↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルニタニアオンライン イオン編  作者: るるゐゑ
止まる世界
83/86

82.恐怖の力

 ゲルダの胸に顔を押し付ける。力を抜いて身体を預けると、イオンはゆっくりと眼を閉じた。肉の壁に片腕を突き立てて、二人の身体を支えるゲルダに抱き止められてもたれ掛かる。意識を自分の内側に向けて、心の中を蒼い力の輝きに導かれ降りていく。深く深く降りて、沈んでいきながら、イオンは自分と蒼い宝石、ゲルダと紅い宝石のことを考えて、思い違いをしていたことに気が付いた。


 ――ゲルダ。笑うゲルダ。彼女が殺すとき、殺そうと思うとき微笑むのは、歪で未熟な学習のためだとずっと思っていた。《NPC》の限られた選択肢の中で、感情を表現するせいだと考えていた。でもそれは間違いだ。ゲルダは無垢。ゲルダが正しい。余計なことを何も知らない彼女の方が、ずっと自然で自由だった。赤ん坊だって教わる前から笑う。殺すときに笑わないのは、余計なことを知っているから。自分で選べるものから笑顔を取り除いていただけだ。知識の枷で選択肢を狭めていたのは私の方だった。人は殺すとき笑うように出来ている(・・・・・)。微笑みは、獣が牙を剥く行為から進化した。笑いは、獲物を捕らえた悦びの呻きだ。


 自分の奥底で待っている輝く蒼いモノに誘われて、堕ちていく。その蒼いモノがとても危険で不安定な物だと感じとる。ずっと一緒にあって、見えない所でだんだんと大きくなっていたモノ。その光に照らされて、自分の影が濃くなっていくのを知りながら、今まで探そうともしなかった。俯いて影だけを見ていたのは、それが怖かったからだ。その在処を紅い光に教えられて、自由にドラゴンティアーを使いこなすゲルダに、本当の心の在り方を教えられた。紅い宝石が力を与えて治し続ける呪われた生きる力なら、蒼い宝石は奪い取って滅ぼす死の祝福だ。今なら蒼いモノの所まで行ける。それがある所まで堕ちていきたい。自分を照らし導く蒼い光の禍々しさと儚さに、それに早く触れたいと焦らされ、同時に警戒心を呼び起こされて悶え、心踊らせる。その力は禍々しい。その力は甘い。それは危険で、魅力的で、おぞましく、儚く、淡く、強い。









 蒼く輝く球体と共に街を見ていた。最初は俯瞰図のように浮かび上がった街の形が、陰影を持ち始め広がって行く。身体を屈めて膝を抱えながら、いつの間にか街を上から眺めていた。何処か高いところから玩具のようなグリーゼの街を上から眺めて、イオンは蒼い球体をつれて世界の上にいた。ここでは望むものを見て、知ることが出来る。街の東門の外で戦っているチャカとヤラッサが見える。ドラゴンも、その中にいる自分とゲルダの存在も上から見える。破壊された街並みの中に倒れるテスを誰かが助けようとしている。街の中に蠢く出来損ないのドラゴン達の様子も、手に取るように感じ取る。絶望的な戦いを続ける《プレイヤー》達。竜を駆って飛ぶアレスと、腕の中のシェリル。怪我人の治療にあたるロンサムとダルジュロス。マジューレとブラウンは、一緒に地下室に潜んで、ドラゴン達から身を隠していた。


 蒼い球体に指先でそっと触れて、撫でる。思いっきり爪を立てて抉ってみたい。傷をつけたい。弄りたい。それでも我慢して一滴だけ、球面を滴る雫をすくいとる。そっと指を伸ばすと、眼についた出来損ないに震える雫を落としてやる。それだけだ。それだけで死ぬ。一滴の水滴で蟻を閉じ込めて溺れさせるのと同じ、これだけでそいつの命は終わる。逃れようと足掻く時間を与えながら、死がそいつを蝕む。子供の遊びのような残酷さ、陰湿さ、執拗で冷たい情熱を自分の内側に感じながら、気紛れに選んだ獲物の上に雫を滴らせる。


――お前達の欲しいものはこれ。これが『恐怖』――


 暗い悦びに、ひきつるような笑みを我慢出来ない。イオンはかがみこんで小さな獲物達を見ていた。飛ぶものが落ちて、駆けるものが這うようになり、蠢くだけになる。すぐそれも出来なくなる。じっと獲物を見つめ、衰えて弱々しく呻く様子を眺める。そいつが動かなくなると、次に眼にした獲物を戯れに殺す。時間をかけて苦しめる。イオンは執拗に動けるものを探しだし、雫をすくっては落とし続けた。


