第百四十五話 『素晴らしき者』
「――――行ってしまいましたか」
ジャーザンスの塔二階。
ワンダフィンと対峙するレランカ。
翔英は一刻も早く、ミネカの元へと掛けて行った。
「ああ、ショウエイは追わせねえぜ。てめえの相手は、このアタシだ」
「……なるほど、仲間のために自分を『捨て駒』にする。……いいですね。久しぶりに見ましたよ。……あなた、素晴らしいです」
「――――ごおっ……!! なんだこりゃあ……!!」
ワンダフィンが拍手をした途端、レランカの身体に異変が起こった。
例によって、重いのだ。
先程の翔英と同じように地面に這いつくばるレランカ。
そんな地に伏せるレランカの元へ迫るワンダフィン。
「……こいつが……さっきショウエイが食らってたやつか……だけどな……!!」
しかし、いつまでも平伏すレランカではない。
全身を襲う重力に抗いながら、何とか立ち上がった。
「――――ちと、この体制はアタシには似合わねえわ。……こうやって、相手を見降ろすくらいで丁度いい」
立ち上がっただけでなく、背伸びをしながら顔を上げて見せるレランカ。
彼女の視線の下では、ワンダフィンがさらに関心を見せている。
珍しいものを見るような目で。
「これはこれは、素晴らしい威勢と根性です!! あなたのような女性は、中々見られるものではありませんね!! いやいや本当に!! 素晴らしいことです!!!」
ワンダフィンは大興奮。
拍手を奏でながら、目を輝かせている。
「いっ……!!! マジか……!!」
すると、さらにレランカが重くなった。
あまりの重さにこのままの状態でずっといたら床が抜けそうだ。
「私にここまでの感動を与えたこと。誇りに思いなさい、レランカ・レルン」
身動きが取れないレランカに襲い掛かるワンダフィン。
重さに抗う彼女の身体に、次々と攻撃を決めていく。
「レランカ……!! 大丈夫……!!? 今……行くよ……!!」
「……いや……!! 来るなティローナ!! アタシなら……大丈夫だ!!!」
フラフラの身体を必死に起こして戦闘に入ろうとするティローナ。
しかし、レランカは彼女の助太刀を受け入れない。
これ以上、ティローナに負担を掛けるわけにはいかない。
来たばかりの自分が役に立たなければいけない。
「…………おらあっっっ……!!」
レランカは何とか腕を回し、ワンダフィンの足を二度斬りつけた。
そして、相手が怯んだ少しの間に、再び身体を持ち上げた。
「……ハンデはこれくらいで満足かよ。さあ、戦いを始めようぜ……」
体重は十倍以上にも跳ね上がっている。
しかし、レランカの意思はその程度では折られない。
「……!!!!!!! 何と何と……!! この状態で立ち上がるのを見たのは、初めての経験です!!! 素晴らしい素晴らしい本当に素晴らしい!!!! あなたに会えて私は幸せですね!!!!」
その姿を見たワンダフィン。
彼は、感動の涙を流し始めた。
そして、自分の仕事などはすっかり忘れ、天に感謝を差し上げていく。
「……なんなんだよこいつ。…………おえっ……!!?」
しかし、レランカのスタンドアップは終了した。
さらに重さが膨れ上がり、またまた地面に這いつくばるレランカ。
「…………っ!!!! これは…………!!!」
今度はピクリとも動かない。
彼女が寝そべる床は、今にも音を立てて突き抜けそうだ。
「……私ね。素晴らしい物を見るのが好きなんですよ。素晴らしい物を見るのって、何だか落ち着きませんか? そう、落ち着くんですよ。――――で、私が最も好きなのがね、素晴らしいと思った物を自分の手で壊すことなんですよ。なんでしょう……私もよくわからないんですがね。本能ってやつでしょうか。……このまま放っておいても、あなたは死ぬでしょうね。それに、私は上へ行った彼を追いかけなくてはならない。――――ですが、私はここであなたを壊すことを選びますよ。こんなに素晴らしい物は中々見られませんからね」
這いつくばるレランカの前を右往左往しながら喋りまくるワンダフィン。
癖を話して気持ちよくなっているようだが、レランカの耳には入って来ない。
――――身体が、重すぎて。
「――――ではでは、どこまであなたが魅せてくれるのか。見せてもらいましょうか」
言葉通り、ワンダフィンはこの場でレランカを潰すことを選んだ。
上にいる翔英を追うことはせず。
――――なぜ、ワンダフィンは追わなかったか。
理由は単純。
追う必要がないからである。
あの男が上に行ったところで、そこにはジャーザンスがいる。
ジャーザンスを突破することは、彼一人では絶対に不可能だろう。
むしろ、急いで慌てて上へ主を助けに行くのは、逆に失礼ではないだろうか。
だったら、自分の好きなようにやりたいことをやる。
ワンダフィンは、そう決めた。
「――――じゃあ、行きますよ」
一撃。
背を向けながら寝そべるレランカに、拳を叩き込むワンダフィン。
異常な重力も相まって、拳は深く深く叩き込まれた。
ミシミシと音を立てるレランカのボディ。
口からは血が吐き出される。
「どうですか? できれば、感想をお聞きしたいです」
「……………覚えとけや」
次々と拳がレランカに炸裂する。
その異様な光景を止めることができないヒナノとティローナ。
そんな中、レランカは考えていた。
なぜ、重くなるのか。
発動条件は何なのか。
重さの強さは何で変わるのか。
こういう時こそ、冷静に振り返る。
――――まず、自分が来た時、翔英はこの技を喰らっていた。
しかし、いつの間にか重力は解けていた。
――――アタシがこいつに攻撃したからか?
その可能性は高い。
だがそれじゃあ今は意味がない。
じゃあ、自分が食らった分を考えてみる。
重さの強さには、三段階あった。
どんどん強くなっていた。
なぜ初めから全力で使わない。
体力の温存か? 戦いを楽しみたいからか?
――――いや、違う。
条件があるからだ。
……そう思いたい。
……確か、あの時。
こいつは、アタシにこう言った。
『素晴らしい』と。
逆に、翔英とアタシが一緒に戦った時にはこう言っていた。
『素晴らしくない』と。
その時は、重力は起きなかった。
……条件は、『言葉』?
ただの奴の口癖かと思っていたが、まさか。
――――試してみっか。
「…………なあ………ちょっとこれ辞めてくんねえかな………辞めてくれたらさあ、もう、アタシ帰るよ。ミネカも諦めるわ」
「……………今、何と?」
「……だからさあ…………もう、面倒くさくなっちまったんだよ。こんな目に合うくらいなら、アタシ、家で寝てたいぜ。……だからさ、見逃してくれよ……なあ……?」
「…………ふざけるなあ!!! 何だそのセリフは!? あなた……素晴らしくなァい!!!」
――――戻った。
ブち切れたワンダフィンが思いっきり拳を叩きつける。
しかし、その拳が届く前にレランカは動く。
そして、奴の身体を高速で切り裂いた。




