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争乱の神人  作者: 富井トミー
前日譚 信頼の神トラスト
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中編

 各地に、神々が庇護する国が生まれた。その中でも、一際勢いのあった国は二つ。一か国目は、正の主神であるトラストを信奉する、トラスト正神王国。後に帝政へと移行し、信帝国と呼ばれる事となる国だ。そして、二か国目が、負の主神であるディスガストを信奉する、大ディスガスト帝国。今も昔も嫌帝国と呼ばれ、恐れられている国だ。


 もっとも、この二か国は、国家規模こそ同等まで成長する事となるのだが……その方針や理念は、あまりにも対照的であった。


 周囲の国々の自治権をある程度認めながら、平和的な合併により国を大きくしていく信帝国。神人や加護持ち、軍の戦力を用いた武力恫喝や武力行使によって、周辺国を飲み込んでいった嫌帝国。当然、そのような経緯から、統治手法にも大きな違いがあった。緩やかな連合による信帝国と、皇帝が強権を保持する嫌帝国だ。


 そして、大建国時代末期。その二か国がそれぞれ中心となり、神の座同様、正と負の陣営が形成されていったのだ。


「やはり、こうなってしまったか……」

「ええ、ですが……必要な措置だったかと」


 トラストとラブは、割り切るしかないという思いで地上の姿を眺めている。そして、来るべき時が目の前に迫っているという事も。


「そして、大地のほとんどの場所が、いずれかの国の支配下に置かれた。いよいよか」

「一体、いくつの国が滅びるのでしょうか?」


 その問い掛けに、トラストはなにも答えなかったのだった。



 その後、負の国々が相次いで、正や中立の国々へと宣戦を布告。世は争乱の時代へと突入した――


 基本的な情勢は、守る正の国々に対して攻める負の国々。しかし、一部の正側の国においては、積極的な防衛……すなわち、攻められる前に攻めるという判断を下す国も現れていた。そのため、戦火は日に日に拡大。陣営を問わず、多くの国々が争乱へと巻き込まれていった。



 そして、二百年ほどが過ぎた頃。数百あった国の数も、五十ほどまで減っていた。小国の多くが併呑され、集約された大国同士が争いを始めたのだ。当然、戦争の規模は比例して大きくなり、様々な戦争戦術が開発されていった。そして、とある国では禁じ手……人工的に魔獣(モンスター)大氾濫(オーバーフロー)を引き起こす技術が確立され、実行されてしまったのだ。


 大規模な戦争が増え、魔術戦もさかんに行われていた事もあり、大氾濫は連鎖的に広がっていった。また、迷宮(ダンジョン)を管理する役目を帯びていた土地の管理者……王侯貴族などの権力者も、戦争に没頭するあまり、迷宮管理が杜撰だった事も拍車をかけてしまっていた。そして、時代は氾濫の時代へと逆戻りしてしまったのだ。


「歴史は繰り返される、か」

「主様、不吉な事を口にされるのは……」

「そうだったな。そして、こういった事態にこそ、我々が動かねばな」

「なにをなさるので?」


 人と人の争いが氾濫を呼び寄せてしまったのなら、まずやるべき事は争いを止める事である。そして、団結して大氾濫という脅威に立ち向かう事こそ必須事項。


「三十二柱会議を開催しよう。議題は、争乱の終結と氾濫への対策についてだ」

「……負の神々は、大人しく頷くでしょうか?」

「頷くかどうかではない、頷かせるのだ。話し合えばきっと、理解してもらえるはずだ」


 こうして、久しぶりの会議が開催された。開始当初、争乱の終結に非協力的だった負の神々も、神力の供給者である人類の滅亡は望むべきではないと、地上での争いの停戦に合意。そして、それぞれが庇護する国の上層部へと神託を下し、同時に……迷宮管理に対する要望を伝えた。国家による管理から、第三者機関による管理へ移行すべきと。……その要望こそが、ギルド設立を後押しする事となったのである。



