第二話 『未知の戦い』
二人の方に向かってきている男は、黒髪にスーツのようなものを着用しており、誠実な印象を受ける格好をしている。
世界観が違うと一目で分かるミネカとは反対に、向こうの世界にいたとしてもそこまで違和感はない。
「あら、ルンベさん」
ルンベと呼ばれた男は、外見年齢は翔英と変わらない、まだ二十そこらという感じだ。
ただ、よく見るとこれまた結構男前。
無個性顔の翔英と並んだら凛々しさが際立ってしまう。
「――――あれ、そちらの方は?」
話し方や動作からも真面目さが伺える青年は、格好からして怪しい目の前の見知らぬ男について尋ねた。
普通ならば警戒心を抱いてもいいかもしれないが、目の前の二人にはそんな感情は起こらないようだ。
「えっと、俺、旅をしてるキスギ・ショウエイといいます。ケガをして困っていたところ、ミネカさんに助けてもらって」
すっかり旅人設定を気に入っている翔英。
この設定ならば、妙な格好にも突っ込まれないだろうという自信もありだ。
「はあ、そうなんですか。――――あっ、ミネカさん、調査の方はどうでした? こっちは特に何も見つからなかったのですが」
「いえ、こちらもなにも」
「そうですか。じゃあ異変は見つからなかったということで、本部へもどりましょうか」
彼らの会話にはすっかり置いてけぼりだが、物理的に置いて行かれるわけにはいかない。
色々分からないことが多すぎるし、頼みの綱はここしかない。
ようやく巡り会えた縁なのだ。
何とか二人に助けてもらおうと、翔英は慌てて話題を振った。
「あ、あの……!! 調査とか言ってますけど、なんかヤバいやつとか出るんですか? この国って」
「……そうですね。これまでもいくつかあったのですが、最近は急激に魔物の目撃情報が増えているのです。ヤバいかどうかはまだ分かりませんが」
「魔物から人々をお守りするのが、今のわたくしたちの使命なのです」
「なるほど……(この世界にもいるのか。……それに、なんか嫌なタイミングに転移されちまったな……)」
「魔物」という印象的な単語に反応する翔英。
ファンタジーとは切っても切れないような存在だが、この世界でも絶賛活躍中のようだ。
とりあえず敵がいることが分かり、少々テンションは下がり気味。
だったら尚更、また一人になるのはいやだ。
また勝手に、彼らへの質問タイムを始めよう。
「……えっと……お二人は、軍人なんですよね? 確か『せいほう軍』とかっていう」
数分前、ミネカが口にしていた「軍」という言葉について、翔英は聞かずにはいられなかった。
翔英は幼いころから、軍や部隊といったものについて少なくない憧れのようなものを持っており、中学時代までは、警察官になりたいという夢を抱いていた。
何より、こんな優しさに溢れているお淑やかな少女が軍の一員として、平和を守るために戦っている事実に興味が惹かれていた。
「はい、そうですわ―――――」
『異変』
答えようとしたミネカは突然後ろを振り向き、ルンベもまた、彼女が向いた方向に警戒を敷いた。
穏やかな微笑を浮かべていたミネカの顔は、限りない憤怒を孕んだ険しいものへと変貌している。
翔英もなにかが起ころうとしていることを感じ取り、胸の音が高鳴り、汗が吹き出し始めた。
三人に果てしない緊張感が乱舞する。
どうやらミネカとルンジェは、調査に至る発端となった『邪気』を感じ取り、意識を集中させたようだ。
さすがは戦士。
翔英なんかは気迫だけで圧倒されてしまいそうだ。
「――――来ます!!!」
ルンべの叫びと同時に、異変の方向から禍々しい「邪気の塊」が飛んできた。
野球ボールほどのサイズしかないが、纏っているオーラは空気を揺らしている。
「はっ!!」と、力強く叫んだのはミネカ・ベルギアだ。
彼女は二人の前に飛び出し、光の盾を作り出した。
「す、すげえ……」
目にした翔英が心の声をこぼすほどの防御魔法を見せるミネカ。
その盾はまさに「鉄壁」であり、敵の攻撃を無効化してみせた。
「――――なに? いまの止めちゃったの? どうやらただの人間じゃないようだね」
攻撃をしかけたその「未知」は翔英たちの前に姿を現した。
『それ』は長い舌と嘴を蓄え翼を生やしており、紫色の体躯をしている、「魔物」というよりは「鳥のモンスター」と表現したほうがしっくりくる姿をしていた。
しかしなにより怖いのは、姿よりも内側にあるもの。
飄々と人間の言葉で話す『それ』には、これから罪を犯そうとする人間よりも邪悪な『意思』が感じられる。
「(あ……あれが魔物か……)」
まだここに来てからなんにもしてないのに、いきなり出会っちまった。
「エンカウント早すぎだろ」と心の中でツッコミながら、現在の状況について、焦りながらもまとめようとする。
