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9 事件ー3  

求婚


クレマンはオリビア王女を見ると、その可憐さに目を細めている。新太が紹介した。


「この者は、ギルドの護衛でクレマンと申します。私とオリビア殿下の為に、大いに尽力していただきました。私よりも、この者に褒美を取らせてやってください。」


オリビアは泣き笑いをしている。安心したのか、新太の体に崩れ落ちて来た。

新太は、巻き付いたシーツごとその体を抱き上げると、馬車へ向かって歩き出した。


オリビアを、シャトルへ乗せるわけにはいかない。

美月に礼を言って、先にアローへ帰るように連絡もした。



 オリビアとマクシムを乗せた馬車は王城へ着くと、物資や食材を運ぶ通路をその地下へと進んだ。マクシムは、体を縛られたまま、牢獄へ入れられる。


もう日は落ちている。通路や食材保管庫の付近は誰も居ない。

辺りを警戒しながら、新太とオリビアは階段を昇っていく。


先行していたクレマンが、王の部屋を訪ねてオリビアが無事な事、オリビアの姿を見せないために、衛兵達を遠ざけて欲しい旨を王へ要請していた。


王と王妃は、その知らせを受けて急にそわそわし始めたが、直ぐに執事へ取り計らうように命令している。

その甲斐が有って、オリビアの姿は誰にも見られずに王女の部屋へ入ることが出来た。


王女は部屋で体を洗い、髪を整えて普段のドレス姿に着替えて行った。

その間に、新太はルオンヌ王をその部屋へ訪ねていた。


「陛下、オリビア王女はご無事でございます。御心配されるような事態にはなっておられません。かすり傷一つ、そのお体にはついておられませんのでご安心ください。」


それが何を意味するか、王と妃は汲み取ったようだ。妃は泣いて喜び、王は新太の手を強く握って、感謝の言葉を述べている。


「それと、首謀者のユーゴ・オードリーは勝手ながら切り捨てました。弟のマクシムは、捉えて地下の牢獄へ繋いであります。後日、ご吟味をお願いいたします。」


王は新太の手を放さずに《うん、うん》と(うなず)いている。

「オリビア王女とのご対面は、もうしばらくご辛抱ください、ただいま、両陛下の前に出るための、ご準備をされているところで御座います。」


その言葉から1時間は経ったと思われた時、部屋の扉がコンコンと鳴って、その扉が開かれた。美しく着飾った、オリビアの姿が現れた。


「おお、オリビアっ。」

妃は泣いて抱き付いて行った。オリビアも泣いている。


後日になって、マクシムの取り調べは王自らが執り行った。オリビアの誘拐を知られてはならないからだ。


それによると、ユーゴとマクシム兄弟は、父バンサン・オードリーへの断罪を逆恨みして、オリビア王女の誘拐を計画したようだ。


とりわけ兄のユーゴは、オリビア王女に恋慕をしていて、どうしても手に入れたいと思っていた。王女を手籠めにして、己の欲望を満たすと同時に父への恨みも晴らす、と思っていたそうだ。


その後の事は何も考えておらず、ただオリビアを連れて逃亡をしようと思っていたらしい。


犯行手口も幼稚で、うまく行ったからいいものも、城の裏口へ王女を呼び出すと、そのまま荷馬車へ監禁して連れ去ったとの事だった。


そうした誘拐事件のすべてが解明されると、マクシムも断罪されてオードリー家は断絶した。


これでオリビア王女の誘拐事件は解決したが、その後また、オリビア王女に関する事件が勃発したのだった。


 それはジェルマンへのアンバシド国王ルイーズ・ルオンヌからの、正式な書簡から始まった。


ジェルマンの書斎へ招かれた新太は、心痛な面持ちで待っていたジェルマンと向き合った。新太は、ジェルマンの正面へ座った。


「アラタ、少々面倒な事になりそうな気がする。アンバシド国王から、私とアラタの二人だけでアンバシド城へ来い、と言う要請だ。詳細はその時に話すが、取り急ぎ来て欲しいと言ってきた。私の予感は、良く当たるのだ。」


