第六十三話 『彼らのその後』
――――今からおよそ一か月前のこと。
木々に囲まれたこの場所に、気だるそうな雰囲気の一人の男が現れた。
その男は一見、黒髪の日本の若者のように見えるが、よく見れば肌は青白く、両腕には小さな紫の輪が廻っている。
そんな人とは異なる特徴を持った彼だが、もっとも印象的なのは登場の仕方だった。
彼は、全く何もないところから紫のゲートを通ってこの場に現れたのだ。
「――――全く、何やってるんですか、こんなところで……」
彼はどこか陰のある声で話し始めた。
彼が話しかけた相手は、見た目は人間の子供の姿だが人間ではない。
そしてそいつは、重症を負ったことでその場に倒れている。
「……ラスドラーゴさん」
ラスドラーゴ。
現れたその男は、目の前の倒れている者をそう呼んだ。
「来たか…………ファンドル。思ったより、その男に手こずってしまってな。この状態で帰るのは一苦労だ。だから、お前が来るのを待っていた」
「…………ガロト・クラーニクですか。確かに彼は、聖鳳軍でもかなりの実力者だと聞きます。しかし、あなたと相打ちとは、想像以上ですね」
「……相打ちか。まあ、否定はできないな」
何とか身体を起こし、先刻の戦いの感想を零すラスドラーゴ。
ラスドラーゴはガロトに対して、心の底から敬意を払った。
「……あなたにそこまで言わせるとは。俺も見てみたかったですね、その力を……………ですが、そんな男を失ったことは、聖鳳軍にとってかなりの痛手。もはや、聖鳳軍に勝ち目はないのではありませんか?」
「……ああ。おそらく、ガロト・クラーニクは聖鳳軍の中でも、ヴァナベールに次ぐ人間だろう……だが、油断はできまい。四十年前のあの時も、人間の力を侮りすぎたため我々は負けたのだ。ヴァナベールほどはないにしても、ガロトクラスの者が現れる可能性は否めない……」
「そうですか………おっと、いつまでもこんなところでしゃべってるわけにもいかんな」
ファンドルと呼ばれたその男は、右腕で回っている輪を飛ばし、彼が現れた時に通ってきた紫のゲートを作り出した。
「……さあ……早く行きましょう、ラスドラーゴさん。今の魔凰軍は、あなたなしでは成り立ちませんからね。さっさと帰って、あの人たちに顔を見せてあげてください」
「ああ、分かっている。…………そうだ、その辺りにレウラの奴が倒れている。ガロトに負けて気絶しているが死んではいない。あいつを連れてきてくれ。安心しろ、あいつの能力は、気絶していれば発動しない」
「…………レウラですか…………分かりました……」
一瞬苦い顔を見せたファンドルはすぐにレウラを発見し、今だに目を覚まさない彼女を抱えて戻ってきた。
同じく動けないラスドラーゴに肩を貸して立たせ、両手で二体の魔物を支えるファンドル。
「……あの男、ガロト・クラーニクはどうするんです? ラスドラーゴさん」
ゲートを通る前に、ファンドルはすぐ側で横たわる銀髪の男について尋ねた。
「あのままでいい。奴の死亡はすでに確認している。人間の死体を持ち帰って喜ぶものなど、我が軍には一人もいないからな。――――それに、あの男を弄ぶようなことはしたくない。聖鳳軍の誰かが埋葬するだろう」
「……了解しました。……では、参りましょう」
こうして、現れた魔物、ファンドルと共に、レウラ、ラスドラーゴはロッツ山から姿を消した。
そして――――半月後。
東に位置する魔王軍の拠点の一つで、何やら騒いでいる魔物の姿があった。
その名は『レウラ』。
すっかり身体も全快になって元気いっぱいだ。
彼女が話しかけているのは、レウラの側近を務めるジックルだ。
「ジックル……!! まだあの者の所在は掴めぬのか……!! わらわの顔と手にこんな傷をつけたあの男の……!!!」
レウラの右手には、剣で斬ったような切り傷が残っている。
そして顔には、直線に縫い目ができている。
その傷をつける要因となったのはショウエイ・キスギ。
レウラの言うあの男とは、翔英のことだ。
「はい……申し訳ありませんレウラ様。他の者にも聞き回りましたが、誰一人としてあの男の名前すら知るものはいませんでした。おそらくは、聖鳳軍に入って間もないのだと思いますが……」
「そんな男にわらわは傷をつけられたというのか……!! 腹立たしい……!! そうじゃジックル、聖鳳軍の本部には行ってみたのか? 軍の者ならあの男のことを知っておるじゃろう」
「…………レウラ様。お言葉ですが、本部には強力な人間たちが多数おります。見つかってしまった際のリスクが大きすぎる……もし、奴らに捕まりでもしたら、今後の作戦になんらかの影響が及んでしまいます……そのような危険は、冒すべきではありません」
二人が話している場所は、レウラの私室である。
ピンクや紫で彩られた、長時間居たら酔いそうな空間。
そのど真ん中に置いてある椅子にレウラはドカッと座っている。
表情からは、明らかに不機嫌な様子が見て取れる。
「…………それはそうじゃの。じゃが、わらわをあんな目に遭わせたガロト・クラーニクは、もういないというではないか。ガロトに手出しはできまい。ならばこの怒りは、やはりあの男にぶつけるしかない。いいかっ!? 黒髪の若い男で、おかしな剣を使うっ!! もし見つけたら、すぐにわらわの元に連れてくるのじゃっ!!」
「了解いたしました!! 我がレウラ軍全員にも共有しております。必ずや見つけ出してみせましょう!!!!」
「わらわはこの前のように負けぬよう、能力の強化を試みる。そうじゃ、わらわへの貢ぎ物も忘れぬようにな」
「はい。分かっております。もう二度と、レウラ様にあのようなことが起きぬよう、我々も努力いたします」
「うむ、期待しておるぞ、ジックル」
ジックルは部屋を出ると、目を瞑って記憶をたどった。
自分があの日に出会ったのは、赤髪の男と黒髪の男の二人だけ。
間違いなく、レウラ様が探しているのはあの男だと。
ただ、顔が全く思い出せない。
勢いよく宣言したはいいが、見つけるのにかなり時間がかかってしまうだろうと肩を落とした。
「(…………しょうがない…………他の軍の方にも協力を仰いでみるか……………だが、期待は全くできんな………)
ジックルは主の願いを叶えるべく、この数十日間奔走していた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――――現在。
「我が主レウラ様のため、私は貴様を探していたのだ!!! 幸運だったぞ、まさか私の庭で会えるとはな。ショウエイ・キスギ!!」
「レ、レウラか……………いやだっ!! 絶対会いたくないっ!!! 怖いもんあいつっ!!! ……『会いたくないです、ごめんなさい』って伝えといてくれ!!!」
レウラの顔を思い浮かべると、再会に拒否反応が出る翔英。
この世界でもっとも自分をひどい目に遭わせた女だ。当然だろう。
「ならんっ!!! 必ず一緒に来てもらうぞ!!」
ジックルの方も、レウラの期待に何としても応えようと、これまでにない威圧感を翔英に向ける。
翔英の方は絶対に負けられない理由がもう一つ増えた。
あいつに会わないためにも勝たなければ。
二人のボルテージは最高に跳ね上がる。
互いの目的を果たすために、意地と意地、気迫と気迫がぶつかり合う。