目の前にいる若い二人は、「魔物を倒すためにここに来た」という旨の話をしていた。
ということは、ミネカとルンベの力があれば、この異形の怪物を倒すことができるのではないかと。
実際に、ミネカは敵の初撃を完封して見せた。
そして、敵自体も一匹であり、そこまでの強敵ではないように見えた。
最初の攻防で、少しばかりの安心感を彼は覚えていた。
「この人たちに出会えてよかった」とも心底思った。
一方、敵の姿を確認したルンベも、腕をまくって臨戦態勢に入る。
そういえばこの二人は武器を持っていない。
「魔法が主戦術の世界かあ」とか思っていると、魔物は口、いや、嘴を開いた。
「今のを止めたとなるとあんたたち、ひょっとして聖鳳軍?」
「ええ、そうですわ」
「おお、マジか。――――そりゃ好都合……!」
ミネカに向かって加速し、襲い掛かる魔物。
「――――来る!」
翔英が言葉を発する前に、もう一人の若い青年が前に飛び出し、異形を迎え撃った。
「す、すげえ……」
翔英が一分も経たずに全く同じセリフを呟くのも無理はない。
スーツ姿の人間の青年が、「口」も「足」も「手」も人間よりもはるかに攻撃に優れている怪物と、互角以上の肉弾戦を繰り広げていたのだから。
この男、伊達じゃない。
しかし、ミネカの様子を確認した翔英はあることに気が付いた。
ミネカは常に前に両手を掲げており、ルンベが攻撃を受けようとする箇所に一瞬だけ、先ほどと同じような盾を作り出していた。
全ての攻撃を防いでいるわけではないが、明らかにダメージが軽減されているのが分かる。
素人の翔英から見ても、ルンベの実力は並みの人間ではない。
だがそれ以上に、ミネカのサポートが戦況に大きく影響していたのだ。
彼女の懸命な姿を目の当たりにしたことで、なぜこの少女が「軍人」として戦えているのかを翔英は理解した。
「っっはっ!!」と、ルンベの渾身の一撃が、魔物の顔面を直撃する。
拳を食らった魔物は苦痛にまみれた、明らかに致命傷を受けている表情を浮かべた。
「(や……やっぱり、か、勝てるぞ……!)」
戦闘をただ見つめていることしかできない翔英は、敵の姿を見て、二人の勝利を確信した。
「ぐっはっ……! おいおい……!! アンタ、クラスはいくつだ……!?」
「三軍だ」
「さ、三……!? なんてこった……今のままじゃあ、三軍にすら勝てないのかよ……! ……ならばしょうがない……」
そう言うと魔物は、どこからかおどろおどろしい輝きを放っているオーブを取り出し、口の中に放り込んだのだった。
「まさかこんなところで、あの人から頂いた力を使うとは……ただ散歩に出てただけだったのに。
まあ……それほど人間のレベルが向上していたってことかな……この力で勝たせてもらうよ」
すると、特徴的だった手足や身体は小さくなり、比較的人間に近い姿へと変貌した。
『半鳥人』って感じだ。
「(あいつ変身できるのか……! ど、どうなんだあの姿は……?)」
目の前で起きている敵の変化がどう影響するのか分かりかねている翔英の前で、ミネカは震えていた。
彼女は感じ取っている、その力の上昇を。
「――――さっきより、はるかに……!」
次の瞬間、ルンベが魔物に吹き飛ばされた。
ミネカの防御も間に合わず、初めて敵の攻撃をモロに食らってしまう。
「ルンベさん!!」
ルンベの救助に向かうミネカの前に、魔物がすかさず立ちはだかる。
ミネカは何度も攻撃を防いでいた時のように、光の盾を作り出した。
一撃、防ぐことに成功する。
また一撃。
文字通りの攻防を見ていた翔英に、一つの嫌な予想が思い浮かんだ。
この戦いが始まってからというもの、彼女が攻撃をする姿を一度も見ていなかったのだ。
そう、予想とは、彼女は「有力な攻撃手段を持っていないのではないか」というもの。
もしその予想が当たっているのならば、勝機が全く見えないことになる。
考えている合間にも攻撃を繰り返す魔物の前に、盾にヒビが入り始めている。
「ま、まずい!!」
翔英の懸念通り、ミネカが攻撃に転じることはなく、みるみる盾が剝がされていく。
足がすくんで動けない翔英の前でついに、光の盾が完全に壊されてしまった。
盾を突き破った一撃が、少女の胸に叩き込まれる。
吹き飛ばされ倒れ込んでしまうミネカ。
変身した魔物は翔英に目もくれずに、トドメをささんとばかりに彼女へとゆっくり向かっていく。
「さっきからアンタの盾は随分鬱陶しかったからね……アンタから消えてもらうよ」
「(ヤバいヤバいヤバいヤバい……! どうする……! こんなやつに今の俺にできることなんて……」
焦る。怯える。狼狽える翔英の目の前で、今にも少女が潰されようとしている。
『瞬間』
「――――やめろぉぉおおおお!!!!」
非力な青年の心は無意識に叫びを上げていた。