また事件なのだろうか?新太も不安になったが、褒められても叱責を受ける(おぼえ)は無い。


「何か、心当たりは有るか?」

ジェルマンが聞くので《ありません》と答えた。


他国とは言え、同盟国の国王からの要請では行かざるを得ない。ジェルマンと新太は、馬車へ乗ってアンバシドへと急いだ。


王城へ着くと、門番にも案内の執事にも思いのほか丁寧な扱いを受けた。

先日のオリビア王女に関する礼なら、充分すぎる位に受け取っている。だから、その話ではない事だけは確かだ。


案内された部屋は、プライベートな王の部屋のようだ。促されるままにソファーへ座ると、すぐに豪華な食べ物とワインが出て来た。


それに、二人を待たせることなく、王と王妃もすぐに部屋へと入ってきたのだ。ジェルマンと新太の二人は、床へ(ひざまず)いて礼の姿勢をとった。


王はそんな二人を直ぐに立ちあがらせた。

「今日はプライベートな用事で来てもらったので、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。」

と言っている。


「ジェルマン殿、わざわざお出でいただき申し訳ない。私から出向くのには少し厄介でな、許して欲しい。」


ジェルマンがそれに応える。

「とんでもない事でございます。どのような御用か分かりませんが、私どもに出来る事でしたら、何なりとお申し付けください。」


新太にも声を掛けた。

「アラタ殿、先日は娘オリビア王女を無事に助けて頂き、この通りだ。」

と頭を下げた。新太は恐縮してしまっている。


「それで今回は、どのような御用でございますか?」

ジェルマンが聞く。


「その前に、聞きたい。ジェルマン殿の娘子(むすめご)とアラタ殿は恋仲だと聞いたが、間違いはないだろうか?」

ジェルマンは戸惑っていた。何の話をするつもりだろうかと。


「あっ、はい。アラタが我が家へ来て、もう10年近くになりますが、いつの間にか二人は仲が良くなったようで。」

ジェルマンは、冷や汗が出るのを感じていた。


「そうか、やはりな。」

ルオンヌ国王は、ため息をついた。


「ふむ、そうであっても、娘の為に私も一肌脱がなくてはならない。ジェルマン殿、アラタ殿をオリビア王女の婿にくれないか?」


「えっ!」

ジェルマンと新太は、同時に声を上げた。顔を見合わせて、驚いている。何と答えたら良いのか、分からなかった。


「実は、な。」

「先日、ルシアが拉致された時、あわやというところでアラタ殿に救って貰った訳だが、その時にな。」


王が言いにくそうにしている。そんな時、横に座っていた妃のディアヌが口を開いた。


「その時に、娘ルシアの肌をアラタ殿は見てしまったようなのです。」

新太の顔に赤みが差してきた。

ジェルマンは、体を小さくした。王妃が続けた。


「ルシアは、いえ私もそうでしたが、王家・貴族の女性と言うのは、肌を見せるのは夫と決まった男性だけと決まっております。それをアラタ殿に見られてしまった。」


それをルオンヌ王が引き継いだ。

「いや、責めている訳ではない。責めている訳ではないが、オリビアの気持ちを思うと不憫でな。ジェルマン殿には、この気持ちは分かって貰えるだろうか?」


ジェルマンも新太も声が出ない。相手は一国の王であるし、話の内容は正しい。

娘が不憫でならないのは、ジェルマンにも経験があった。


「それにな。それだけではなさそうなのだ。」

「それはどういうことなのでしょうか?」

ジェルマンが聞いた。


「うむ、オリビアがな。オリビアが、アラタ殿に一目惚れをしたようなのだ。ユーゴに乱暴されそうになった時、アラタ殿がその危機を救ってくれた。その勇敢さと、その後の誠実さに心を奪われたと言っていた。」


