Baby's On Fire
翌日、俺とカナは喪服を買うため、バスでイーストモールへ向かう。車内では二人掛けの席に俺とカナで座った。生身の人間の隣に幽霊が座る光景に、皆チラチラと視線を向けていたが全て無視する。誰かに文句を言われてもどうしようもないし、誰に迷惑をかけているわけでもない。
窓側に座るカナはボンヤリと外を眺め、俺はその隣でスマホをボンヤリと弄り、一週間分の天気予報を眺めながらイーストモール前のバス停に着くまで時間を潰した。
平日のイーストモールは客も疎らで、食料品売り場のある一階だけが多少にぎわう程度。俺たちは昼飯と夕飯と明日のパンの買い物客を横目にしながらエスカレーターで3階にあがる。
平日の紳士服売り場は見事に閑古鳥が鳴いていた。
「いらっしゃいま…」
タブレットを片手に陳列されたスーツをチェックしている店員が「せ」を言い切る前に目を丸くした。そういえば昨日のコンビニ店員も驚いた表情を見せていた。やはり男の隣に半透明の女子高生がいる光景は異様な光景に映るのだろう。俺は不安を感じて思わずカナに声をかける。
「なぁカナ」
マネキンに着せられたセットアップのスーツを眺めながらカナは答える。
「なに?」
「俺たちの様子って異様なのかな?」
「まぁ、おかしいね、普通幽霊と一緒に歩くとか無いからね」
「しかも、話しかけてるから?」俺はカナの言葉にそう付け加えると「余計おかしいよね、普通会話できないし」と淡々とした口調で返してきた。
そしてカナはマネキンを見るのをやめ、振り返りながら「ま、あたしは嬉しいけどね、ノボル君の困った顔見るの楽しいし」そう言いながらいたずらっぽく笑った。
俺とカナのやり取りを見て⋯いや、俺が一方的にカナに話しかけてる様子を見るからだろう、何人かの店員が遠巻きに俺たちの様子を伺っている。
俺はため息をつきながら店員を探すが、皆一様に俺を避けている。
「みんな薄情じゃねぇ?店としてどうなのよ」俺がそう呟くと「いやいや、幽霊と一緒にこういうとこ入る時点でシュール過ぎんでしょ」と間髪入れずにカナが返してくる。
うん、確かにシュールだ。
しかし、まいったな、怪しいものでも、変質者でもないんだけどな。いや、傍から見れば完璧に怪しいもので、変質者なんだろう。なんせ、アラフォー男が女子高生の幽霊にぶつぶつ話しかけているのだから。
俺が変質者であれ、怪しいものであれ、どうであれ、今はとにかく喪服を手に入れなければならない。そうでないとカナの通夜に参列できないのだ。
ああ、タバコが吸いたい。スーツを買ったら喫煙所に直行だ。そう心に決めながら、深呼吸を一つして近くの店員に声をかける。
「あの」
「は、はい」
店員は目を丸くして、声を裏返した。まるで見つかってしまったと言わんばかりの受け答え。
「あの、喪服が欲しいですけ…」俺が言い切る前に「あ、喪服ですね、今担当の物をお呼びします」と言って店員はいそいそと俺から距離を取り、レシーバーで担当者の名前と喪服を探している客が居ることを告げ「直ぐに担当の者が参りますのでこちらでお待ちください」と言って足早に去っていった。
なぁ、そんなに避けないでくれ、頼むから…。
しばらくカナと一緒にマネキンに着せられたスーツを眺めていると、担当者がやってきた。体感でおよそ10分くらいの待ち時間だ。心の準備でもしてきたのだろうか。
「お待たせいたしました、こちらへどうぞ」
店員に案内され店内を歩き、礼服のコーナーに案内された。そこに並べられている物はどれも燕尾服、つまりタキシードだ。
俺は、まさかと思いつつ店員に聞いてみる。
「あの、お通夜で着る喪服なんですけど」
店員は満面の営業スマイルを見せながら告げる。
「ええ、そうですよ、こちら葬儀用の礼服になります」
ふざけているのだろうか、俺は腕を組み、マネキンに着せられたタキシードを眺める。ふと目線を上げると客のいない店内を、せかせかと店員が歩き回っている。皆、私には関わらないでと言いたげだ。
まさかタキシードを見せるってことは暗にさっさと帰れって事なのだろうか?
