第百二十八話 『天才の証明』
五人が姿を見せた時、塔の上でジャーザンスは密かに喜んでいた。
彼の目的の一つは、ミネカ・ベルギアを餌にして、ホームグラウンドに入り込んできた聖鳳軍を数の暴力で叩くこと。
彼の狙い通り、まんまと侵入してきた聖鳳軍だったが、その中心にはジャーザンスが、そして、魔凰軍が最も片づけたかった女の顔があった。
ヒナノ・スエリア。
彼女がいたのだ。
聖鳳軍の中で最も知名度が高いのは、ぶっちぎりでこのヒナノである。
それは、人間たちの間だけの話ではない。
魔物たちの間でも、彼女の名前は有名だった。
圧倒的な実力とともに。
ほとんどの魔物の中では、聖鳳軍で一番厄介なのはヒナノ・スエリアという認識だった。
それはジャーザンスも同じだ。
他のメンバーの情報が弱いということもあるが、実際、ヒナノの強さは折り紙つきだ。
ヒナノの武器は何と言っても、鍛え抜かれた魔法による手数の多さ。
まともに彼女と相対すれば、あらゆる対策をされて上にいかれてしまうだろう。
それは、同じく手数が多いジャーザンスにとっても例外ではなかった。
だからジャーザンスは、ミネカを追ってくるだろう救出部隊の中に、ヒナノがいることを望んでいた。
その望みは叶い、ヒナノはチームのリーダーとして敵地へと現れた。
ジャーザンスは思った。
聖鳳軍で一番面倒な女を倒す、絶好の機会だと。
この塔では、人間が魔法を使える環境が整っていない。
人間だけではない。魔物も同じだ。
まあ、ジャーザンスたちの中に魔法を主戦術とする魔物は一人もいない。
彼らにとっては関係ない。
今にして思えば、この環境は『ヒナノを倒すため』に作ったのかもしれない。
それほど、ヒナノ特効のフィールドだ。
魔法を武器とするヒナノ・スエリア。
今、彼女の武器は失われた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――――さあ、どうするの!? ヒナノちゃあん!! 魔法が使えない君など、ただの置物にすぎないんじゃない!!?」
上空からやかましい声が響き渡る。
だが、彼が言っていることはもっともだ。
ヒナノの武器は魔法『だけ』
魔法以外の戦法は本当に何もない。
この場でその影響を受けているのは、ヒナノだけではない。
同じく魔法をメインウエポンにしている妹、ソル・スエリアもそうだ。
彼女の手札も封じられてしまった。
前衛を務めているリュノンもだ。
分身魔法を封じられた今、彼の戦法は短剣を振り回すだけになってしまった。
そして、ティローナ・カルダート。
白と黒の道着を身に纏った彼女は、三人ほど影響は受けていない。
ティローナの武器は、代々カルダート家に受け継がれてきた拳法である。
魔法を使わなくても、ティローナは戦える。
しかし、彼女の本来の力は大気中のマナを使った『特殊な武術』にあるので、戦闘力が半分程度になってしまってはいる。
唯一、この場において全く影響を受けていないのが、聖鳳軍二軍、フェルフラム・ボンバだ。
豪快に素手で戦う彼だけは、魔法禁止の影響を受けていない。
といっても、全力で戦えるのが彼だけでは……
襲い来る魔物の軍勢に対抗するリュノン、ティローナ、フェルフラム。
ティローナ、フェルフラムは敵をなぎ倒していくが、リュノンは押され気味だ。
「――――お前たち!! 後ろの二人を中心に狙え!! 今なら嬲り放題だぜ!!」
ジャーザンスが配下の魔物たちに命令する。
二十いる魔物は役割を分担していく。
前衛三人に対して四人ずつマーク。
残り八人が、無防備となっているスエリア姉妹に襲い掛かる。
――――ソルが後ろに走り出した。
入場してきた扉を開けようとする。
