三十四話 探索結果と増える責任に黄昏るオッサン
静寂に包まれた廃墟の校舎。そこに不釣り合いな重低音を響かせ、五体のパワーアーマーが歩を進める。
「さて……自分たちの世界と違うと言い切れる『確証』は見つかったかい? 嬢ちゃんたち」
肩に光子ライフルを無造作に担いだ女騎士リンダが、姉御肌な笑みを浮かべて問いかけた。だが、女子高生の杉崎は困ったように首を振る。
「うーん、今のところはサッパリです、リンダさん」
隣で木崎と小日向も、所在なげに頷きを返した。
「そうか。ならもう少し探索範囲を広げるとしようじゃあな!」
リンダが仲間の騎士たちへ指示を飛ばそうとした、その時だ。若手のサラが、いたずらっぽく女子高生たちに身を乗り出した。
「ところでさ。あんたたちの中で、誰が我らが主殿の『第二夫人』の座に収まるつもりの?」
その問いが投げかけられた瞬間、静寂は破られた。
「「「ぶっ……!!?」」」
盛大に水を吹き出す三人。その動揺を合図に、周囲を警戒していたはずの女騎士たちの目が、俄然、爛々とした好奇心に輝きだす。
「正直、ドキドキしたでしょ? あの陰陽師様、信雄殿のあの『剛毅さ』には、酸いも甘いも噛み分けた私達だってドキドキしたんだからさ!」
「……かなり」
三人の声が重なる。脳裏に色濃く蘇るのは、鳴神内で見た信雄の、凛とした眼差しだ。
『安心しろ。もしもの時は、俺が最後まで面倒を見る。何があっても、お前たちを放り出したりはしない』
吊り橋効果の類いだと分かってはいる。
けれど、思い出す度に胸が締め付けられるほど高鳴る。
崩壊しかけた世界で置き去りにされる恐怖に怯える女子高生にとって、あの絶対的な強さと温かさはあまりに眩しかった。
「こんな化け物パンデミックで世界が滅び掛けている世界で、あんな風に真っ直ぐ見つめられて、あんな殺し文句を言われたらねぇ。うら若き乙女なんてイチコロだよ。……全く、罪作りな主殿を持ったわね……」
女騎士の艶っぽい言葉に、三人は顔を熱くして俯く。
女が三人集まれば姦しいと言うが、崩落寸前の廃墟は今や、無骨なパワーアーマーと制服の少女たちが混じる、奇妙に賑やかな「女子会」の場と化していた。
適当な恋愛話や噂話で盛り上がりつつも、女騎士たちは、信雄が広子一筋であることを知っているからこそ、その様子を面白がって冷やかしているのだ。
彼女らは、信雄の強さと優しさに焦がれる少女たちをからかいながら、校内を巡回していた。
「まあ、信雄殿は広子様一筋だろうけど……あんたたちなら、第二夫人どころか、側室の枠を争えるかもね?」
女騎士の意地悪な冗談に、少女たちは顔を真っ赤にして反論する。
「そ、そんなの求めてません……! でも、あの人の背中を、ずっと見ていたいとは、思いますけど」
「ははっ、その目! 恋に落ちた乙女の目だね!」
殺伐とした廃墟の中で、束の間の、しかしひどく艶めいた恋バナが響き渡っていた。
その頃、信雄たちは高台に位置する女子校の校庭を「簡易拠点」へと作り変えていた。
静寂を切り裂いたのは、校門で警戒にあたっていたガメリカ軍人の、悲鳴に近い怒号だった。
「敵影、多数!……いや、これは“大規模な群れ”だッ!!」
上空に居座る航空巡洋艦『鳴神』。その臓腑に響く重低音が、死肉を渇望する数千の異形を呼び寄せてしまったのだ。地平線の彼方までを埋め尽くす「絶望の波」が、学校目がけて殺到する。
「マズい、杉崎達はまだ校内の確認中だ。今すぐの離脱は不可能……ここで食い止めるぞ!」
パラディンのジョンが叫ぶ。その声に応じ、パワーアーマーを纏った騎士たちが大口径の光子ライフルを、タクティカルアーマーを纏ったガメリカ軍人たちが一斉に光子ライフル銃口を化け物に向けた。
誰もが死を予感し、指先に力を込めた、その時だった。
「……掃除なら、任せてくれ」
陰陽師姿の信雄が、死地へと静かに歩み出る。
鞘から解き放たれた刀身には、光さえ飲み込む漆黒の輝き――『重力魔法』が深々と絡みついていた。
彼がただ一閃、水平に刃を振るった瞬間、世界の理が書き換わる。
「――塵に還れ」
凄まじい衝撃波と共に、不可視の重力の檻が大地を舐めた。
先刻まで四方を埋め尽くしていた数千の化け物たちは、断末魔すら許されず、その肉体ごと虚空へと圧砕され消滅した。
驚筆すべきは、町中の異形をも一掃しながら、崩れかけた建物群には指一本触れぬその「精密な破壊」の極致。
あとに残されたのは、あまりの超越的な光景に、言葉を失い石像のように固まる騎士やガメリカ軍人たちの姿だけだった。
(ティロリロリン♪)
信雄の脳内にレベルアップを知らせる通知音がなった。
少し前のオーロラ号の戦いでも鳴っていたが、通知を見る余裕無く寝てしまったから自分のステータスを見ていなかった事を思い出し確認した。
名前:楠木 信雄
レベル:127→178
称号:鬼殺し
ジョブ:陰陽師
体力:701→1023
マナ:826→1721
攻撃力:594→985
防御力:504→822
