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真実と覚醒



 断れば、人間全てに被害を与えるだろう。今の俺に――選択肢は無い。


『どうじゃ? 腹は決まったか? お前が儂と同化すれば、人間達の住むこの世界を守ろう』


 傀儡からは直接俺の脳に話し掛けてくる。嗄れた声に威圧感は無い。むしろ、説得に入ってるようだが。



「……そんな約束、本当に守れるのか?」


 それにはミラーが応えた。奴にも聞こえてるのだろう。


「ああ約束しよう。……ところで君は、この街へ来た時どう思った? 賑やかなものだが、心がすさんでいる者もいただろう?」


 ……今度は何が言いたい?

 ああ、まあそういえば……荷物や髪留めをスラれたなぁ。


 両膝をついたまま、黄金の剣が俺の体を支える。脱力感を抱いたまま、俺は無表情に応えた。


「それがどうした?」


 ミラーは嘲笑しながら、俺を見下ろすように言った。


「今この街、いや国にも統治者はいない。唯一、我々が影ながら支配しているわけだが……人間が人間に被害を与える事には、目を瞑っている。だが、偉そうにされても困る」


 以前、レンが言っていた。刃向かえば、魔道士達から報復と罰が与えられる、と。つまり、人間達は魔道士達に目を付けられない程度に、悪さをしている……て事か。

 ――それも、悲しいな。

 統治する者もいない中、魔道士達を畏れて隠れて悪を成す。それもまた罪だ。


 だが、それにはもっと理由がある筈だ。何の理由もなく悪い事をする奴はいない。

 そう。良い事も悪い事も。


 俺自身がそうであったように――。



 


 ミラーの演説はまだ続く。


「人間は下等だ。だから統治する者を必要とする。何かあれば、その統治者に責任を求められるからな。自分達だけでは、何が正しいのか迷うのは、責任を持てないからだ。だから敢えて今まで我々が統治者として立たなかったのは、その力を全世界で絶対のものにしたかったからだ!」


 そうかよ。余程この状況が気持ち良いんだろう。何せこの瞬間の為に――ずっとレンを騙し、役者を演じてきたわけだからな。


「要するに、“力”で支配したいんだろ?」


 半ば投げやり気味に言う。俺の視線だけが、意思を露わに示す。

 どうも精神的ダメージが、体を蝕んで力が入らないみたいだ。



「…………」


 ん?

 ミラーが急に黙りこんだ。代わりに、傀儡の声が響く。


『それしか方法がないのじゃよ。考えてもみよ。瑞獣といわれる四大聖獣四神達が、この大自然を守護できるのも、“力”あっての事であろう? 儂らも同じ考えじゃ。決して……敵ではない』


 ――!?


「ど、どういう事だよそれ……」


 何言ってんだ?

 敵じゃないって……。




 瞬間!

 地面が激しく揺れた!!


「――うわっ!」


 膝をついて剣を支えにしていた俺は、その揺れに抗えず突っ伏した。

 高い天井から、僅かに砂が音を立てて落ちてくる。


「君! 被害はまだ大きくはない!! 今のうちに御祖父様と同化し、君の力を開放するんだ! そして黒竜の力を抑えろ!!」




 こいつ――何言ってる?


 


「キィ――ッ!」


 突然高らかに上げた白竜ディーネの声に、俺とミラーは視線を滑らせた。


「ディーネ、外れたのか!」

「奴の意識が離れたおかげでね!」


 今の揺れで捕縛の術が弱まり、ディーネは力づくで白羽を立てて金網を破いたようだ。


「くそっ、君達はまだ分からないのかっ! 私は、戦争も飢饉もない世界作りを願ってるんだよっ!! それには罪の重さをよく知る応竜の力が絶大に働く……」


 いやそれを目覚めさせるのが今の魔道界の使命だ、と彼は血走った目で絶叫する。



『……ミラー。それは、本気か?』


 忍び寄るような底からの嗄れた声。その声に、一瞬にして蒼白したのはミラーだった。


『儂の考えをちゃんと理解して、言ってるのか?』


 ミラーはそっと傀儡の肩から手を離すが、取り繕うように震える声で耳打ちする。


「も、勿論ですよ御祖父様。そ、そう言えば奴らは……」


 ああ俺には伝わったよ。

 いや、俺にでも分かる。それは、『元に戻す』という事だぞ?

 ああそうか。成る程コイツはなかなか巧みに爺さんを……。


 ミラーの言った言葉に、真実が見えた――。



 ……ったく、こんな時に大根役者になりやがって。


 同時に内心嬉しかった。さっきまでのが――演技だった。二転三転する姿の彼の理想は、確かに俺らと同じだ。刷り込まれた考えの為に、ただ、やり方が違うだけ。


 そして、目的も理想も違うのは――傀儡のジジイだっ!