 最後のとっておき。一番大きな獲物には、あえて少しずつ、濡れた小指の先で撫でるように塗り込める。隙間なく、まんべんなく、優しく。









 抱いて支えていたイオンの眼が、いつの間にか開いていた。ゲルダはその眼が蒼く輝いて自分の胸元とイオンの顔を照らしだしたのに気が付いた。彼女は眼を開いていたが、何も見ていない。焦点の合わない眼を蒼く輝かせ、ただ(わら)っていた。ドラゴンの足掻く動きに振り回されないよう、肉の壁に突き立てていた腕に異変を感じる。肉が腕を締め付け、体温を失って冷たくなっていく。――震えている。ゲルダとイオンが潜り込んだ巨体の主は、身体をただ震えさせていた。









 街を蹂躙していた不死身の出来損ない達にも、街の外で《プレイヤー》達を嬲るもの達にも、異変は起きた。飛ぶもの達が落ちて、震えながらうずくまる。手があるもの達は自分の眼をえぐり、耳を引きちぎり始めた。頭蓋をこじ開けて自ら脳をえぐるもの、自分の舌を飲み込むもの、自分で首を締めるもの。手を持たないもの達は岩に、壁に自らの頭を打ち付け、《竜魔法》の使い手は自らを撃った。力の弱いもの達と途中で動けなくなったものは、殺してくれるように自ら抉りとった眼差しで近くの《プレイヤー》達に無言の哀願をし、祈った。


 彼等は見えるものに脅え、聞こえるものを怖れ、感じるものに怯え、生きていることを畏れて自らの死を選んだ。









 ゲルダは、自分の胸に力なく寄りかかっていたイオンが身じろぎして動き始めたのに気が付いた。


「……ゲルダ……」


 イオンは眼を覚ましていた。満たされて消耗仕切った顔で、熱のこもった吐息とともに自分の名を呼ぶ。彼女のやり遂げて満足そうな声の感じから、全てが終わりつつあると感じた。蒼いドラゴンティアーの力は何もわからない。ただイオンの疲れきっていても自信に満ちた表情を見て、自分達が内側にいるドラゴンの異常を知ってそう感じた。


「街が見えたの……全部見えた。でも鹿とナニワ、ミスフォーチュンがいない……何処にもいなかった……」


 ゲルダは何も答えなかった。ミスフォーチュンが死んで、自分を救った恩人の一人が死んで、『亀裂』を塞いで、世界を救うはずの存在も死んだ。世界はきっと終わってしまう。『絶望』がただ必要なだけだったら、それはここにあるのに。

 魅入られたような虚ろな眼差しの蒼い輝きが、一瞬だけ曇るとまた強さを増した。イオンはよろめきながら自分の力で立つと銃を構えた。


「私の手の上から銃を握って……仇を討ちましょう。」


 ゲルダは銃とイオンの手を握った。イオンが五感を研ぎ澄まし、身体の内側からドラゴンの腕に狙いを定めた。ゲルダが引き金を引き、反動で暴れる銃をねじ伏せる。撃ちつくすとイオンが『リチャージ』を唱える。

 まず腕を一本、次は反対の腕。下顎も舌も既にない。これで自殺は出来ない。背中ごと羽を、次は――右脚。左脚。尾。重要な器官のありそうな場所は撃たない。イオンは思った。――お前はゆっくり死ね。ゲルダは思った。――お前は苦しんで死ね。









 穴だらけの巨体の中に月の明かりが射しこんで、夜の訪れを二人は知った。もう撃つところも少ない。途中から途切れがちになっていた呼吸音も聞こえなくなって、踝まで浸かった血だまりも冷えて、温もりを感じない。悲鳴のような呻き声が、巨体の内部で轟いたのは何時間も前だった。


 足下が消えて、二人は空中に放り出された。ついにドラゴンは息絶えて、光のエフェクトを撒き散らしながら消え始める。二人は地面に投げ出されると倒れたまま、撒き散らされて流れて行く白い光のエフェクトを見ていた。幾百の光の粒子が層を作って漂って広がり、月を隠す。それもしだいに薄くなって消えてなくなる。


 あとには紅い月に照らされて、銃と手を握りあったままの二人だけが残った。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。