新太にとっては、誘拐事件より大事件だ。


「それで私から提案が有って、二人に来て貰った。どうだろう、アラタ殿とオリビアを一緒にさせてはもらえぬだろうか?オリビアは一人娘で、私には息子がいない。


私の跡はオリビアが継ぎ、次の国王となるだろう。アラタ殿にはその婿として、空いている宰相職を任せてオリビアを支えていって欲しいと思っている。


前宰相の領地も、そのままアラタ殿に引き継いでもらうつもりだ。勝手な願いだとは分かっている。分かってはいるが、実は私もアラタ殿に惚れているのだ。男としてな。」


またディアヌ王妃が話しかけて来た。

「この理不尽なお願いで、一番傷つくのはジェルマン殿の娘子だという事も、よく分かっています。


それでも、我が娘オリビアを第二婦人にする訳にはいかないのです。しかもアラタ殿と添い遂げるしか、オリビアに道は有りません。


その娘さんとはまだ、ご婚約はされていないのでしょ?もしそうでしたら、是非、この願いを聞き届けて頂けないでしょうか?」


新太は返す言葉が無くなっていた。

普通であれば、そんな事は出来ない。リリアと一緒になりたい。


だからこの話は断わる、と言うのだろうが、そうすればジェルマンの商社に悪い影響が出そうだ。少なくとも、いい影響は出ない。

二国間の同盟にも、差し障りが出るかもしれない。


オリビアの肌を見てしまったのは、事故だと片付けてもいい。

それでもオリビアの生涯を棒に振らせてしまってもいいものだろうか?


恩を返すにはこの縁談を承諾して、ジェルマンにアンバシド国でのさらなる発展をさせてあげたい。そう言う気持ちも有る。

それにオリビア王女に対しても、その美しさに惹かれている自分が居る。


それには、リリアの気持ちを聞かなくてはならない。リリアの想いを聞かないで、どうして結論が出せようか。


国王には、即答は出来ない、と返事をしてセルレイの商都へ戻った。

ロングバンテ家へ戻ると、その翌日、早速新太はリリアと話をすることにした。


そうジェルマンに言うと、ジェルマンも妻のエレオノールも同席したいという。大事な娘の事だ。これは、家族会議で話すしかないだろう。そう思って新太は同意した。


4人は、居間の椅子へ二人ずつ並んで座った。

ジェルマンが先に話し出した。エレオノールには、昨夜のうちに、話をしたようだ。


「リリア、大事な話だ。リリアの気持ちを知りたい。これは今まで二人の気持ちを尊重して、二人の婚約をしていなかった私の責任でもある。」


そう言いだして、アンバシド王からの要望を伝えた。そして、オリビア王女の王族としての事情も伝えた。


「アンバシドのルオンヌ陛下から、アラタを王女オリビアの婿に欲しいと要望があった。オリビア王女は次の国王になるお方だ。アラタは婿に入れば、宰相としてその地位を保証される。


私の商社としても後ろ盾が出来、セルレイ国との取引が増えて大いに発展する事は間違いない。それにオリビア王女はアラタに一目ぼれしたそうだ。」


リリアは黙って聞いていたが、新太に聞いてきた。

「それで、アラタはどうしたいの?私と別れたい?」


「ご両親の前だけれど、正直に話すよ。」

そう切り出した。


「本当に迷ってる。迷ってはいけないのだけれど、迷ってる。私の力が及ぶのかどうかは別にして、一国のかじ取りを任せて貰えるというのは、男にとっては夢のまた夢だ。


それに、私がアンバシドの宰相になれば、ジェルマンさんにも恩返しができる。これは本当の気持ちだ。ただ勝手な言い方だけれど、リリアを愛しているし、オリビア王女の事はよく分からない。


清純そうな優しい気持ちの持ち主だと思うけれど、今はそれだけなんだ。ルオンヌ陛下は信頼のおける人だと思うし、父親としての気持ちにも添ってあげられたらいいと思っている。


一番の心配は、オリビア王女のこれからの人生だ。事故だとしても私に肌を見られたことで、私以外の婿は取れない、と言っている。だから、本当にどうしたらいいかよく分からないんだ。」


すると、リリアは晴れ晴れとした表情でみんなを見回して言った。

「分かったわ。アラタが、私の事を愛していると言ってくれただけでいい。


私はオリビア王女と違って、縁が有れば他の人の所へ嫁いでも、アラタの第二婦人になってもいいわ。お父様もお母様も、それでいいでしょ?」


エレオノールが、初めて口を開いた。

「本当にいいのね?リリアがそう言ってくれるのなら、私に否応は無いわ。アラタさんはとても良い人だから、他の人と結婚してもリリアの事は大事にしてくれそうだもの。」


リリアの本当の気持ちは分からない。それでも、今はリリアの言葉に甘えよう。それが、自分にとってもアンバシドの国にとっても、またロングバンテ家にとっても、一番いいことのように思えて来た。


こうして、新太はルオンヌ国王にオリビア王女との婚約を承諾した。


続きは明日。 十 巨大生物

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