59.妖精の輪
樹洞の内部は、ほとんど巨木の内側いっぱいの広さで朽ちた樹皮や葉が積もって、樹と土の臭いに満ちていた。その空洞のほぼ中心で輝く円が、淡く周囲を照らしている。
円を作っているのは大小様々なキノコだった。光るキノコの燐光が周囲を照らして、イオンとゲルダの後ろに長く影を投げ伸ばしていた。
「あれは妖精の輪だわ。」
「フェアリー? 綺麗だけど、少し気味が悪いわ。」
ゲルダはフェアリーを知らないらしい。この世界には、現実の世界にあるようなおとぎ話やフェアリーの伝承は存在しないのかも知れない。イオンは緊張して不安そうなゲルダの前に立って笑って見せた。
「私達のいた世界の妖精のことよ。おとぎ話だと、キノコの輪の中で踊ったり歌ったりしてるらしいけど。」
現実では『菌環』という自然現象らしいが、その説明の方がゲルダには難しいかも知れない。この世界の住人には『妖精の仕業』と説明したほうが納得してもらえる気がする。それにこの世界では、本当に『妖精の仕業』として作られている可能性が高い。
「近寄っても平気かしら?」
ゲルダは少し不安そうな顔をした。妖精やおとぎ話を知らない彼女には、目の前の光る円は不気味な物に見えるのかもしれない。おとぎ話の中にも妖精に騙されたり、酷い目に遇わされる話もある。それでも『フェアリー』と聞いて、極端に警戒する《プレイヤー》は多くはないだろう。妖精や妖精の輪を知らないらしいゲルダの様子を見て、このシチュエーションは、自分の為に用意されたものではないかとイオンは考えた。
あの喚ぶ声の懇願や切羽詰まった様子から、来た者を怯えさせて警戒させるような事はしないはず。ゲルダも同じ声に喚ばれてここまで一緒に来た。ここから先に状況を進めるのは、自分の役目のような気がする。イオンはゲルダがあまり不安を感じないように、微笑みながら注意を促した。
「念のためだけど、円の中には入らない方が良いかも。異世界と通じてるなんて話もあったから。」
イオンがゲルダの前に立って円に近付くと、円の中心の一番大きなキノコの上に、光る姿が現れた。背中に羽のある人の形、典型的なフェアリーの姿だった。後ろでゲルダが息をのんで、何か呟いた。イオンは突然表れた小さな人影を見守った。全身が光り輝いて、ほとんどシルエットしか見ることが出来ない。光の塊で作られているようにも見えるが、似たものを見たことがあった。白一色と大雑把な影で描かれたその姿は、キャラクター制作前の初期設定の姿に似ていた。
……アルファール
円のすぐ外側にかがみこんで、目線をフェアリーに合わせて座った。ゲルダがイオンの肩に手を置いて、同じように座る。不安なのか、落ち着かない様子で肩の手に力がこもっている。イオンはその手の上に自分の手をおいて、その手が汗ばんで温かいのに気が付いた。これでまた、知らないゲルダを発見した。未知の存在に怯えるこのゲルダは、最初から記憶に書き込まれたゲルダなのか。あとから学んだゲルダなのか。どっちにしろ、――嫌いじゃない。
「こんにちは、フェアリーさん? アルファールって私達の事?」
……わたしは外に居る者……あなたと……あなたは外から来た人
「アルフって呼べばいいのかしら? 私達を呼んだのは何故?」
……せかいにおおきなきれつができて……もうなおせない……あるじをなくして……くるったじゅうしゃが……せかいにきれつをつくった……きれつからあなたたちをみてる……わたしのこどもがふたをする……かれをみちびいて……せかいがとまるまえに……いそいで……
二人は顔を見合わせた。世界に亀裂?世界が止まる?たどたどしい子供の様な話し方(で感じ取れる)フェアリーの話は、危機的な状況を必死で訴えるものだった。
「『亀裂』から何かがこの世界に干渉していて、そのせいで世界が動かなくなってしまう? そう云う意味なの?」
フェアリーは頷いた。
「『亀裂』って何? 何処にあるの?」
……どこでもない……だれか……あなたたちぷれいやーのだれかが……せかいのきれつ……じょうほうをかきかえられて……そとからせかいをみるあなになった……くるったじゅうしゃが……いきているふりをするために……しんだどらごんのじゅうしゃのざんがい……かれをとりのぞいて……
「場所じゃ無くて人探しなのね? でもどうやって?」
……きょうふのいし……ぞうおのいしをみたしたのとおなじ……ぜつぼうのいしを……かれにみたさせる……どらごんてぃあーはぷれいやーにしかつかえない……きれつのなかの……じゅうしゃはどらごんてぃあーにさからえない……とじこめたら……わたしのこどもが……おいだす……
「ドラゴンティアー! もう一つあるのね? 何処にあるの?」
……まだどこにもない……かれを……きれつを……ぜつぼうさせてよびだして……さいごの……どらごんてぃあー……
……もう……ここにいられない……きのこをもっていって……えねるぎーが……たまったら……またはなせる……
「待って! 最後に教えて、ドラゴンティアーは……」
光が弱くなって、フェアリーは消えた。円周のキノコはまだ淡く輝いていたが、徐々にその光も弱くなっていった。その光の中でイオンはゲルダと見つめ合った。イオンはゲルダの眼が驚愕に見開かれて、手の中で彼女の手が震えているのに気が付いた。その手を握ろうとして、自分の手も震えていて上手く力が入らないことにも気が付いた。フェアリーの言葉の中で、『亀裂』よりも『ドラゴンティアー』よりも『世界の危機』よりも強く衝撃を受けた言葉があった。
『ドラゴンティアーは《プレイヤー》にしか使えない。』
イオンは、自分がずっと勘違いをしていたことに気が付いた。初めてゲルダに会ったあのとき、似た長さの黒髪の、自分の渡した同じデザインのワンピースを着た彼女を見て、比喩的にはそう考えた。そう思った。だがそれは、ただ簡単にその通り思った通りのことだった。《プレイヤー》の表情は、キャラクターの顔の中に何となく見てとれる。あのとき感じた事を、思った事を、常識に囚われて比喩的なものだと思い込んでいただけだった。ドラゴンティアーは《プレイヤー》にしか使えない。それはゲルダも《プレイヤー》だと云うこと。そして今、ゲルダの顔に見てとれる表情は、その驚愕と戸惑いの仕草は紛れもなく……
ゲルダは『私』だった。『私』がゲルダだった。




