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東西の両戦場は、ほぼ同時刻に戦闘が終了。いずれも、解放軍の勝利という形での決着だ。しかし、その勝利の形はあまりにも対照的だったのだ。
東部戦線では、侵攻軍兵のほとんどが逃走。旧王都ディストラへと落ち延びていったのである。一方、西部戦線はというと、侵攻軍兵の半数は戦死、半数が投降。解放軍の包囲戦術の前に、軍が壊滅したという訳だ。
そして、負の国々にとって、戦の勝敗と共に頭を悩ませる別の問題が存在していた。それが、神人と神人についてだ。
神人の問題というのは単純で、八大神の神人を一挙に二人失った事だ。一人で千人の精鋭兵を越えるであろう戦力というのも勿論だが、心の拠り所を失ったという面でも……大きすぎる損失だったのだ。
そして、神人についての問題。これはもう、致命的な問題だった。というのも、逃げ帰ってきた東部戦線経験者たちは、神人シルバ・トラストを恐れに恐れた。そして、旧王都内でもしきりに噂話を広げていき、神人に敵対するのは避けるべきだという風潮を作り出してしまっている。いや、一種の畏敬の念ともいえる思いすら抱いているだろう。
あの神罰は……凄まじかった。一人として漏れる事無く、両腕だけを撃ち抜かれたのだから。それも、骨や太い血管を見事に避け、命を脅かす事の無い範囲に収めつつ、だ。だからこそ、畏れる。その神業に。だからこそ、敬う。その慈悲に。そして、考えるだろう。次があってはいけないと。次があれば、それは……自身の命が失われる時だ。その神業は無慈悲に、頭あるいは心臓を貫く事だろう、と……。
だからである。負の国々の上層部は、戦力の低下と戦意の喪失を受け、神意の遂行を考え直し始めたのだった。
そして、神の座。こちらもまた、一部の神々たちが頭を悩ませていた。その中でも顕著だったのは、嫌悪の神ディスガストと怒りの女神アンガー。この二柱は、悩むというよりは……錯乱に近いとも思えるが。
「これは……どういう事だ、アンガー!」
「そりゃあ、こっちが訊きたいわ! 制約は破れねぇって言って、オレに丸投げしたのはテメェだろ、ディスガスト!」
互いに責任を擦り付け合う、あまりにも汚らしい罵り合いが続いていた。かれこれ数十分、似たような事を続けているようで……他の負側の八大神三柱は、呆れた様子で眺めているだけである。ただし、制約の部分については初出のようで、ディスガストは形勢不利である事を自覚してきたようだ。
「我が悪いと?」
「ああ。制約の基礎構造を作り上げたのもテメェ、戦力の出し惜しみをしたのもテメェだろ」
アンガーからの戦力派出要請については、反論の余地が大いに残されている。ディスガストが庇護する嫌帝国は、大地の北東部。中央部での争乱に、人員を派遣するのは難しい。ゆえに、非は無いと言い張る事が出来る。
しかし、制約については、言い逃れが難しいのだろう。それは、発案者であり仕組みの設計者であるがゆえだ――
正の主神、信頼の神トラスト。その力は神の座の中でも図抜けていて、数で劣る正陣営が数で勝る負陣営と拮抗していたのも、全てトラストのお陰であり、トラストのせいでもあった。そしてそれは、負の主神であるディスガストに激しい劣等感を抱かせ、いつか蹴落としてやろうと思わせるに充分だった。ゆえに計画し、ゆえに発案した。トラストを貶める制約という名の地上への追放を。
だが、ディスガストの計画は、遅々として進まなかった。
というのも、制約の仕組みや構造設計に躓いていたからだった。求める機能は、トラストの神力を奪う事と地上へと堕とし封印する事。しかし、相手は圧倒的な力を持つトラストである。一方的にその力を封じ込める事は難しく、力を封じなければ追放など叶わない。なので、制約という仕組みを作り上げる作業は、難航していたのだ。
