表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/46

清洲城を手に入れました。

織田家と今川家の兵が萱津にて戦端が切られた。


今川家の主な参加武将は大将に太原 崇孚で荻 清誉、福島 元成、飯富 昌景、工藤 元豊だ。


織田家の主な参加武将は大将が織田 信友で坂井 大膳、坂井 甚介、河尻 与一だ。


先行していた清誉が義達殿を挑発する為に500の兵で庄内川を渡って陣を張っていた。


それを知った信友は怒りに任せて大膳たちの反対を押し切り兵が集まりきる前に清洲城から打って出た。


信友が萱津に辿り着いた時に兵は1200人になっており、その後も続々と信友に追いついて兵の数は増えてきているのだが信友は陣を整える事をせずに、直ちに清誉の陣への攻撃を命じた。


ただが500の兵なので簡単に蹴散らして、さっさと那古野城へ向かおうとした為だ。


世鬼忍軍から信友が向かって来ている情報を得ていた清誉は万全な状態で500の兵を率いて迎え撃った。


清誉は迫り来る軍勢に対して弓矢で応戦する。

相手は統制が取れておらず、闇雲に突撃して来ていたので多くの者が弓矢に倒れた。


すかさず、清誉は兵を進めて突撃する。


世鬼忍軍からすぐそこまで崇孚の軍勢がやって来ているとの情報を得ており、清誉は最初から全力で突き進んだ。


前線にいた与一は一当たりして敵が手強いと感じた為、一旦引いて軍勢を立て直そうと動くが清誉がそれを許してくれない。

与一の周りの者たちがどんどん討たれていく。


大膳、甚介も前線を見て敵の異様な強さを感じ取り、甚介は周りの兵をまとめて与一の援護に向かい、大膳は信友に落ち着いて敵に当たるように進言し、信友の側近たちに信友をしっかりと守るように告げ前線に出ようとした。


その時、崇孚率いる軍勢が現れた。


大膳はその軍勢を見て兵力が劣勢になった事を悟った。

敵の援軍は約2000の兵と今、戦っている500の兵で計2500。

それに対してこちらは最初より多少は増えたが兵1800だ。


2000の兵が戦いに合流する前に今戦っている軍を壊滅させなければ……


信友に援軍が合流する前に今戦っている兵を壊滅させると告げ、大膳も急いで前線に向かう。


与一、甚介、大膳が揃いが防戦に努め、清誉の勢いも止まり、清誉の軍勢を囲んで殲滅しようとしたところ、本陣である信友の元に500の兵が迫っていた。


崇孚の軍勢から離れて迂回して後ろに回り込んだ元成の兵500だった。


信友は前線に気を取られ、後ろから迫る元成の兵に気付くのが遅れた。

本陣には兵が500しかいない。


頼りになる、大膳、甚介、与一も前線で敵と戦っている。

信友はどう行動するか迷っていた。

側近たちはすぐに本陣に迫り来る兵に対し、防御を固め迎え撃つ準備を整えたがそこに元成の兵が突っ込んだ。


元成は勝った!!勝った!!と叫びながら突撃して行く。

その迫力に信友は情け無い声を出して尻餅を付いてしまった。


信友の身体は無意識に逃げ出そうとしたのだが側近の【海老 半兵衛】が押し止めた。

それを見た側近の【黒部 源介】が自分の配下を率いて元成の前に出て元成を迎え撃った。


源介は腕に自信があり、家中でも【血槍の源介】と名が通っている。

信友も半兵衛も源介を頼もしく思い見送った。

しかし、源介は元成によりたった一撃で討ち取られてしまった。


源介が討ち取られる所を目の当たりにした信友は、恐怖の為に逃げ出した。

これにより本陣は崩壊してしまった。


本陣が崩壊した事に気付いた大膳、甚介、与一の兵が動揺し、我先に敗走を始める。

大膳、甚介、与一は兵を鼓舞して立て直そうと行動するが、そこに昌景、元豊が突撃して来て完全に敗走に移った。


昌景、元豊が追撃に移り、信友の軍勢の被害が大きくなっていく。


信友はなんとか清洲城まで逃げる事が出来たが側近の半兵衛は信友の身代わりとなり討ち取られている。


重臣である大膳はなんとか兵をまとめて清洲城まで撤退が出来たのだが、与一は清誉に討ち取られて、甚介は大膳に兵を託し、殿として時間を稼ぎ、最後は昌景により討ち取られている。


信友から敗戦を知った達勝殿は清洲城の兵力が大膳が連れ帰った兵を合わせても500人に満たないと知り、迎え撃つのは無理たど判断して早々に岩倉城の織田 信安を頼って落ち延びて行った。


大膳は500の兵で清洲城に籠城すれば持ち堪えられると主張したのだが大膳の言葉を無視して、達勝殿、信友は一族の者たちを連れて清洲城から去っていった。


大膳は自分だけでも清洲城に籠城し、守り抜こうと考えたが既に達勝殿たちが清洲城から去る所を兵たちに見られてしまっている。


こんな士気の低い状態ではとても清洲城は守り抜けない……


大膳は悔しさを滲ませながら、清洲城の者たちと兵を率いて達勝殿達を追うしかなかった……


大膳が岩倉城へ向かってからすぐに、今川家の軍勢が清洲城に現れた。


城門が開かれていた為、崇孚は罠と疑ったが世鬼忍軍から達勝殿たちが岩倉城へと向かって清洲城は人っ子一人いないとの報告を受けて入城した。


崇孚は達勝殿を追わずに清洲城で守備を固め、那古野城へと使者を出す事にした。

元豊は入城せずにそのまま、兵500を率いて東に向かい小田井城へと向かった。


教来石 景政は崇孚からの命令で、兵500を率いて清洲城に向け進軍中の崇孚の軍勢から途中で離れ、小田井城へと向かっていた。

小田井城は清洲三奉行の1人である【 織田 寛故】の居城であり、達勝殿への援軍を出さないように牽制する為だ。


景政は崇孚から無理はしなくて良いけどイケると思ったら好きにして良いと許可を得ている。


景政は小田井城へたどり着いたが、寛故は籠城を選択した。

500の兵なら耐えられるとの判断で、すぐに清洲城から援軍が来ると信じているからだ。


しかし、やって来たのは元豊率いる兵500だった……


しかも清洲城へ送った援軍要請の為の使者が戻って来て、清洲城が開城したとの報告があった。

清洲城へとたどり着いた時にはもう開城していたとの事だ。


使者はわざと見逃されていたので小田井城へ戻る事が出来たのだ。


清洲城から戻る時に忍びたちに囲まれて、使者は死を覚悟したが忍びから丁寧に状況を説明されていた。


達勝殿たちが岩倉城へと落ち延びて無事だという事も告げられており、寛故に城の枕に討死するか、岩倉城へと落ち延びるのか、今川 義元に降るのかを選ぶように選択させるように使者に告げた。


寛故は考えた末に義元に降る事を決断し、景政の元へ出向く事にした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