9話 先輩の存在
「ふんぬぅぅぅぅ!マジか!全然動かねえ!!」
腕相撲開始と同時に、フィックスは思いっきり力を入れてきたようだ。
しかし、俺の腕はただ耐えてるだけでまったく動かない。
フィックスも決して弱くはない。むしろ、先程の荒くれ者のパンチを考えると、かなり強い。だが、俺の敵ではない。
今ではフィックスは身を乗り出してめっちゃ体重をかけているが、それでも俺は動かない。
そろそろいいかと思い、俺は腕を倒してフィックスの手の甲をテーブルに押し付けた。
「ひ~、マジかよ、俺腕相撲で負けたことなんて今までに2回しか無いのに。すげえなアキラ!」
フィックスが負けを認めて俺の勝利が確定する。その瞬間、またもギャラリーがざわざわと騒がしくなる。
「マジかよ!?剣聖が腕相撲で負けた!?」
「相手は何ランクだ!?」
「誰だあいつ、見たことねえ!」
「どうやら市民らしいぞ!」
「市民がSランクに勝てる訳ねーだろ頭沸いてんのか!」
「あんだとてめえ!?」
「やんのかコラァ!!」
あーあー、喧嘩はよして。またトラブルになる。
「さっすがアキラくん!いきなりSランクに勝っちゃうとかいい感じだよ!腕相撲ってのが地味だけど!」
ギャラリーと一緒になって騒いでんじゃねえアホ神。
「どういう事か教えてくれよアキラ!気になって仕方ねえ!」
んー、説明して大丈夫かな…?
とりあえず、弱点を教えなければいいか……
「ちょっとギャラリーが多いんで、みんなに聞かれるのはちょっと……」
「よっしゃ!おいお前ら散れ散れ!今から秘密の話すんだ!盗み聞きしたらぶっ飛ばすぞ!」
だいぶ興奮してらっしゃる。
とにかく、剣聖の一声でギャラリーは渋々解散した。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「…で、どうやったんだ?さっきもスキルは使ってなかったよな?」
ギャラリーが散ったと同時に料理が何品か運ばれてきたので、まずはそれらをいくらか頂いてから、フィックスが切り出した。
ちなみに料理は超美味かった。調理レベルの低いタイプの異世界ではないようだ。
「なんというか……簡単に言うと、今のは、フィックスのスキルが無効になってるんですよ」
「マジか」
「それで、お互いスキルの恩恵なしの地力勝負に持ち込んだって訳です」
「スキルを無効化するスキルって事か…?いや、だとしても…言っちゃ悪いが、デフォルトのステータスでも俺がアキラに負けてるとは思えない……そこはどういう事だ?」
「ん~……本当にざっくり言うと、そのステータスも無効になってる、って感じですかね」
「マジか、超強えじゃねえか。ていうか意味わかんねえな」
詳しく説明すると少し違う感じがするけど……まあ、分かりやすく言うとそんなところだ。
相手のスキルもステータスも無視する能力。って言った方が強そうなイメージでいいだろう。嘘は言ってないし。
「へぇ~!そういう能力にしたんだ!でもそれやっぱ地味じゃない?もっと派手なの無いの?つまんなくない?」
この金髪はひたすら派手な無双を所望のようだから、それに反抗するための能力でもある。
いつか詳細を知られたらまた騒ぎ出すだろうな。バレるまでは教えないけど。
「まあ、実際にはもうちょい複雑なんですけどね……秘密にしてくださいよ?」
「それはいいんだけどよ……まだ納得いかねえ!スキルも無効、ステータスも0にって……そんな能力あったら、お前無敵じゃねえか。さすがに反則だろ」
「いや、ステータスは0になってる訳じゃないと思いますし、ちゃんと弱点も対抗策もあるんですよ?」
「というと?」
「さすがに言えません」
ちえー、とフィックスは残念そうに新たに運ばれてきた料理を口に入れた。