しかしある時、ディスガストは閃きを得た。それは偶然、下々の神々の会話を聞いた事によってだった。
「トラスト様も狡いですな。信を司るだけあって、地上の者たちの信仰心すらも……あの御方の力となる」
「然り。他の神々を信奉しているはずが、トラスト様へと力が流れるのですからな」
これは使える。ディスガストはそう思った事だろう。この不平等を突き付け、トラスト自らが神力返上へ同意するよう働きかける。その要求に、信頼や協調を至上と考えるトラストならば、必ず頷くはずだ、と。そして、弱ったところを……制約で搦め捕る。
また、制約の拘束力を強化するため、様々な工夫を施していった。そして、その中の一つが……解除条件だったのだ。
一方的に施されただけの制約では、一方的な力だけで破られる可能性がある。それならば正規の解除条件を設定し、神力と条件による二重の鍵をという訳だったのだ。更に言えば、その条件が簡単であればあるほど、制約の拘束力は強くなっていくはずだとも……。
そして、設定された解除条件が、嫌悪の感情を強く抱く事。……人や他の神々であれば当たり前に抱く感情、嫌悪。しかし、トラストという信頼を司る存在であれば、対極にあたる嫌悪を抱く事などあり得ない。だから、設定した。その事を誰にも明かす事なく――
ディスガストの目論見は、見事に外れてしまった。そして、情報漏洩を防ぐために解除条件を秘匿した事も、結果として災いとなったのである。なので……。
「確かに、制約の不備については……我の責任だ」
「おうおう、やっと認めやがったな! それで……この落とし前、どうつけるつもりだ?」
そう詰め寄られたとして、ディスガストに出来る事など限られている。制約から解き放たれたトラスト……いや、シルバの力は絶大。それも、神の座からの干渉が難しい地上に居るのだから、取れる手段はほとんど無い。出来る事といえば、多くの神人や加護持ちを集結させ差し向けるくらいだろう。もっとも、その程度の戦力では、簡単に返り討ちに遭うのが関の山であろう事も……。
なので、すでに正攻法は存在しない。あるとすれば、奇策のみ。ディスガストは、あまりにも分の悪い賭けを提案する。
「管理者や魔人とやらに……協力を申し出る」
「はっ? 馬鹿言ってんじゃねぇよ! 奴らと共闘なんて、無理に決まってんだろうが!」
アンガーの怒声と静観を決め込んでいたはずの三柱のため息を受け、ディスガストは黙り込む事しか出来ないのだった。
その頃、解放軍は東西に分割していた部隊が合流。旧王都へと向かう途上、略奪に遭った街や村へと立ち寄りつつ支援物資を届けていた。そのため、行軍速度は緩やか。じりじりと侵攻軍が籠る旧王都へとにじり寄っている状況だ。人命救助も大切だが、王都奪還も急いだほうがいいのではないだろうか?
いや、これこそが解放軍側の戦略。シルバによって与えられた精神的なダメージは、侵攻軍全体の士気を大いに落としていた。そしてそれは、時間が経つほどに広がっていっている。脱走兵も現れ始め、唯一生き残った最上位指揮官である怒王国第一軍司令官ロギウスですら……本国へ撤退を具申しているほどだ。すでに戦いを続けられる状況に無い、と。
そのため、解放軍はあえて時間を与えた。遠見の術によって得た情報から、上手くいけば……無血開城も狙えるかもしれない。そう考えていたのだ。
そして、数日後。解放軍が旧王都へと到着。未だに修復が為されていない南門へと軍を進めるも、侵攻軍の抵抗は皆無。……侵攻軍は撤退を決断していたのだ。ただし、陸海共に正の国々による封鎖作戦が継続されていたため、多大な被害を被りながらの撤退となったようである。
こうしてトラディス解放軍は、王都を奪還。そのまま一部の部隊を国境城壁へと送り、再侵攻への備えまで終えた。しかし、囚われの身であったゴールド王たちはすでに移送された後であり、トラディス王国再興の旗印の奪還は叶わなかったのであった。




