな表情の老婆、しかし見るからに血の気を失っている顔色と、力なく投げ出されている手足により、その老婆の生命活動が停止していることは、俺でもわかるほど明らかだった。
「だ、誰だ!」
俺に気が付いた男は、涙を溜めた瞳と震える声を必死に抑えながら俺に振り向く。
その状況を見て、俺はもう一つの確信を得るのだった。
遺跡を使われてしまったと言う事実。下手をすると人死にを出さないと収拾がつかない可能性が出てきてしまったと言う俺にとって最も不都合な事実が、俺の心中を覆う。
まずい、絶対に不味い。
この遺跡の真実を知られてしまった、そのことが一番まずい。
何せこの遺跡、この世界では正常に効果を発揮しない造りになっている。
キツネの話では、この世界・・・・・・と言うか、この世界を管理している神様が管理している世界群では魂の総量が決まっているらしい。
色々な理由があるのだが、生き返ると言う油断を人に与えたくはなかったと言う理由が含まれる。
一つの世界で一度の命、それを全うして欲しい。
そう言った願いが産んだ、世界の法則。
それは、別の世界の神様でさえ干渉できないこの世界群の絶対の法則。
だけれど、そうとは知らなかった別の世界の神様は、この遺跡を作ってしまったと言う。
しかも、かなりのどや顔で。
当然、機能しない遺跡を前に、真っ赤に染まった別世界の神様が立ち尽くす事態になったと言う。
遺跡の力の偉大さは、その神様の偉大さとイコールの評価になる。
もし、効果を発揮しない遺跡を創った神様の存在が、世間にばれてしまったら?
もし、神様にも無能がいると言う認識が出来てしまったら?
この世界のシステムに、重大なバグを作ってしまうことになるかもしれない。
そのバグは、もしかしたら今いる世界の崩壊を意味しているかもしれない。
そんな状況であっても、俺は目の前の男を殺すことへの恐怖が勝っていた。
神様のための殺人。それはこの世界、いや、狂信者であれば当然に行う行為なのかもしれない。
でも、別の世界、しかも神への信仰が薄い俺自身では、荷が勝ちすぎている天秤だった。
要するに、神様如きのために手を汚すのが躊躇われていた。
しかし、目の前の男の目は俺を見て強い憎悪に染まっていく。
もう正気では無い目は、前の世界では年に一度見るか見ないかと言う、特異な雰囲気を纏っていた。
ゆらりと力なく立つその姿は、別世界の生き物が目の前にいるかのような印象を受ける。
そして目の前の男が行動を起こす時、ようやく俺は現実に戻り男の行動を、男の魔法を阻害しなくてはいけないと言う現実を思い出す。
間に合わなかった男の火球を、倒れ込みながら辛うじて避けると次の魔法の詠唱の妨害を試みる。
手元にあるフックショットで、男の足を貫き詠唱を止める。
「ぐあああ!」
叫びながらも詠唱を続ける男に殴りかかり、倒れ込みながら男を馬乗りになり取り押さえる。
俺の下で尚も神に祈りを捧げようとする男の手を必死に抑え込む。
この男は、神様の無力に怒りながらもそれでも祈りをやめようとしなかった。
それが、この世界で育った人間なんだろう。
魔法と言う神の御業を享受してきた世界、神に祈りを捧げるために存在する世界の住人。
哀れな子羊であることを強要された馬鹿げた世界。
それが、俺の暮らす新しい世界なんだ。
そのことを、俺は改めて認識した。




