72.ヤケクソ
自分の背後に流れていく街並みの速さに驚嘆して、初めて鹿はこの身体で世界に干渉することになった運命に感謝した。自分を知るウッドエルフ達の正確な現在位置を知る手段はない。時間は限られていて、四本の脚で地を駆けるスピードが唯一の慰めだった。今起こっている事態のもっとも深刻な問題点は、AI達にはどうすることも出来ない。今、自分の創造主でさえこの世界を助けることが出来ない状況になってしまっていた。それどころか彼等は今や自分やこの世界の《プレイヤー》達にとって、ある意味では『敵』なのだ。
北門前の広場に駆け込んで、テスの名前を叫ぶ。近くにいた別のウッドエルフが、門の前の人だかりの中だと教えてくれた。
『テス! テス!』
名前を呼びながら人混みの周囲を駆け回る。あの呑気者とその仲間達が持つドラゴンティアーだけが、世界を救うことができる。彼等だけが頼みの綱だ。
『何処だ? こっちに来てくれ!』
人混みの隙間から、最初に跳ね回る鹿を見つけたのはイオンだった。街の外の異常な様子を調べに来たのかも知れない。そう思ってテスに声をかけた。
「ねえテス、鹿が見に来てる。」
「ん? 何か知ってるのかな。」
「なんだかすごく慌ててるみたいだわ。」
三人が人混みの混雑を抜け出て鹿に近づくと、鹿も三人に気が付いた。
『テス! 滅んだ世界のドラゴンが現れた!『西風のライル』だ!』
『ああ、今見てた。なんか勝手に死んでるぞ。』
『そこにいる出来損ないじゃない、異様に再現度の高いのが一匹いるんだ! ブラウンもフェアリーも、異常が発生したモンスター達を走査したとき、そいつをドラゴンだと認識してしまった!』
『何が不味いんだ?』
『AIもシステムも、ドラゴンに敵対する行動は取れない。例えば街の安全地帯もドラゴンの攻撃は無効化出来ない。逆に《プレイヤー》達の敵対行動は無効化される。街に入られたらおしまいだ!』
『そいつはアクティブモンスターなのか?』
『そのようだ。最後にブラウンに聞いた時点で二名の《プレイヤー》と交戦中だったらしい。もう、殺してるかも知れない。とにかく着いて来てくれ!』
テスは、返事も待たずに走り出した鹿を慌てて追い掛ける。動物語が通じないイオンとゲルダも、慌ててテスのあとを追った。何かが起きたらしいと云うことは伝わったらしく、表情を強ばらせていた。
「何かあったの?」
「ドラゴンが現れたらしい。詳しい話は聞いてから説明する。緊急事態みたいだ。」
『『亀裂』の仕業なのか? ドラゴンって何をするつもりなんだ?』
『狂ったAIのやってることなんて理解不能だ! ただドラゴン……ライルは『北風のノース』を殺すかも知れない。』
『なに?』
『世界に存在出来るドラゴンは一体だけだ。ドラゴン同士が争わないように、ドラゴンの数だけ世界が創られた。ここに存在するためにライルはノースを殺す。』
『『北風のノース』はどこにいるんだ? 死んだら不味いのか?』
先を行く鹿が振り返り一気に捲し立てた。
『《冒険者ギルド》だ! 《ギルド》で重要なポストの《NPC》の中で眠っている筈だ。実は《ギルド》は眠るドラゴンを《プレイヤー》に守らせる為の組織なんだ。それにな、ドラゴンの交代なんて無理なんだ。……ノースが死んだら世界は終わる。』
……まさか、シェリル!シェリルが『北風のノース』なのか?アレスに知らせないと! テスは驚いて叫びそうになった。時間も無いらしいが手短に説明が出来るような話でもない。
『鹿! ギルドマスターに知らせないと!』
『時間が無いんだ!』
『ブラウンとフェアリーに通信みたいなことが出来るか? 伝言でも頼めれば……』
『彼等はドラゴンの邪魔は出来ないんだ。今ノースはまだ眠っていて、ライルがドラゴンとして認識されてる。AI達は今は味方じゃないぞ! ライルが何か指令を出したら敵になる。そう思っていた方が良い。』
『……イオンに飛んで行かせる。手短に伝える事だけ説明するから待ってくれ。』
『駄目だ! ドラゴンティアーだけが、唯一ドラゴンに対向出来る手段なんだ。彼女達は欠かせない。』
『どうすりゃ良いんだ!』
『《ギルド》がノースを守る。その為に創られた。信じるしかない。』
信じるしかない。云いきった鹿にテスは何も云い返せなかった。ちくしょう、アレス、シェリル、無事でいてくれ。出来損ないのドラゴン達にも、AIやシステムに『ドラゴン』だと認識されている物がいるかも知れない。どのくらい危険な物かわからないが、街に入られたら不死身だ。
「イオン、ゲルダ、そろそろウサギ狩りは卒業して、今日は違う敵と戦ってみよう。」
前を見て走りながら後ろの二人に声をかけた。ヤケクソな気分が声に表れて、刺々しいのが自分でもわかる。
「あら、いいわね。ところで何を狩るの?」
「ドラゴンなんてどうかな?」
「いいじゃない。殺ってみましょう。」
答えた二人を振り返って、笑って見せる。二人ともどこか険のあるような顔で笑っていた。まだなんの説明もしないが、話を聞く前から覚悟して、やると決めている。そんな顔だ。きっと俺も同じような顔をしてるだろう。テスはそう思いながら前を向いて走り続けた。




