51.イオンとゲルダ
ノーザの身体が、白いエフェクトを撒きながら消えていく。テスはイオンの顔を胸に押し付けてそれを見せなかった。イオンとゲルダの身体についた血もノーザと共に消えて、ただゲルダの胸元の紅い宝石だけが残った。
「テス、下ろして。」
イオンがテスの腕を掴んでそう云うと、テスも頷いてイオンを下ろした。イオンは座ったままのゲルダに歩み寄ると身を屈め、目線を合わせて話しかける。
「あなた、大丈夫? 大丈夫ならこれを着なさい。」
イオンはインベントリから着替えのワンピースを取り出すと、ゲルダの身体にかけてやる。ゲルダは微かに頷いた。それを見ていたアレスがテスに合図をして部屋を出た。
「ドラゴンティアーだ。」
アレスを追いかけて部屋を出たテスは、ゲルダの胸元を振り替えって云った。
「ああ、間違いないだろう。」
アレスが歩きながら答えた。答えたアレスの顔は素っ気ない。別のことを考えているようだった。テスは曖昧に訊いた。
「どうするんだ?」
「あの娘の面倒は俺とシェリルで見る。」
そっちが関心事か。テスは思ったが何も云わなかった。もう一つの問題がある。先に云っておきたい。
「《探知》に知ってる賞金稼ぎの名前がかかった。ヤラッサとナニワも近い、見てきた方がいいな。」
「急ごう。」
建物を出てテスが《探知》で知った方向に走り出すとヤラッサが賞金稼ぎのGBとにらみあっていた。お互いに武器を構えている。ナニワは何処にいるのか、《隠密》を使っているらしい。
「止めるんだ!」
アレスが叫んだ。ヤラッサが叫び返す。
「向こうがいきなり襲ってきやがったんだ! PKだかPKKだかわかりゃしねぇ!」
「アレス! このライオンはノーザの仲間じゃないのか?」
GBがアレスを見て驚いた。五人の仲間を返り討ちにされたGBは、仲間達からノーザが『魅了』を詠唱なしで使うと聞き、単身で仇討ちに赴いた。その途中でヤラッサ達と遭遇したのだ。
「このライオン男、ノーザを心配するような事云ってたぜ。」
それを聞いて、今まで《隠密》で隠れていたナニワが笑いだした。GBは突然背後から聴こえた笑い声に驚いた。
「べ、別に心配なんかしてねぇ!」
「前に成り行きで俺達とパーティーを組んでな。情が移ったんだろうな。」
アレスが真顔で答えた。ヤラッサが激しく首を降った。
「アレスまで何を云いやがる! 俺ぁ別に心配なんかしてねぇ! あの阿呆はどうなった?」
テスがその質問に短く答えた。
「死んだ。」
ヤラッサの落ち込んだ顔はわかりやすすぎた。それでもGBが見ていたせいか、その場ではヤラッサも何も云わなかった。GBはそれを見て武器を収めた。
「……最後のPKも死んだか。俺も廃業だな。」
「『開拓団』は常に人材募集中だぞ。」
アレスがそう云うと、GBは笑いながら答えた。
「考えておくよ。」
その場でGBと別れ、アレスとテスはヤラッサ達と共にノーザの家に戻った。ゲルダはイオンに貰ったワンピースを着ていたが、無表情のまま何もない宙を見ていた。その手をシェリルが自分の手のひらにはさんで軽く握っている。
イオンはゲルダから少し離れた場所に立って彼女を見ていた。顔色が悪く、眼は微かに涙ぐんで何かを恐れているように見える。
テスが部屋に入ると、イオンは駆け寄ってテスの手を掴み、うつむいて何も云わなかった。テスは何気なくイオンとゲルダを見比べて少し驚いた。同じデザインのワンピースを着て、髪も似たような長さの黒髪。この二人は驚くほど似ているのだ。ただ胸元で光る石の色だけが違っていた。
テスはイオンが何を考えて涙ぐんでいたかわかる気がして、しばらくそのまま手を握っていた。
靴を履いていないゲルダをヤラッサが背負うと、全員ノーザの家を出た。ヤラッサが背中のゲルダに優しく声をかけるときを除いて、マジューレの店の前で別れるまで全員殆どの口をきかなかった。
イオンはマジューレの店に戻ると、二階に上がってテスの部屋に入る。ベッドに座るとテスが上がってくるのを待ちながら、自分とゲルダの事を考える。テスはまだ下にいて、マジューレにスラムで起こったことを説明している。
――ゲルダはもう一人の私だ。この世界に来て、もしもテスに会えずに街をさ迷って、いつの間にかブラウンの『空き家クエスト』に捕まっていたら。あのとき街には、スラムにしか住む家がなかったから。もしもそうなっていたら、あの家の地下室の暗がりで絶望して、憎悪に燃えていたのは私だったかもしれない。馬乗りになってノーザを刺していたのは、私だったかもしれない。
ノーザ・ゴーン、透くん、ノーザは死んだ。透くんは死んだ。ゲルダに酷い事をした報いで死んだ。たぶん、最後に私を助けようとして死んだ。
初めてイオンはノーザを憎んだ。それでもノーザが死んだ事を悲しんだ。悲しんで泣きながら、テスが来るのを待っていた。