 ディーネは俺を庇うように前に立つが、もうその必要は無い。


「どうやら仲間割れか? ミラー、俺は決めた――お前を信じるぜっ!!」


 懐から紅い石を取り出し、頭上高く掲げ俺は唱える。


「――天地を貫く応竜の力よ! 我が光の心を傀儡の闇に導かん!」

 

 


 高らかに唱えた瞬間に、一番驚いたのはディーネだろう。だが彼女は何も言わなかった。

 きっと俺の真意を悟っている。



 ――これでいいんだ。



 天井から紅い石へ白い光が一直線に伸び、やがて俺自身全てを包み込む。

 視線を移すと、ミラーは硬直して半ば眉根を寄せて不安げに俺を見つめる。まだ、俺には馬鹿のレッテルが貼られてるんだろうな。ミラーが不安になるのも分かる。

 俺が言葉足らずなまま、傀儡に同化しようとしているんだから……。


 傀儡な筈の老人だけが、高揚しているかのように目が輝いていた。



 ──愚かな老人だ。




 光の球体となった俺の意識は遠くなり、視界を失う。


 そして――闇の箱庭へ。




『よく来たな、ふふふ』


 どうやら俺は両膝を抱き、まるで母胎の中で眠りについた赤ん坊のようになっているみたいだ。同時に、俺は傀儡の体内にいる事を知る。


 見えてる訳じゃないのに、自分自身の置かれた状況が把握できる。

 不思議な感覚だな。




 怪しく低い声が、その身を手にしようと近付いてくるのが分かった。


『さあ、儂が今お前を喰らえば……』



 ちょっと待て。

 喰うのか? おいおい流石にそれはごめんだぜ!?


 ったく……仕方ねぇな、起きるとするか。



 


 ああ。そうだ――起きよう。俺が今起きなければ、何の為にここへ入ったのか意味を失くしてしまう。


 ――俺は、ディーネとの約束を……――いや、もっと深い所だ。

 古の頃から優しく頭を撫でられ柔らかな声に言われた。

 光の珠玉に身を変えて俺の前に現れた。




 ――ああ、そうだ……思い出した――。



 そう、俺を守護神とせしめた神仏との約束を――。

 

 

『人間達と自然を守る事』。



 それを果たす為に……今こそ目覚めなければならない。

 そう、ただ目覚めるだけ。

 だから俺はもう、罪の意識に囚われて自分を縛らない。


 ――縛ってる場合じゃないんだ。



 まずは俺が闇を払う事! それがせめてもの罪の償いだっ!!





『……ぐあっ!』



 一瞬の閃光が闇の中心を破き、傀儡の掠れた意識をも包み込む。


『ま……まさかっ! そんなっ!!』


 見上げながら驚愕に歪む老人の姿は、俺の足元にあった。


 黄金の光が闇を浸蝕し、老人の抱く陰湿で粗悪な汚れた意識が薄れていく。

 この歪んだ闇は、老人の心そのものだった。傀儡の筈である彼は未だに命乞いをする。


『ま、待ってくれ! 儂は……い、言ったじゃろう! 全世界を救いたいと!』



 なんと小さき男か。

 身も心も――。



「お前の言葉と心は相反しているようだな。救いたいという者が、何故暗闇をさ迷う?」


『わ、儂は……あなた様を仲間に』


 震える声と言葉を探す老人に、俺は“あなた様”と言われて苦笑した。


「今更、何を言ってもその口から真実を述べる事は無いようだな! さあ! せめて<千年の刑>を解けば許してやる!」


 駆け引きのつもりだった。


 俺が見下ろした老人は、視線を逸らし力無く呟く。




『――千年の刑など、最初から……無い』



 



 ――は?

 千年の刑は、最初から……無い?


 この傀儡ジジィは……何を言ってる?




『……己の姿をよく見よ。儂がかけたのは……術が、千年続く為だったが……未熟だったんじゃ!』


 頭を抱え、自らを責めるように弱々しい傀儡の意識下に置かれたジジィ。



 言われるまで、俺は気付いていなかった。

 自分自身がもう、人の形を取っていなかった事を。


 ジジィを見下ろしていたのは、俺が既に銅色の竜へと姿を変幻していたから。竜の背丈は人間の倍程ある。


「ちょ、ちょっと待て! じゃあなんで俺は千年もずっと……? テメェらの術じゃなきゃ、おかしいだろっ! し、しかも、ジジィだって……俺を千年も待ってたんだろっ!?」


 完全にジジィ呼ばわりされ更に奴の意識が弱くなったのか、微弱な黒いエネルギーを醸す。その意識体は小刻みに震えていたが、俺は戸惑うばかりだ。


『儂の術は……半分、いや<三つの呪>のうち千年の時間だけが術返しをくらったんじゃ。つまり未熟な刑だった。だから……あなた様が、暗示に掛かってる事を知り、それを逆手に取ったまでの事!』




 ――暗示、だと?




 



 ……暗、示。



 改めて足元を見れば、鋭い鉤爪が自分のものだと分かる。肩ごしから背を見れば、意思ひとつで動く銅色の翼がある。手の平を見れば……紅い石が一つ、右手に埋め込まれていた。



 ――どういう事だ?

