19.ロンサム
テスは店を出てスラムに向かっていた。店の中の重い雰囲気から逃げたいのもあったが、夕べの火事の様子を知っておきたかった。イオンは爆発したと云っていたが、すぐに逃げ出して炎が上がり始めた後の事は見ていないらしい。
現場に近付くと、まだ野次馬らしき人影が数人いて、崩れかけた塀や建物を眺めていた。爆発の中心にあった鍛冶屋の建物は、崩れて瓦礫の山になっている。スラムを囲む塀も鍛冶屋の周囲で大きく崩れ、スラム側の住人達が同じように野次馬に集まっているのが見えた。周辺が水浸しで所々水溜まりが出来ているのは消火のせいだろう。テスは近くの野次馬に声をかけた。
「こりゃ一体何が?」
「鍛冶屋が爆発したらしいぜ。」
「鍛冶屋が? 火薬でも扱ってるんですか?」
「さあ、俺は《鍛冶》もないしよくわからないな。」
近くにいた数人が集まりだして銘々知ってることを話始めた。
「鉄というのは条件さえ揃えば燃えるんだそうですが。」
「《精霊魔法》の使い手でPKに恨みのある奴の仕業かな。」
「《精霊魔法》といえば消火活動も凄かったらしいよ。あのPKのリーダーが野次馬達にも声をかけてさ、《水魔法》で一斉に消したんだ。」
テスは途中で話すのをやめて聞く側に専念した。どうやら鍛冶屋の事故かPK達を恨む精霊術師の仕業でノーザの活躍で火を消し止めたということになっているらしい。スラム西側から全体の三分の一が燃え、《プレイヤー》の死者も数名出たとの事だった。
死者が出たという事は非常に不味い。死んだという事は『戦闘エリア』にいたPK達だろうし同情するつもりもないが、ノーザや他のPK達の行動が予測できない。彼らが《ギルド》の仕業だと考えれば停戦を破棄してくるか、アレスやシェリルへの報復も考えられる。アレスは今《ギルド》にいない。シェリルと話をする必要があるが、彼女は今様子がおかしいらしい。それに何をどう説明していいのかまったくわからない。本当のことを云うわけにはいかない。しかし早い方がいい。テスは何をどうやって話せばいいのかわからなかったが、重い足取りで火事の現場を立ち去るとそのまま《ギルド》に向かった。
《ギルド》に着いたテスが受付でシェリルに面会を求めると、彼女は外出中で戻るのは遅くなるとの事だった。正直ほっとして《ギルド》を出て家に戻ることにする。帰りの道のりでもノーザやシェリルへの対応に頭を悩ませていた。マジューレの店が近付くと《探知》の範囲にシェリルの名前が入ってきた。まさか外出中って家に来てるのか?それに知らない名前が他に一つ。これは店の客かもしれない。店に入るとイオンが亀に乗っていた。亀はイオンに好きなようにさせて、チャカの手元を首を伸ばして覗きこんでいる。チャカは見たことの無いアイテムを弄くり回していた。
「おかえり、テス。」
「おかえりニャ。」
「やあどうも、お邪魔してるよ。」
亀が喋った。
「まあ、ロンサム様。」
テス背後で驚く声がして、テスとは別の方向から、やはり店を訪ねて来たシェリルが立っていた。
「いらっしゃいシェリル。今日はどうしたんだい?」
やっぱり来ちゃったか……テスは落胆が顔に出ないように微笑んだ。それにこの喋る亀は知り合いらしい。親方が店の奥から顔を見せたが、シェリルとテスを見てもう一度奥に引っ込む。――逃げる気か、俺に全部対応しろってか。
「あ、シェリルさんいらっしゃい。」
亀の上からイオンがシェリルに声をかけた。
「今日は、イオンさん。この前はごめんなさいね。」
「やあ、シェリル。君に云われて早速訪ねて見たよ。」
「亀さんはシェリルさんのお知り合い?」
イオンが亀の上から訊いた。『お知り合い』の上から降りた方が良いぞ、シェリルがどう反応して良いかわからない顔してる。どうやら亀は《プレイヤー》らしい。大昔に絶滅したナントカゾウガメをキャラクター制作で忠実に再現したらしく、イオンがしきりに細部のディティールの再現性を誉めている。「鼻腔の形状で亜種の見分けが…」とかなんとか誰も聞いていないようだが。テスは思った。出たとこ勝負だ、『昨夜の不幸な事故でPK達が何人か死んで、変に勘ぐった連中が《ギルド》に何か仕掛けるかもしれない。』シェリルの意識がイオンの奇行に集中してる間に、これだけ伝えてしまおう。
「シェリル、昨日の火事の事は知ってるかい?」
答えたのはシェリルではなく亀だった。
「思うにあれは、粉塵爆発によるものではないかな?」
何だこの亀。テスは顔に驚きを出さないようにして亀を見た。亀はチャカの手元から目を離してテスを見た。
「私もやってみたことがあってね。」
「ロンサム様は教会に住まわれて、様々な事象を研究なさっておられます。」
シェリルがテスの方を見て云った。
「その話、興味あるなぁ。詳しく聞かせてよ。」
店の外から聞き覚えのある声がした。テスは気をとられる事が多すぎて、《探知》を見逃していた。
「やあ、テス、先生。ちょっとマジューレさんにお願いがあって来たんだ。今だけ店の出入り禁止を解除してもらえないかな?」
店の外でノーザ・ゴーンが、少し疲れた顔で微笑んでいた。




