表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/16

無知つ哀れつつ





「まったく……ミラーの術は雑ねぇ」

「姫ぇ、愛が私の力を鈍らせるのだよ」

「まあ、この部屋に移動してくれただけでも有り難いわ。何せ……巨体が二つもあるとねぇ」



 ……ふん。


「聞こえてるぞ。てめぇだって本性晒したら巨体だろーが」


 ああしかし……まだ頭がぐらぐらする。

 どうやらここは、レンの館の最上階だな。横たわったままでいいのか、俺。



「あら、信。目が覚めた? だったら、さっさと人型変幻でもしてくれない? なんか妙に部屋ん中むさ苦しいのよね」

「んだとぉ!」


 俺は俊敏に翻り、立ち上がった。

 確かに狭い。狭苦しい。


「レンさん、いい湯だったわぁ。ありがとう」


 その柔らかい声に、俺は部屋の入口を振り返った。


 ――なんて事だ。

 ディーネが竜じゃなくなっている!


「お、おい。白竜の力は消えたのか?」


 内心焦った。

 だってそうだろう?

 竜の形を取ってないんだぜ?

 呑気に風呂上がりな湯気を立てた人間の姿だ。しまった。もしかして俺の力が足りなかったのか……。


「ねえ、信? 私もずっと知らなかったんだけど……。私達」

「それ以上言うな! 俺が悪かったよ。人間の魂を力づくで竜に変化させた、俺が悪かったんだ。やっぱり、俺達は別世界の……」


 俯く俺の頭に衝撃が襲った。


「っ痛ぇなっ! ディーネお前乱暴だぞっ」


 彼女は地の底から吐く勢いで嘆息した。その顔はいつになく険しい。


「その自虐的思考やめなさい! 人の話はちゃんと聞くものよ!」


 不思議と抗えない恫喝の威力を前にして、俺は短い足を折り正座した。




「すみません。つ、続きをどうぞ」

 


 レンとミラーがほくそ笑んでいるのを背中に感じながら、愛する者には逆らえない無情さをしみじみ味わった。


 ディーネはグレーの薄衣ズボンと白いシャツという軽装。まるで男装みたいだ。

 まだ湿った黄金のうねる長い髪を、一括りして捻り上げ後頭部で素早く纏め、髪留めを使った。 すると彼女は待たせた、とばかりに両腕を組み胸を張る。



 ん? その髪留め。確かこの街に来た時に盗まれたものに似ているけど? いや多分だけど?



「さてと、信。先に言っておくけど、私が貴方を責める理由はないわ。貴方もきっと、分からなかった。いや、知らなかったのよね?」

「ん? さっきから何言ってんだ?」


 ディーネはなかなか本題に入らず、ゆっくり諭すように言うが俺には意味が分からねぇ。

 ただ訝しい目線を送る事で、俺の意思を伝えた。途端、彼女の紫の双眸が俺を憐れむように柔らかく優しいものになる。


「要するに私達は、変幻できるのよ? つまり、人間に限りなく近い形にね。だって貴方、一度もそんな姿になった事ないし、必要も無かったから仕方ないわよね」

「――ちょっ、ちょっと待て。俺達は妖魔とは違う。誇り高き竜族だ。神に近い存在だぞ一応。その俺らが……――あ?」



 まさか。

 まさかまさかそんなっ!?



「気がついたみたいね。だからこそ他の形を取らなかったから、知る必要の無い事実。私達、」

「なんっって事だっ! なら俺は人間になる必要も無かったんじゃないかっ!! 変幻できるなんて変幻出来るなんてぇっ! うおおぉーっ!! 今まで気付かなかった!! ああ゛あ゛ぁっ! 俺の馬鹿っ馬鹿馬鹿馬鹿野郎ぉーっ!!」



 俺は何年生きてたんだ。しかもその事実を人間だったディーネから教わるとはっ!


「む、無理もないわよ。それに私自身は貴方が私を選んでくれた時、最高に嬉しかったわ」



 俺らの会話は、派手に響く拍手によって遮られた。振り向くと、ミラーとレンが痺れを切らした様子で立っている。

 


「もういい? やり方は、アンタがイメージを凝縮させればいいだけだから」

「くっ……レン、妙に上から目線だぞ」


 散々小馬鹿にされてたせいか、仲間にまで言われると正直頭にくる。ましてや俺だけデカイ図体でちょっと気後れするだろ。


 そんな事を思いながら、またディーネの鉄槌をくらわないとも限らないので、俺は言われた通り目を閉じ両手を合わせて念を固めてみた。


 人の形に、と。ただただ強くイメージして。イメージが浮かぶ姿はどうしても拭い切れない千年間在った形。深く青い髪に白い肌。目はやっぱ、紫色がいいな。


 やがて体が軽くなるのが分かる。ほんの数秒。

 訝しみながら、目を開けるといきなり顔があった。


「わっ! 何だよ」


 ディーネが手鏡を持って、くすくす笑う。


「これが貴方の姿よ。まあ、妖魔の時とたいして変わらないけどね」




 ああ、確かに。

 想い描いた通り群青の長髪に紫の双眸。一見、やさ男だ。結局これが一番しっくりくる。

 ……と、鏡の向こうに二人の男が忽然と現れた。


 俺には一目で分かった。


 真っ赤な短髪に赤い双眸は、赤竜だ。清楚な身嗜み、と思わせる程立ち姿は凛としていて姿勢がいい。柔らかな微笑が品の良さを伺わせる。

 隣には漆黒の髪を肩までだらし無く垂らした黒い目の男、黒竜だろう。ガニ股で両手をズボンのポケットに突っ込み、睨むように笑っていた。



 性格出てるなあ……。



「応竜。いや、主。よくぞ戻られました」

「ギリギリだったぞ。目覚めてくれて俺も楽になったよ」



 


 乱れた旋律のハモりではあったが俺にはしっかり耳に届いた。今までの永かった時間が僅か数秒で消失してしまう程。


「ああ。すまなかったな。それと、新しい仲間も増えたぜ」


 ディーネを紹介しようとしたが彼らはもう挨拶を交わした後らしい。それを訊いて軽く目眩がした。



 ……俺、どんだけ長く倒れてたんだよ。いや、ディーネがタフなんだ。

 だって考えてみろ。

 ミラーのあの術に初めて体験して勝るなんて! うんさすが元黄帝だけあるな。いや、やっぱ俺がヘタレなのか?

