私も父親になりました。
1538年になり、巴が男子を出産した。
もちろん、私の子供だ!!
嬉しい、とても嬉しい!!
家中の者たちも喜んでくれている。
時期を意識した訳では無いが史実の【今川 氏真】と同じ年に生まれている事になる。
名前は私の幼名である【芳菊丸】と名付けた。
流石に幼名を史実と同じ龍王丸と名付ける事も出来ない。
なぜなら龍王丸という名は今川家の次期当主を継ぐ者が名乗っている。
お屋形様からも祝いの使者がやって来た。
史実と違い、お屋形様と今川 彦五郎の兄上は体調に異常も無く、元気に過ごしている。
母上はわざわざ孫の顔を見に那古野城までやって来てとても喜んでいた。
しばらく、那古野城に居座るつもりのようだったがしっかりと帰ってもらった。
この2年で知多郡は水野家の緒川城以外は私の支配下に入った。
河和城の戸田 繁光と富貴城の戸田 法雲には私に仕えるか、渥美半島の本家に戻るかと尋ねたが私に仕える事を選んだ。
繁光と法雲は知多郡の他の領地の繁栄をみて、たとえ城を領地を取り上げられても私に仕えれば、河和戸田家は滅ぶ事は無いと考えたようだ。
その事を聞いた私は時勢を見る目を持っていると感じ、そのまま領地を安堵した。
織田 信秀は1537年に弟の【織田 信康】が犬山城に入城させ、岩倉城の尾張守護代の織田 信安の後見役に就任させた。
これにより、織田 信秀、織田 信安と斯波義統、織田 達勝の間の緊張感が増しているのが今の尾張国の状態だ。
お屋形様は三河国へと攻め込んでいる。
1537年に三河国の吉田城の【牧野 成敏】に三河国の田原城の【戸田 康光】が攻め込んで成敏を追い出して、【戸田 宣成】を入れていた。
成敏は牧野一族の中で早くから今川家に付いたのだが、戸田家は松平 信定と組んで今川家と対立しているので成敏の事が邪魔だったんだろう……
その行動がお屋形様を怒らせた。
朝比奈 泰能殿を総大将にして岡部 親綱殿、福島 正成殿、【飯尾 乗連】殿、【井伊 直平】【天野 虎景】小笠原 長高たちに戸田家討伐を命じた。
戸田家方の吉田城、二連木城を落とし、さらに田原城へと進軍しているところだ。
吉田城には彦五郎の兄上が【今川 範真】と名乗り、入城する事になった。
範真の兄上はやる気を出し、武芸、勉学に勤しんでいたので、お屋形様もその努力を認め、吉田城を任せる事にしたようだ。
やっぱりお屋形は身内に甘いようだ……
範真の兄上と再会した時、私は範真の兄上の顔付きがまるで憑き物が取れたかのような穏やかな顔にびっくりしたが……
前のような、傲慢さは無くなり、家臣たちの意見にも耳を傾けるようになり、良いと思った意見はすぐに取り入れるようになった。
今川の領地外を見ると、この2年間に北条家は武蔵国の河越城を奪っている。
扇谷上杉家の上杉 朝興が1537年に亡くなり、その息子である【上杉 朝定】が家督を継いでいる。
まだ若年の朝定が家督を継いだ隙を狙って北条 氏綱殿は朝定の居城である河越城に攻め込み、朝定を松山城へ追いやる事に成功した。
武田家は武田 信虎の嫡男である武田 晴信に嫁いでいた朝興の娘が出産の時に母子共に亡くなっている。
その後すぐに朝興も亡くなっているので信虎は扇谷上杉家から離れ、北条家との同盟の話がほぼ決まっている。
朝興が亡くなったと同時に今川家から話を持って行って同盟締結に向けた会談を続けていたが、ついに三浦 氏員殿の苦労が報われそうだ。
水野 忠政は松平 広忠を旗頭にして松平 信定と戦っているがこれといった成果は挙げられていない。
広忠に味方をして広忠を岡崎城へ迎え入れようとした松平 信孝は信秀の使者でたまたま岡崎城に訪れていた【平手 政秀】の手によって岡崎城から追い出されている。
信虎は諏訪家と村上家と同盟を締結し、信濃国佐久郡に攻め入った。
村上家にも武田家と北条家の同盟締結が間近である事を世鬼忍軍を使って噂を流していたお陰でか、村上家との同盟はすんなりと締結できた。
晴信の初陣も無事に済ませており、佐久郡の海ノ口城主平賀源心を攻めた。
晴信は城を一夜で落とすほどの活躍をしている。
今は史実より早いが諏訪 頼重と村上 義清と連携して小県郡に侵攻し、海野棟綱、真田 幸綱、【根津元直】【望月 昌頼】らを攻めている。
幸綱のところには世鬼 政棟に命じて使いを出している。
もしもの時には私を頼ってくれと……
海野家、根津家、望月家は【滋野三家】と呼ばれており上野国の山内上杉家を後ろ盾に勢力を伸ばして来た一族だ。
史実でも海野家は山内上杉家の元に逃れているので、幸綱が私を頼ってくれるのならば、南下して武蔵国から相模国を通って私の領地に辿り着く事が出来る。
政棟には幸綱の好きなように行動させるように申し付けてあるので私の所に来るのは幸綱の心次第だろう……
美濃国では後の斎藤 道三である【長井 規秀】が病死した美濃守護代の【斎藤 利良】の名跡を継いで【斎藤 利政】と名乗り、勢力を伸ばしている。
利政の美濃国乗っ取りもあと数年後に実現するだろう……