「でも本当にその能力で対抗策なんかあんのかよ。せっかく上げたステータスもスキルも通じないって、弱点あっても突きようがないと思うんだがな……」
「嘘はついてませんよ」
「んなもん顔見りゃわかるよ。ま、そりゃ飯奢られたくらいで初対面の相手に弱点まで教えてたら馬鹿だわな」
「それに、わからん殺しみたいなもんなんで、今フィックスと戦ったら確実に負けると思います」
「お、そうなのか?……まあ、そうか。俺がそう何度も負ける訳ねえか!」
軽く落ち込んでたフィックスは俺の言葉だけで機嫌が良くなったようだ。
良くも悪くも単純なタイプのキャラと見た。敵に回したくはないタイプだな。
出来るだけ仲良くなっておこう。
「……んで、冒険者ギルドにいたって事は、冒険者になろうとしてたって事か?正直、そんな能力があってその年まで市民だったのが既にかなり勿体無いと思うけどな。」
「あ~…この能力を使えるようになったのは、ごく最近なんで…」
「へえー、突然そんなすげースキルが発現するなんて珍しいな」
すいません、最近というか数時間前だし、スキルとはちょっと違うんです。ややこしくなるから言わないけど。
「じゃあ、スキルの発現をきっかけに、登録して冒険者として一旗挙げようとしたってことか」
いや、実は登録する気は無かったんだけど……
と思ってると、ルシャナがキメ顔で切り出した。
「いや……違うね!」
お?登録しないで依頼だけこなそうとしてたのバレてたか?
「何を隠そう、アキラくんは神の使いである勇者!そして僕は彼が仕える救世神!冒険者で一旗挙げる程度では終わらない男さ!!!」
「………へ?勇者?」
……この馬鹿は、学習ってもんをしないのだろうか。
とりあえずまた瞼をつねる。今度は引っ張りを加える。
(お前さっきもそれで騒ぎになったの忘れたのか……?)
(痛い痛い痛い痛い痛い!!だって悪いことしてるわけじゃないんだから!隠す必要もないでしょ!)
(ひけらかす必要も無いだろ!むしろ何の実績も無いんだから頭おかしいと思われて終わりだよ!!)
しかし、小声でアホと言い合いをしてると、フィックスは予想外の反応を示した。
「勇者と神か……なるほど、それならわからんでもないな。」
…え?信じるの?
驚いてフィックスの方を見ると、何か知っているようだった。
「いや、確か5年くらい前にも魔王がいて、それを倒した勇者もすげー強かったなと思ってさ。そいつも今まで存在を知られていない状態から急に現れたから、そういうこともあるのかなと。」
5年前!?そんな最近の話なのか?
「魔王の城には一緒に行かなかったけど、そいつとパーティ組んでた時期もあるぜ。今は隠居してるみたいだけど」
しかも存命でこの世界に残ってる!?
そんなの聞いてない。ダーナ様も教えてくれなかった。
アホ神の方を見ると、知りませんでしたって顔して固まっていた。いやお前は知っとけよ。
しかし、先輩がいるというなら、是非話をしさせてもらいたい。どうやったらすぐ帰れるか聞くために。
「今、その勇者さんがどこにいるかわかりますか!?」
「ん?王都に家買って住んでると思うぜ?」
王都……ってどこだ?ここからどのくらいだ?
っていうか、そう言えばこの町がどこなのかも全然わからん。
とにかく、どうにかしてその人と会ってみたいな……
すると、フィックスが願ってもない提案をしてくれた。
「懐かしいな…ちょうど暇してたし、会いに行ってみっかな。一緒に来るか?」
「良いんですか?」
「ああ。足手まといにはならなそうだし、お前らからももっと詳しい話を聞きたくなってきた。そうだな……今日はもう夕方になるし、明日の朝出発するか!」
「ありがとうございます!」
こうして、Sランク冒険者と一緒に、先代勇者と会いに行く事になった。