第27話 伯爵令嬢、王宮の古い図面を探す
地下水路の調査から数日後。
俺は王宮の資料保管室に来ていた。
目的は、古い王宮の図面を探すことだ。
地下水路がどこまで続いているのか。
どこから水が流れ込み、どこへ排出されているのか。
それを調べるには、昔の図面があった方がいい。
「エレノア嬢。こちらが建築関係の古い資料です」
案内してくれたのは、資料保管室の管理を担当している男性だった。
「かなり古いものもありますので、取り扱いにはご注意ください」
「分かりました。ありがとうございます」
目の前には、木箱や巻物、古い書類が大量に並んでいた。
俺は思わず息を吐いた。
「おお……」
「お嬢様、何を感心していらっしゃるのですか?」
マリアが不思議そうに尋ねる。
「いや、こういう資料は大事なんだよ。現場を調べるとき、昔の図面が残っているかどうかで作業効率が全然違う」
「そうなのですか?」
「ああ。過去にどんな工事をしたのか分かれば、無駄な掘削を避けられることもあるからな」
俺は袖をまくった。
「よし。探すぞ」
「お嬢様、ここは資料保管室です。現場ではありません」
「資料を探すのも現場の準備だ!」
「そういう問題ではありません!」
資料を調べ始めて、しばらく時間が経った。
王宮の建物は何度も増築や改修を繰り返している。
古い図面の中には、現在とはまったく違う配置になっているものもあった。
「これは昔の厨房か」
「こちらは兵舎の図面ですね」
マリアが書類を確認している。
「お嬢様、こちらは庭園の図面のようです」
「見せてくれ」
俺は巻物を広げた。
そこには、現在の庭園とは異なる配置が描かれていた。
中央には大きな池。
その周囲に水路が張り巡らされている。
「へえ……昔は池があったのか」
「現在の庭園にはありませんね」
「埋め立てたのかもしれないな」
俺は図面をじっくり眺めた。
すると、庭園の端に細い線が描かれていることに気づいた。
「これは何だ?」
「排水路でしょうか?」
「そうかもしれない」
線は庭園から建物の下へと伸びていた。
そして、その先は図面の端で途切れている。
「この図面だけでは分からないな。別の資料を探そう」
さらに資料を探していると、管理担当の男性が古い木箱を運んできた。
「こちらは、かなり古い時代の建築資料です。整理が終わっていないものもありますが、何か手掛かりがあるかもしれません」
「ありがとうございます」
木箱の中には、古びた紙が何枚も入っていた。
俺は一枚ずつ慎重に広げていく。
そして、その中の一枚を見た瞬間、手が止まった。
「……これだ」
「何か見つかりましたか?」
「ああ。地下の設備に関係する図面かもしれない」
紙には、王宮の建物を上から見た図が描かれていた。
その下には、別の線が重ねて描かれている。
建物の地下を通る水路らしき線だ。
しかも、複数の建物から一本の大きな水路へ集まっている。
「これは……」
俺は図面を広げ直した。
庭園、倉庫、厨房、浴場。
それぞれの建物から排水路が伸び、王宮の外側へ向かっている。
「やっぱり、王宮全体の排水設備だったんだ」
技術官も呼んで、図面を確認してもらうことにした。
しばらくして、技術官が資料保管室にやって来た。
「エレノア嬢、見つかったという図面はどちらですか?」
「こちらです」
俺は図面を指さした。
技術官は身を乗り出して、しばらく黙って眺めていた。
「これは……王宮の地下水路の図面ではありませんか」
「そう思います」
「しかし、こんなものが残っていたとは」
技術官は驚きを隠せない様子だった。
「この線を見てください。倉庫の近くにある水路と、ここに描かれた水路の位置が一致しています」
「ということは、先日発見した水路は、この図面の一部だった可能性が高いですね」
「ええ。さらに、こちらをご覧ください」
技術官が図面の端を指した。
そこには、王宮の外へ続く大きな水路が描かれていた。
「この先は、王宮の外にある川へつながっていたようです」
「なるほど。雨水や生活排水を、まとめて外へ流していたんですね」
「そう考えられます」
俺は図面を見つめた。
昔の王宮には、かなり大規模な排水設備があったらしい。
現在の設備とは別に、地下に古い水路が残っている可能性がある。
「ただ、問題があります」
技術官が表情を曇らせた。
「この図面には、途中から線が消えている部分があります」
「改修で埋められたのでしょうか?」
「その可能性はあります。実際、数十年前に王宮の一部を大規模に改築した記録があります」
「そのときに、古い水路を塞いだのかもしれませんね」
「ええ」
俺は図面を指でなぞった。
水路の一部が使えなくなっているなら、現在の排水設備に負担がかかっている可能性もある。
これは調べる価値がある。
「よし。次は現地調査だな」
俺は図面をまとめた。
「お嬢様、もう調査に行かれるのですか?」
「当然だ。図面と実際の場所が一致しているか確認しないとな」
「しかし、地下水路の調査は危険なのでは?」
「だから、ちゃんと準備するんだよ」
俺は技術官に向き直った。
「まずは図面にある水路の位置を、地上から測量したいです。掘削はその後。地下の状態が分からない場所を、いきなり掘るわけにはいきません」
「分かりました。測量に必要な人員を手配しましょう」
「それから、現在の排水設備の図面も確認したいです。新旧の水路がどこでつながっているのか、比較する必要があります」
「承知しました」
技術官は図面を大切そうに巻き直した。
「エレノア嬢。今回の発見は、王宮にとって非常に重要なものになるかもしれません」
「そうですね。もし古い水路が一部でも使えるなら、庭園の排水改善にも役立つと思います」
「陛下にも報告しておきましょう」
「お願いします」
資料保管室を出た後、マリアが俺の隣を歩いていた。
「お嬢様。地下水路のことばかり考えていらっしゃいますね」
「そりゃそうだろ。あんな立派な設備が地下に残っているんだ。調べないわけにはいかない」
「でも、セメントの試験も途中ですよね?」
「そっちも続けるぞ。水路の補修に使えるかもしれないからな」
「……結局、両方なさるのですね」
「そういうことだ」
俺は笑った。
この世界の建築技術は、まだまだ発展の余地がある。
昔の職人たちが残した技術を調べ、新しい材料を試し、より良い建物を作る。
やることは多い。
だが、それが楽しい。
「よし。明日は測量だ!」
「お嬢様、今日はもうお休みください!」
王宮の廊下に、マリアの声が響いた。




