19話 謎の男
ラフェリア王国の首都である王都ラフェリア。その中でも一番人通りの少ない裏通りを歩く美女が一人。
それ自体が発光しているかのような美しく長い金髪をポニーテールにし、肌は傷ひとつなく白く、白を基調とした高そうな軽鎧に包まれていてもわかる抜群のスタイル。
透き通るような蒼い瞳のには、隠しきれない喜びが浮かんでいる。
普通なら、金と女に飢えた裏通りの住人から、その身体と身につけた鎧目当てにすぐに襲われそうな人物だが、彼女が襲われない大きな二つの理由があった。
一つは、彼女が23歳という若さにして、ラフェリア王国騎士団の副団長の地位にいること。
ラフェリア王国騎士団は、コネと権力により貴族出身者で固められがちな他の国の騎士団と違い、身分に関係なく誰もが一般入隊試験を受け、本人の功績によりのしあがっていく完全な実力主義の団である。それ故、一中隊長クラスで、他の国の騎士団長クラスの実力に匹敵すると言われている。
彼女は貴族の出身ではあるが、例に漏れず、一般入隊からめきめきと頭角を表し、入隊からわずか7年で現在の位置についた。そんな騎士団のNO.2である彼女を襲おうなどという悪漢は、少なくともこの王都には存在しない。
そしてもう一つの理由は……彼女、旧姓シャーレイ・クリエストは、5年前に魔王を打ち倒し世界を救った勇者、リント・シーダースの妻なのである。
勇者に3人の夫人がいるというのはこの世界では有名だが、その3人の内の一人がシャーレイだ。なので現在、シャーレイ・シーダースと名前が変わっている。
世界最強の男、リントの妻に手を出そうなどという考えは、この世界にいるまともな人間なら持っていない。
それもあって、彼女はこんな裏通りを堂々と一人で歩いているのだった。
「ふふ……久しぶりだな……ようやくリントに会える……」
彼女がその瞳に喜びを浮かべていた理由は、愛する夫に久々に会えるからという微笑ましいものだった。
シャーレイはその立場上、遠征や新入団員の教育など長期に渡る任務も多くなりがちである。
そのため、そういった長期任務が終わって家に帰る日は、他の二人の夫人は気を遣ってリントとシャーレイが二人で過ごす時間をなるべく邪魔しないという取り決めがある。
今日は実に一ヶ月ぶりにリントに会える日。事前の連絡では、リントも他の予定を入れずに今日は家で帰りを待っててくれるとの事だった。
シャーレイは、リントと何をして過ごそうかと色々な事を考えながら自宅へ向かっていたのだった。
「お土産を渡して……会えなかった間の話をして……二人で食事をして、一緒にお風呂に入って……夜は………///」
顔を赤くしながら色々考えているうちに、自宅にたどり着いた。
この玄関の扉を開ければ、久しぶりに愛するリントに会える───
「ただいま!リント!今帰ったぞ!」
扉を開けた目の前には、暖かく帰りを迎えてくれるリントの姿───
ではなく、見覚えの無いやたら体のでかい男が座り込んでいた。
「だ、誰だお前はーー!!?」
思わず剣を抜いて大声で叫んでしまった。
ここが勇者の自宅だというのはこの街では知られたことであり、そこに不法侵入するものがいるなど想像もしていなかったので取り乱してしまった。
剣を向けながら、もしかして普通の客かな?と一瞬思ったが、客がこんなところで一人でいるはずがない。やはりこの男は部外者だろう、と心の中で無理矢理納得した。
「だ、誰だと聞いている!答えろ!」
切っ先を再度向けるが、目の前の男は答えるどころか、うつむいたままこちらを見ようともしない。
男の身から溢れ出すような陰気なオーラに不気味さを感じ、シャーレイの頬を汗が伝った。
(な、何なんだこいつは……私が誰だか、ここがどこだかわかっているのか?)
何者かはわからないが、家の誰も出てこないのもおかしい。もしかしたらリントたちに何かあったのかもしれない。
この男が自分に何もしてこないのなら、先手必勝あるのみ。
正体がわからないのならとりあえず無力化しておくべきだ、とシャーレイは判断した。
「と、とにかくそのまま大人しくしていてもらうぞ!……シャインホールド!」
リントやマリーほどの精度や種類はないが、シャーレイも無詠唱でいくつかの術が使える。その中でも彼女が得意とする光の捕縛術を放つ。
しかし、現れた光の輪は、収束はしたが男を締め付けることなくそのまま消えた。
「な、何だと!?」
目の前の男は防御する素振りも、何か術を発動する素振りも見せなかった。
それなのに自分の得意とする光の術がなんの効果もなく防がれた──やはり、この男は危険人物か?
「………っせえな……」
「っ!!?」
男が初めて頭を上げて言葉を発し、シャーレイはその生気の無い眼と短い一言に込められた陰鬱さと憎悪を感じ、思わずたじろいだ。
同じこの世界の人間とは思えない凄まじい負の感情に、まさか今の魔王の関係者か、と最悪の想像が頭をよぎる──
「清楚系お嬢様に爆乳魔女ときて、最後は金髪女騎士かよ……畜生、、アナル弱そうな顔しやがって……」
「……………は?」
(聞き間違いだろうか、この男、今の緊迫した状況に似つかわしくない低俗な言葉を口走った気が……)
「アキラさん、そろそろ立ち直ってくださ……あ、シャーレイ、お帰り」
「えっ!?リ、リント?」
あまりにも普通に出てきた夫に驚くシャーレイ。無事に会えたのは嬉しい事なのだが、よく状況が理解できていない。
「あー……ごめんね、せっかくシャーレイが帰ってくる日だったんだけど……アキラさんも相当落ち込んでてここから動けないみたいで」
「い、いやその前に誰なんだ彼は?なんでここにいる?」
「えっと……アキラさん、彼女も僕の妻なんですけど、説明していいんですかね…?」
「……………………」
「えー、特に否定もしないようなので説明しちゃいますね。どっちみち教えとかないといけないでしょうし」
今まで見たこともなかった男に自分の夫がやたらと気を遣っている光景がシャーレイにとっては不思議だった。
いや、リントの腰が低いのははいつものことだが、これは何か違う気がする。世界を救った勇者に対して返事もしないなんて奴がいるだろうか。しかもこんな態度をとっているのにリントは気にせずこの男を気にかけている。
一体この男は何者なのだろう……
「シャーレイ。この人は大室 亨さん。僕と同じ所から来た、今の勇者なんだ」