いや、まさかな。
俺は疑念を振り払うようにハンガーにかけられたタキシードのタグを覗いてみる。そこには、婚礼・葬儀用と書かれていた。どうやら俺の常識はこっちでは非常識らしい。
俺の様子を見かねたのか、店員は営業スマイルを崩すことなく告げる。
「御存知とは思いますが、通夜や葬儀というのは故人が旅立ちを祝うものとなっております、そのための正装としてタキシードをお召しになるのがよろしいかと」
マジかよ…もうパニックだ、追い打ちにも程がある。頭を抱える俺を心配したのか、カナが俺の顔を覗きこんだ。視界の端で店員の肩がぴくっと揺れる。
「どうしたの?」
「うん…いや、大丈夫」俺は力なく答えた。
それにしても、どうしようか、勧められるままタキシードを買った方が良いのか。それともスーツを買った方が良いのか。そもそもこっちの世界において、スーツという選択肢は通用するのだろうか?しかも殺された女子高生の通夜である。どうなんだろう?
俺は店員に断りを入れ、売り場を出てポケットからスマホを引っ張り出す。こうなったらこっちの世界のプロに聞けば良いだけの話だ。
3コールで川辺さんの間の抜けた声が響いた。
「もしも~し、どうしたぁー?」
「あの、お休みのところ申し訳ありません、今、喪服を買いに紳士服の店に来てまして」
「おう!行動が早いね!」
「で、タキシードを勧められたんですが…」
「お!礼服だね!冠婚葬祭どれにでも持って来いだ」
俺は深くため息をつく。どう考えても「冠婚葬祭」の「葬」は違うだろう。
「あのですね、川辺さん、故人の旅立ちを祝うってのはどうも…あの、スーツじゃ駄目なんですかね?」
「うーん…タキシード着るのが一般的なんだけどね…」
10秒程沈黙が流れた後、受話口から「うーん」という声が聞こえる。なにやら考え込んでいる様子だ。俺はレディース・スーツのセットアップを眺めるカナを見ながら川辺さんの言葉を待つ。更に10秒の沈黙の後、川辺さんが口を開いた。
「うん、スーツで行こうか、俺も、スーツで行くよ、領収書ちゃんと貰うんだよ、株式会社Lamp Lighter警備保障 でね」
良いのかよ。大丈夫か?さっきの間は、やっぱまずいんじゃないのか?
いや、きっと気を使って合わせてくれるんだろう。
「わかりました。じゃあスーツ購入しますね」
「うん、よろしくぅ」川辺さんの間の抜けた声が受話口から響き、通話が切れた。
再び店に戻り、礼服売り場に案内してくれた店員に声をかけ、黒のスーツを見せてもらう。
喪服として着るタキシードからスーツに変更したのが余程気になったのだろう。店員が「スーツでよろしいのですね?」と念を押すように聞いてきたので「スーツでお願いします」と強めに返答した。
俺は適当に黒のスーツと黒のネクタイを選ぶ。店員は淡々と手順通りに上から下までメジャーで採寸していく。一通り測り終え、サイズの合うスーツを選び試着室に入った。
そう言えばスーツなんか何年ぶりだろうか、俺は試着室の全身鏡に映った自分を見て最後にスーツを着た時の記憶を探る。そしてこの世界がどうであれ、やっぱりタキシードは無いよなと自分に言い聞かせた。
試着室から出てきた俺にカナが声をかけた。
「似合ってんじゃん、なんだっけ?馬子にも衣裳?」
「ああ、大体合ってるよ」
俺はそう言ってカナに微笑みかける。完璧な苦笑い。




