第百十九話 『スリーラ』
スリーラがメデュンに住み始めてから、さらに一年が経った頃。
スリーラは再びあの洞窟へと足を踏み入れた。
乗り越えておきたかったから。
乗り越えねばならないと思っていたから。
すっかり綺麗になっていたこの場所を見たスリーラは、過去を乗り越える意味でも「この洞窟を使う」ことを決める。
ただし、「関係者以外立ち入り禁止」として。
町の人たちがこっそり入らないように、『天罰』のうわさも流した。
ゴアナ族の力を継いでいたスリーラが言うので、すぐにその噂は浸透していった。
そんな中、部屋の整理をしていたスリーラは、洞窟の中に一錠の薬と手紙があったことに気づく。
アボラは処分しようとしたが、スリーラはそれを受け入れなかった。
スリーラは二つの意思を丁寧に保管することにする。
この薬と手紙は唯一の『ゴアナ族が生きていたという目に見える証明』だとして。
そして、彼らのことを忘れずにいるために。
この判断が自身の命運を分けるなんて、スリーラは思いもしなかっただろう。
また、あの日の悲劇を起こす元凶となった『ジャーザンス』についてスリーラは、少なくない「復讐心」を抱いていたが、奴と会うことがなかったことやアボラが止めていたこともあり、それが行動に現れることはなかった。
――――その日の夜には、アボラから自身の力について教えてもらった。
『心を共有させた者を支配できる力』と『自身が負った痛みを共有者に転送する力』
そして、『力を受け継ぐ力』について。
あの日、ノマナが傷ついた様子を見ても、二つ目の能力についての予想はついていたが、一つ目については思いもしない力だった。
それもそのはず、二つ目はスリーラを護るためにオートで発動されるが、一つ目はスリーラが意識しないと発動されないのだ。
支配には意思が不可欠だから。
だが、彼女が一番驚いたのは三つ目の能力についてだ。
ゴアナ族の力が自身に継がれたこと。
それがようやく納得に繋がった。
あの日、アボラは「あなたが神に選ばれているから」だと言った。
スリーラはこの力『自体』が、自身が神に選ばれた故のものと解釈した。
アボラが言っていたことは、何も間違いではないと。
自身の力の存在を知ったスリーラは、すぐさまメデュンの人々に対して使用するのだった。
『もう二度と理不尽な争いをこの瞳に映さないために』
『人々が笑顔だけを浮かべながら生きていけるように』
また、そのころには、完全にゴアナ族の死を『仕方がなかった』と受け入れていた。
あの時、アボラが言っていたように。
自分が平和を目指すための、避けられない犠牲だったと。
第三の能力を理解したことも大きかったのか。
同時に、『犠牲』という言葉を都合よく使うようになっていった。
その言葉を建前に、間接的に死を与えたりもした。
『これも全て、世界のため』と、
『犠牲の裏には、必ず平和が存在する』と。
『わたくしは平和の使い』と、
そう、言い聞かせながら。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『――――そうだ』
『わたくしは、そう自分に言い聞かせてきた』
『神に選ばれた者だと』
『平和の使いだと』
『希望そのものだと』
『そう思わなければ、思い出してしまうから』
『わたくしはただの魔物だって』
『平和とは正反対の存在だって』
『――――怖かった』
『そう思わないと、魔物に戻ってしまいそうで』
『そう思わないと、生きてはいけないと言われてしまいそうで』
『――――ああ、そうだ』
『わたくしは、平和の使いなどではなかった』
『そう思わないと、やっていけなかっただけだ』
『コレールとしても、スリーラとしても、たくさんの人を傷つけてきてしまった』
『全てが平和のためだと。そんなはずないのに』
『――――これは、愚かなわたくしへの『罰』なのですね』
『本当に、申し訳ありません』
『――――でも、最期に、そう思えてよかった』
――――直撃。
無意識下で放ったケバローの拳が、スリーラの顔面にヒットする。
拳が当たるまえから涙を流していたスリーラは、部屋の向こうまで思いっきり吹き飛ばされた。
その直後、ケバローはまた前向きに倒れ込む。
さすがに、人としての限界を迎えたのだろう。
「…………………」
一方、吹き飛ばされたスリーラは……
まだ、ギリギリ命を保っていた。
ケバローは既に限界だったからか、スリーラの生まれ持った突出した生命力によるものだろうか。
あちこちに激しい痛みはあるが、まだ生きようと足掻けば死ぬことはなさそうだ。
――――だが、スリーラは天を見上げた。
そして、最後の涙を流し始める。
「――――今、行きますね」
一言の呟きと共に、自身の腹部に衝撃を与えるスリーラ。
それがトドメとなり、徐々にスリーラの肉体が消滅していく。
肉体とともに消えゆく意識の中で、たくさんのことを考えるスリーラ。
メデュンのこと。
ゴアナ族のこと。
翔英のこと。
スワナのこと。
ノマナのこと。
アボラのこと。
やがて消滅は全身に及び、スリーラの痕跡は完全に消え去った。
最期に残っていたのは、彼女が流し続けた涙の跡。