 俺は……自分を、自分自身をそこまで追い込んだのか?

 確かに、俺は自らを責め二重の罪を背負った。それが関係してるのか?



 ――はや……く……。



 遠くから響くのは……ミラーの声だ。


「どうやら時間が無ぇみたいだな」


 考えてる余裕はない。

 外がどうなってるのかも分からないが、少なくともミラーは俺の心を無くすと言っておきながら、何もしなかった。いや、しないままこのジジィの中に入れと言った。


 その真意を、俺は悟ったからこそ今ここにいる。まあミラー自身は、俺が本当に理解したのかどうか、もうひとつ確認できてないような顔してたけどな。



 今は頭ん中捻ってる場合じゃねぇ。



『な、何をするつもりじゃ! 儂は、儂は平和を』


「うるせぇよ。お前はこの時を待って、一気に世界征服するつもりだったんだろ? でなきゃ、人間達を放置なんかしてねぇよな」


 弱ってたジジィの目が勢いよくギラつき、最後のあがきを見せるように俺を睨み付ける。


『だからミラーも言ってたじゃろう! あいつらは、世界の王、神を待ってるんじゃ!』



 そこまでは言ってないよな。



『一つの国を掌握したとて、また他国が襲う。国の奪い合いになるぐらいなら、あなた様の力で世界を!』


「もういい。なら、俺の意志で力を使わせてもらう」


 そう、俺の気持ちは変わらない。



 


 内から溢れる俺の力など知れた事。

 人間の方が――強い。



 闇を払った空間は白く輝き、見える筈もない天を見上げて咆哮を上げた。

 天に届ける応竜の(いなな)き。

 空間を超え、遥か彼方へ響き渡る。



 加速する共鳴振動。やがて俺の体全体から光が放射された。


『ギィャア――――ッ!!!!』


 閃光が空間を裂き、闇のままとなった断末魔の叫びと共に、傀儡は消滅していった。

 虹のベールが剥がれるように空間の何もかもが、光の世界へと溶けていく――――。





 なんて心地良いんだ!

 千年ぶりの嘶きが、俺の全てをも包み込む。


 まるで光の雨が全身の汚れを洗い流すようだ!



 ――……ああ、帰ってきたんだな俺。



「……お、応竜!?」


 その声に、俺は我に返る。いつの間にか俺の回りには、もはや闇の傀儡は存在しない。


「ああ、ミラー。これがお前の目的だったんだろ? ジイさん消しちまったぜ」


 変わり果てた俺の姿に圧倒されたような表情と安堵が浮かぶミラーは、やがて初めて柔らかい笑顔を見せてくれた。


「よかったよっ! 察してくれてたのか」

「信……よかった。戻れたのね」


 傀儡の消滅と同時に出で立つ俺は、ディーネにも頷き辺りを見回した。


 瓦礫と砂の山。柱は折れ、玉座は崩れ土に埋もれてしまった。天井には大きな穴があき、その先には歪んだままの空間。



「かなり揺れたみたいだな」

「ああ。君の仕事が遅いからだ」


 さらりと言うミラーに蹴りを入れたい所だが、それでも空間移動して逃げなかったのは、俺を信じて待ってくれてたからだな。


 だがもう黒竜は落ち着いたに違いない。そう確信できる。

 何故なら、ようやく本来の俺が帰ってきたのだから。


 まだ自分自身の中でスッキリしないものはあるが。かと言って、こんな所でのんびりしてもいられねぇ。



「で、他の魔道士達は?」


 


 俺がそう訊くと、ミラーは瞼を落とし思い付いたように話題を変えた。訊こえなかったのだろうか。


「っとにかく、レンの館へ行こう。私が移動を」

「ちょちょちょっと待て。このまま行っちゃダメか? 俺もディーネも飛べるぜ?」


 慌ててそう切り出したには理由がある。

 毎回コイツの空間移動後は気持ち悪くなり、しばらくは意識が朦朧とするからだ。だがコイツは分かっちゃいない。


「ダメだね。人間達にも混乱を与えるだろ?」



 ああ、確かにな。


 全く。なんて皮肉だ。確かに正論だよ。ああくそっ! ミラーの空間移動から解放されると思ったのに……。


「ディーネ。気をしっっっかり持てよ」


 彼女は覚悟するように頷いた。きっと何の覚悟かは分かっちゃいないだろう。だが初めての経験だ。移動を任せる事に少々緊張しているのか表情は固い。


「君、それはどういう意味だい? 一応、身内を亡くした少なからずも傷心な私が気丈にも」

「ああ分かった分かった。とっとと運んでくれ」


 とてもそうは見えないミラーの言葉を遮り、俺は溜め息まじりに言った。

 だけどその犯人は俺だ。不思議と後ろめたさは全く無かったが、心の中で小さく詫びる。


 すまない。


 そんな俺の複雑な心境を読まないまま、案の定ミラーは口元を歪めながらも杖を大きく振る。


 始まった。





 ああ――……視界が、歪む。



 


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