プロローグ 俺、伯爵令嬢になりました
「親方! そこ、あと二尺右!」
「おう!」
土方歴二十八年。
俺の名前は佐藤健二、四十六歳。
独身。
趣味は酒……と言いたいところだが、最近は健康診断で色々言われるので控えている。
今日も今日とて現場で穴を掘っていた。
「よし! これで基礎は!!」
その瞬間だった。
空から、とんでもない音がした。
「ん?」
見上げる。
太陽。
雲。
そして。
「なんだありゃ?」
巨大な鉄骨が落ちてきた。
「おいおいおいおい!」
逃げようとした。
しかし、四十六歳の体は、若い頃のようには動かない。
「腰が!!」
次の瞬間。
視界が真っ白になった。
「お嬢様!」
「お嬢様、目をお開けください!」
「誰だ……?」
目を開ける。
知らない天井。
知らない部屋。
そして、俺を覗き込む大量の知らない人間。
「お嬢様!」
「よかった……!」
「医師を!」
俺はゆっくり体を起こした。
「……ここ、どこだ?」
声が変だった。
妙に高い。
俺は自分の喉を触った。
「……?」
手も変だった。
細い。
白い。
傷一つない。
「…………」
嫌な予感がした。
ベッドから降りる。
目の前には巨大な鏡。
「…………」
鏡を見る。
そこにいたのむは銀色の髪。
透き通るような肌。
整った顔立ち。
誰がどう見ても超絶美人。
しかも、ものすごい美少女。
「…………誰だ、この子」
後ろにいた侍女が泣きながら答えた。
「お嬢様です!」
「…………」
「エレノア・フォン・グランベル伯爵令嬢」
「…………」
「それが、お嬢様のお名前です」
「…………俺?」
「はい」
「俺が?」
「はい」
「この?」
「はい」
俺は鏡に近づいた。
鏡の中の美少女も近づいてくる。
右手を上げる。
鏡の中も上げる。
「……夢だな」
頬をつねる。
「痛ぇ!」
「お、お嬢様!?」
「夢じゃねぇ!」
俺は頭を抱えた。
「なんでだよ!」
侍女たちがビクッとする。
「俺、昨日まで現場で穴掘ってたんだぞ!」
「…………」
「なんで起きたら伯爵令嬢なんだよ!」
「…………」
「しかも超美人じゃねぇか!」
叫びながら、もう一度鏡を見る。
「……すげぇな」
思わず感心した。
目鼻立ちが完璧。
肌もツルツル。
髪なんて銀色でサラサラ。
「俺の人生で一度も見たことねぇ肌だ……」
頬を触る。
「これが若さか……」
しみじみしていると、扉が開いた。
「エレノア!」
入ってきたのは、立派な服を着た四十代くらいの男。
「父上……?」
口から勝手に言葉が出た。
「目が覚めたのか!」
男――伯爵は俺を抱きしめた。
「よかった……!」
「ちょ、ちょっと待て!」
俺は慌てて離れる。
「俺、四十六歳なんだけど!」
「……?」
「いや、違う! 今のは忘れてくれ!」
伯爵は困惑した。
「医師を呼べ!」
「だから大丈夫だって!」
俺は頭を抱えた。
どうやら俺は異世界に転生したらしい。
しかも、超美麗な伯爵令嬢に。
「……最悪だ」
俺は呟いた。
「なんで俺が女なんだよ……」
すると侍女が心配そうに尋ねた。
「お嬢様、お気分が悪いのですか?」
「いや……」
俺は鏡を見る。
そこには絶世の美女。
「……逆に、これで何をすればいいんだ?」
そのときだった。
腹が鳴った。
「ぐううううう……」
部屋中に響き渡る。
伯爵が固まった。
侍女も固まった。
俺は胸を張った。
「飯!」
「……」
「腹減った!」
「お、お嬢様……」
「何だ?」
「……お嬢様は普段、そのような言葉遣いは……」
「いいんだよ!」
「よくありません!」
侍女が即答した。
こうして俺の異世界生活は始まった。
伯爵令嬢として。
ただし、中身は現場叩き上げ、四十六歳の土方のおっさんである。
そしてこの後、俺は知ることになる。
伯爵令嬢という立場が現場監督より遥かに面倒くさいことを。