「外からならば、魔法を使うことができるのでは」という予想による行動だ。
しかし、
「開かないよ!! 入口は外からしか開かないようになっている!! せっかくのこの機会、逃がすわけがないでしょうが!!!」
今、この場で必ずヒナノを始末したいジャーザンス。
あらゆる手を使い、ヒナノの手札を塞いだ。
ジャーザンスは、勝ちを確信した。
逃げ場をなくしたスエリア姉妹。
二人の身体を魔物の牙が捉えた。
――――だが、
吹き飛んだのは攻撃を仕掛けた魔物の方だった。
「…………な……ぜ…………なぜ!! なぜ……お前は――――」
ジャーザンスはありえない光景を見ていた。
研究は重ねてきた。
できるはずがない。
なぜ、
「――――魔法が出せるの!!!!??」
ヒナノは魔法を繰り出した。
超強力な攻撃魔法。
炎を纏った雷のような魔法だ。
前に出ていた二体の魔物は、その攻撃で消滅した。
予想外の出来事に、残された六体は距離を置かざるを得ない。
驚いているのは人間側も同じだった。
目の前でずっと憧れていた『炎雷魔法』を見たソルは言葉を失っており、前線の三人もヒナノに注目している。
「……随分舐められたものね、私も。こんな仕掛けだけで、勝てると思われるなんて。ジャーザンスだっけ? 知らないようだから言っておくけどね」
「――――私、天才なのよ」
ヒナノの渾身のドヤ顔。
彼女からは見えないが、おそらくジャーザンスは滅茶苦茶悔しがっているだろう。
いい気分だ。
「……何をした……?」
「自分で調べなさい。ここに降りてきてさ」
ヒナノはまた魔法の構えに入る。
そして今度は、嵐を纏った氷を繰り出した。
小さな氷塊ながら、ごうごうとうねりを上げて高速で突進してくる。
『氷嵐魔法』
ぶつけられた三体の魔物は肉体を保つことができずに、瞬く間に消滅した。
「――――あんまり時間ないから、さっさと終わらせるわ」
残った三体の魔物に、ステッキを向けるヒナノ。
魔物たちはあまりの衝撃に、動くことすらできない。
何やら少し詠唱を唱えた後、三体の魔物はこの世から姿を消した。
『死滅魔法』だ。
これで、無謀にもヒナノに襲い掛かってきた八体の魔物は全員死んだ。
「ソル!! それから……リュノンも!! 私の後ろに下がってて!!」
前方と後方の二人に声を掛けるヒナノ。
今の二人では、戦うことは難しいと判断したからだ。
ティローナとフェルフラムは大丈夫だろう。
声を掛けられたリュノンはお言葉に甘えて、肉壁の間を通って後方へと下がった。
元々ヒナノの後方にいたソルは、ヒナノの少し後ろに向かう。
「ヒナノさん!! どうやったんだよ今の!!? 何で魔法使えたんだ!?」
「帰ったら教えてあげるわ」
リュノンもソルも気になってしょうがない。
まあ今は時間がないので、『ヒナノ・スエリアだから』ということで納得だ。
――――なぜ、ヒナノはこの環境で魔法を使うことができたのか。
それは、ヒナノは常に『大気中のマナと同じものを体内に溜めている』からである。
体の中に、特殊な箱を魔法で埋め込んでいると言ってもいいだろう。
ヒナノは先ほど、溜めていたマナを外へと放出し、そこから自身のマナと混ぜ合わせて魔法を繰り出したのだ。
もしも魔法が使えない状況に陥った時の対策だ。
そんな環境が訪れることは、人生で一度もないかもしれない。
だが、ヒナノは備えていた。
『自身がヒナノ・スエリアであるために』
このことを知っている者は誰もいない。
知ったところで、『できない』からだ。
だが、彼女はそれを可能にしている。
そんなことを可能にしていること自体が証明している。
ヒナノ・スエリアは天才だと。




