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青水晶は語る

 この魔術学校には、実に様々な生徒がいる。


 たとえば、異邦の地からやってきた、銀の髪に赤い瞳をした少年は、創作魔法の天才である。目下の研究内容は、記憶についてだそうだと、風の噂で聞いた。

 たとえば、ある魔導の名門出身の、金の髪に緑の瞳を持つ少女は、魔導機械の先駆けと評される。彼女の研究が進めば、幻の飛行城すら再現できるのではと、そう言われている。


 さて、私はといえば。

 講義もろくに聴かず、課題もろくにこなさず。ただ、研究棟に与えられた自室にこもりきりになって、書類と文献の山に埋もれて。青空のいろをした結晶を、手の中で転がしている。

 研究の進捗は、芳しくない。もとより、茨の道だと覚悟はしていた、けれども。何度も季節がめぐって、あらゆる手を尽くしてきて、それでもちっとも先が見えないとなると、心折られそうにもなる。

 ぼんやりと、窓の外を眺める。木々の葉は落ち、吹き込んでくる風もきんと冷たい。ここへやってきて三度目の冬が、訪れようとしている。



 ──この学校で最初の飛び入学を果たした、魔導の天才。それが、私。

 そして。

 天才少女の見る影もない劣等生。

 夢物語のような研究に傾倒する、変人。

 それもまた、私だ。




 思い返す。

 ──記憶の、結晶化にまつわる、研究?

 教授に今回の研究企画書を提出したときの、怪訝そうな顔。

 ──なんか、よくわかんないけど、……すごいことやろうとしてるんだね?

 級友たち、学友たちの笑顔もぎこちなかった。

 なんとでも言えばいい、と思う。

 忘れるな。私はこのために、ここへ来たのだから。



 思い返す。

 王都の魔術学校に、飛び入学が決まった日のこと。

 ──私の力じゃない、です。

 たくさんのひとに囲まれて、驚きながら、すこし怯えながら。

 ──ぜんぶ、先生が教えてくれたことですから。

 そう答えたときに、思わず声が潤んだことも、忘れない。



 思い返す。

 ──先生、きょうも魔法、教えてください!

 そうやって彼のもとを訪れて、そこで見たもの。

 そのひとは、眠っていた。眠るように、長い長い旅に出てしまった。

 あのひとの目と同じいろをした、小さな水晶を握りしめ、私は泣いた。いつものように、頭を撫でて、なぐさめてほしかった。

 どうして気づかなかったのだろう。こんな大切なものを託してくれたのに、その意味するところにどうして気づけなかった。

 心臓が凍るような、世界が色褪せ音を失うような、あの感覚。

 いまでも、忘れられない。



 思い返す。

 ──先生、これは?

 ──私の記憶のすべてを、結晶化したものです。ある魔法使いの手で生み出され、歴史の中で散逸し、失われた魔法。

 ──ほんとう、ですか?

 ──さて、どうでしょうか。私から言えることは、そうですね。……結晶化された記憶を紐解く魔法も、たしかに存在しています。きっと、あなたならば、できますよ。

 なんといっても、私のとった、最初で最後の弟子ですから。

 頭に置かれた手の感触。青空を閉じ込めた水晶みたいな青い瞳が、ゆるやかに細まる。忘れるはずもない。あれが、最後だった。

 思い出すたび、泣きたくなる。



 思い返す。

 彼と過ごした日々のこと。それから、そのなかで教わったこと、ひとつひとつを。


 ──これ、なんて魔法ですか? すごく綺麗!

 ──これは、シャボン玉。魔法ではなく、科学と呼ばれるものだそうですよ。


 ──きのう星を見ていらしたのは、なにか意味があるんですか?

 ──ああ、星読みですね。ちょうど、きょうの講義にしようと思っていました。


 ──先生のふるさとって、どんなところなんです?

 ──そうですね、……いずれ、お話しできる日が、来るかもしれませんね。


 ──先生、その怪我! すぐ治癒の魔法かけますから、あの……!

 ──いえ、これなら魔法でなくとも、薬草で処置ができます。魔法ばかりに頼らずとも、この世界にはすぐれた知恵がたくさんありますよ。


 ──空を飛ぶ、お城、ですか?

 ──ええ、おとぎ話のたぐいですね。興味がありますか?



 思い返す。

 ──お願いします、教えてください!

 ──教えられるようなことはなにもないと、再三申し上げたはずですが?

 ──わかってる、わかってます。だけど、ひとつだけ、どうしてもこれだけ。

 助けたいひとがいるんです、だから。

 ぼろぼろに泣きながら縋った。それしか手だてが思いつかなかったから。それしか、方法がわからなかったから。

 壊れたように泣き続ける私に、彼は困ったような顔をして。それから、しばらくの沈黙ののち。

 ──解呪。魔法の、解き方、ですね? ……わかりました。

 すべてのはじまりの、あの日のこと。

 絶対に、忘れない。



 はじめて習って、はじめて使った、初歩の、基本の。

 短い詠唱を、ゆっくりと。震える指先で水晶を包んで。揺らぎそうになる声を必死に張って。

 まるで、あの日の、あのときみたいだ。


 ──解呪の、魔法。


 詠唱の最後を、結ぶと同時。青水晶から、光が溢れた。


 そして私は、目にするのだ。

 彼がつくられた、その場所の、真っ白な美しい街並みを。

 彼の生きてきた、永遠にも等しい時間と孤独を。

 彼の積み重ねた、途方もなく膨大な知識と経験を。


 それから。

 はじめて、信じたいと思えた、ひとりの少女との思い出と。

 それなのに、真実を伝える勇気を持てなかった、深い深い悔悟を。


 記憶の奔流の、その最後。懐かしい声が、聴こえた。


 ──私がひとではないと、機械の身であると知ってなお。

 ──あなたは、私を、「先生」と。そう呼んで、くださいますか?



 月明かりの下、青水晶を握りしめて、私は泣いた。

 初雪の降る、とても静かな夜だった。




 ──その、数年後。

 三名の魔術学校生の連名により、四本の論文が提出される。


『"空飛ぶ城"グロンシャリオ王国の魔導機械文明について』

『記憶の結晶化にまつわる研究とその成果』

『"空飛ぶ城"の伝承から読みとく我が国の歴史』

『グレンブラ公国(通称:機械の国)に対する武力行使の停止を求める意見書』



 赤い瞳の少年は語る。その、雪にも似た白銀の髪で、わずかに目元を隠しながら、それでもきっぱりと。

「僕のふるさとの悲劇は、繰り返されてはならない」と。


 金の髪の少女は語る。その、森を思わせる緑の瞳をまっすぐに聴衆へ向け、凛と声を張って。

「魔導機械の力もまた、正しく使われねばならない」と。


 そして、長い黒髪を襟元でまとめ、あらわになった左の耳に青い水晶のイヤリングを飾った少女は、ふたりの話が終わるのを待って、すっと立ち上がった。深い色の、青水晶の瞳が、集ったひとびとを静かに見つめる。

「今回の、私たちの研究成果についてのご説明に、先立ちまして。──私たちはつねに、『原点に立ち返る』ということを、忘れてはならないのだと思います」



 王の都の、魔術学校。学年末の、締めくくり。

 魔術研究発表会。


 三人の名はまもなく、この魔法の国の歴史に、刻まれることとなる。

奥附


2015年12月3日 第一稿完成

2015年12月17日 本サイトにて公開

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