魔法攻撃力:707→1432
魔法防御力:642→1025
速さ:262→384
次のレベルまで:7056060
信雄が空中に浮かぶ半透明のステータス画面を熱心に眺めていると、背後からあきれ返ったような声がかけられた。
「おいおい、信雄……! 少しは俺らの獲物も残しとけよ。っつーか、一体どんなイカサマ使ったらそんな強さになるんだ?」
声をかけてきたのはジェイムズだ。彼は信雄が瞬く間に化け物を葬り去った現場を目の当たりにし、冗談混じりに、しかし本気で呆れた表情を見せている。
信雄は視線をステータスから外さずに、淡々と返した。
「あー……別に仕掛けなんてないよ。ただ単に、俺レベルが上がるんだわ」
この真実を語った言葉も、ジェイムズには現実離れした冗談にしか聞こえなかったらしい。「はいはい、そう言うことにしておくわ」とジェイムズは肩をすくめ、「ま、その調子で次も頼むわ!」と陽気に言い残して簡易拠点の方へと引き上げていった。
その後、杉崎たちが「結局見つからなかった」と手ぶらで帰還。敵の気配が消えた静寂の中、信雄たちは先程まで化け物たちが蠢いていた、いわくつきの町中へと堂々と足を踏み入れていった。先程の学校への襲撃で大半の化け物が向かって来ていた為か、町中は不気味な程静かだった。
一行は、杉崎、木崎、小日向のそれぞれの家を確認して回った。しかし、そこに待っていたのは残酷な現実だった。ある家は主を失い、生活の痕跡だけが色褪せた「空き家」となり、またある家は、何かに押し潰されたかのように跡形もなく倒壊し、瓦礫の山と化していた。
家族の安否は依然として不明。それどころか、ここが自分たちの知る「元の世界」なのか、それともよく似た「平行世界」なのか、その判断を下すためのわずかな手がかりさえ、無情な瓦礫の下に埋もれていた。
もはや、調査は完全に行き詰まっていた。
「自分の家が消えた」という逃れようのない喪失感が、三人の精神を容赦なく削り取っていく。商店街の廃墟まで差し掛かったとき、ついに糸が切れた。三人は力なくその場に崩れ落ち、喉を震わせ、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
変わり果てた故郷。帰る場所を失った絶望。
信雄が、かけるべき言葉も見つからず、途方に暮れながら彼女らの背中を見つめていた、その時だった。
「待て……」
信雄の頭に電流のような感覚が走る。視線の先、何かに守られたかのようにポツンと立つ、ゆるキャラの看板。
「戸◯にようこそ!」
マスコットキャラクターと共にそう書かれた看板を、信雄は凝視した。
「おい、あれを見ろ」
信雄の言葉に、騎士たちやガメリカ軍人、女子高生三人までもが看板に近づく。
「戸……岐……?」
看板の「岐」の字が、よく見ると「木」になっている。
『戸木県にようこそ!』
「……『岐』じゃない、……『木』?!」
一瞬の沈黙。その後、一同に安堵のため息と、どっとした疲れが襲った。
「なんだ……ここは、私たちの知っている『戸岐県』じゃない……。少し似ているだけの、別の場所だ」
「よかった、私たちの町は家族は……!」
三人は泣き腫らした目で顔を見合わせ、安堵の涙を流した。
絶望はまだ続くかもしれない。
しかし、少なくとも「帰る場所」は、瓦礫の下にはない事がわかり、全員がホッとして学校の簡易拠点への帰路についたのだった。
街から学校の簡易拠点へと進む一行の静寂を、ジョンの端末から響くノイズ混じりの通信が切り裂いた。
「ジョン隊長!こちらマルコフ!……想定外の事態です、学校に『お客様』が到着しました!保護を求めていますが、指示を請います!」
ジョンの眉が跳ねる。「客だと?この状況でか。……素性は?数は?」
「それが……家族連れです!ひい、ふう、みい……おいマジか、総勢62人!よくぞこの地獄を生き抜いてこれたものです!」
マルコフの興奮気味な報告に、ジョンは思わず唸った。この荒廃した世界で、これだけの集団が生き抜くなど奇跡に近い。ジョンは無言で、隣を歩く信雄へと視線を向けた。
「……主殿、どうされますか?」
その一言を皮切りに、周囲の空気は一変した。騎士たち、ガメリカ軍人、そして杉崎たちまでが、一斉に信雄を凝視する。その視線は「決断」を急かすプレッシャーという名の重圧となって信雄にのしかかった。
(いや、これ実質『断るなよ』っていう無言の圧力だろ……!)
信雄は心の中で毒づきながらも、頬をひきつらせて答えた。
「……保護だ。とりあえず中に入れて、温かい飯でも食わせてやれ」
その瞬間、張り詰めていた空気がふわりと緩んだ。ジョンは我が意を得たりとばかりに破顔し、通信機に向かって豪快に叫ぶ。
「聞いたかマルコフ!さすがは我が主殿、海より深い慈悲の持ち主だ!全員保護して、腹一杯食わせてやれ!飯の準備だ!」
通信を切るジョンの背中は、どこか誇らしげですらある。信雄は食い扶持が増えるなと遠い目をしながら、増え続ける責任の重さを噛みしめるのだった。