 その後、始まりの争乱時代は幕を下ろし、再び訪れた大氾濫期に対して、人類は結束。その脅威を退けた。そして、再度の発生を抑え込む目的で冒険者ギルドが設立され、その成功を受けて、多くの他業種ギルドが設立されていく事になったのだ。


「地上は、より良く進歩していっている。後は、この平和を維持出来ればいいのだが……」

「主様、しばらくは大丈夫かと。争乱が引き起こす厄災を、人も神も知ったのです」

「そうだな。しばらくは大丈夫だろうな。だが、人も神も……忘れては繰り返す存在だ」


 そう言ったトラストの表情は、妙に確信めいていた。まるで、その後に起こる事を知っていたかのように……。




 小競り合いこそ無くならないまでも、大きな争乱が起こる事なく過ぎた二百年。地上の人々は平和を享受し、この平和は神々によってもたらされたと考え、深い感謝と多くの信仰を捧げていた。だが、この状況に満足出来ない神が居た。それは、嫌悪の神ディスガスト。


 平和な世の中は、正の神々の勢力を拡大させる。多くの信仰心は、信頼の神トラストの独り勝ちを招く。そう考えたのだ。そして、実際にもそうなっていた。


 正の神々が庇護する国々は、大きく力を増していた。特に信帝国の国威伸長は顕著であり、軽率に手出しができないまま、長い年月が経過。その間にも正と負のバランスは正側に傾き続け、その影響は神の座にまで及んでいた。……これまで正と負の勢力抗争と距離を取っていた下級神たちも、正側へとおもねるような態度を取り始めたのだ。


 なので、ディスガストは動いた。絶対不可侵の(ことわり)――神界と地上界の別――を破ってでも、トラストを地上へと追放……そして、封印するという暴挙のために。



 封印の核となる制約、トラストを陥れるための計画。やっとの事でどちらの準備も終えたディスガストであったが、実行にはなかなか漕ぎつけなかった。というのも、トラストを罠に嵌めるためには、乗り越えねばならない障害があったのだ。


「主様、今日も地上は平穏ですね。この平和がいつまでも続けばいいのですが」

「そうだな、ラブ。そのために、神は神の為すべき事をしていかなければな」


 一つ目の障害、それは……ラブの存在だ。そのほとんどの時間をトラストと共に在り、脇が甘い主人に代わって、四六時中睨みを利かせているのだ。企てるディスガストにとって、これほど邪魔な存在は他にいない事だろう。そして、もう一つの障害、それが……。


「トラスト様、ラブ。歓談中、失礼します。”予見”の結果、災いの予兆は見受けられません」

「アンティス、ご苦労様。引き続き、警戒だけは怠らないで欲しい」


 期待と予期の女神アンティスの権能。”先見”や”予知”などとも言われる、未来を見通す力だ。ただし、こちらについてはディスガストなりに研究を続け、障害とはなり得ないのではないかと考え始めていた。


 この未来予知には穴がある。権能の特性上、同格以上の存在を含む対象への権能の行使は、不可能または精度が著しく落ちるのではないだろうかというのが、ディスガストによる推察。よって、アンティスから見て同格または格上と考えられるトラスト近辺の未来を覗き見る事は出来ない、あるいは朧気なはずだと。


 そのため、ディスガストは賭けに出る事に決めたようだ。不完全だと判断したアンティスの権能は捨て置く事とし、トラストとラブの分断のみに力を尽くそうと。



 そして、しばらく経った頃のある日。ディスガストにとっての好機であり、トラストにとっての危機が訪れた。


「主様、本日はお傍を離れさせていただきます。私の庇護する国において、神事が執り行われるとの事ですので……」

「ああ。信奉してくれている人々のため、しっかり務めを果たしてくれ」


 地上での信仰を確固たるものとするため、奇跡の披露のための準備へと向かったラブ。この後起こる出来事を知っていたのならきっと、ラブは……なにを置いてもトラストの傍を離れなかった事だろう。

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