 ああもう考えるのは止めよう。気分的によくない。

 そんな事でひとり頭を捻っていると、背後からミラーが近付いてきた。


「じゃあ皆揃った所で説明しよう。私はミラーだ――ぐぶっ!」


 いきなりの殴打。

 ミラーは美しき顔面に、鼻息が荒い黒竜の拳の洗礼を受けた。


「せめて一発だけ殴らせろ。俺らはお前達一族に千年も振り回されたんだからな!!」


 いやもう殴った後だぞ。


 すると、稀にみる姿をその目にして俺は思わず後ずさりした。

 ミラーは両膝を折り、殴られた頬を押さえながら真っ直ぐに視線を向けて言った。


「すみません。確かにその通りです。しかし私はレン姫の話を訊き、この時を待っていました」



 待っていた?



 俺らは互いに眉を潜める。レンはすかさずミラーの側に駆け寄り、俺らと相対するように視線を向ける。


「問題はここからなの! 今、もっととんでもない事が起きようとしてる! それは……人間よ!」



 

 時間が止まるとはこういう事だろうか。

 誰もが息を止めた。

 やがて沈黙を破り気弱に口火を切ったのは黒竜だ。


「ま、まあ俺は大体……分かってたけどさ」


 今度は赤竜が嫌味に目を細め、黒竜の顔を覗き込みながら口を開いた。


「またまたぁ。それは応竜が完全復活したから分かったんでしょう?」


 はあ? コイツら何言ってんだ? また俺だけ置いてけぼりかよ。


「信。白竜になったばかりの私にはどういう事か分からないんだけど」


 いや正直俺もね。

 当然ディーネに訊かれても応えられない。だが俺はレンに虚勢を張りながら事情を問いただした。


「まあなんかその、……っどういう事だよ」

「それには私が応えよう」


 ミラーがそう言って立ち上がった。最初は伏し目がちに躊躇っていた青い瞳が、再び真っ直ぐ俺らを見る。


「最初は私も御祖父様の意見に賛同していた。が、レン姫と出会い様々な話を訊いたのだよ」


 のだよ、じゃねーよ。と、俺様ちょっと余裕に内心突っ込むなぁ。やめとこ。


 ミラーが窓ごしから闇に落ちた空に視線を移し、言葉を続ける。皆はそれを黙って訊いていた。


「そして御祖父様から訊かされていたのは……応竜の力を手に入れ、人類全てを滅ぼしゼロから世界を作ろうとしていた事。だがレン姫から訊いた四神や応竜は、世界の均衡を守り人間と自然を守護する者だという事を知った」


 そこまで言うと、彼は自嘲の笑みを浮かべて再び俺らに視線を移す。


「どちらが正しいかぐらい……私にだって分かる。だが御祖父様は力の無い人間など必要無いと蔑んでいたが、実際のところ我々魔道士は人口が圧倒的に少ないから、というのも原因の一つなのだ」

「彼も、葛藤したの。アタシを信じれば親族を裏切る事になるでしょ?」


 ミラーを庇うようにレンが口を挟んだ。

 だが俺にとっちゃぁさっきの、人間がどうとかの方が気になる。


「でっ? 結局どうなんだよ。ごたくはいいからとっとと結論言えって!」


 


 苛立ちからつい怒鳴ったのは、焦りがあったからだ。

 今こうしてる間にも、夜闇に光る満月のせいか、何処かで何かが起きているような不安感がつき纏う。

 知らない事がこんなにも不安にさせるとは皮肉なもんだな。“シン”だった頃は不安はあってもどこか投げやりだった。どうせ、っていう気持ちがあったせいかな。


 何かを察したのか、ディーネが俺の腕にそっと触れた。


「落ち着いて……」


 小さく呟く声が震えていた。おそらくディーネも何かを感じ出したのだろうか。背後に立つ赤竜と黒竜からも、溢れてきた不安定な気持ちが背中に伝わる。


 やがてレンは躊躇いがちに口を開いた。


「千年放置してたとはいえ、信も知っての通り魔道士達は力で人間の行動を監視してたでしょ? だけど人間達は、半壊した宮城を見て魔道士の力が無くなったか、弱ったと知った筈よ。その事で感情の抑圧から開放された。……つまり」


「成る程。磁場が狂う、ってところか?」


 堪らず俺は結論を急いで呟いた。


 人間は強い。

 だが同時に悪念の集合体は天地を揺るがし、壮大な自然災害を起こす力を持つ。これが善念ならば、雄大な大自然の均衡を生む。

 だが彼らに自覚は無い。


 この不安な感覚は、おそらく人間達の悪念が作用してるという事だろう。


「だが何故、今まで人間はコソ泥みてぇな小せぇ事ばっかりしてたんだ?」


 今更ながら疑問に思っていた事を俺は訊いた。

 応えるのも面倒なのか、レンが深い溜め息を吐く。代わりにミラーが応えてくれた。


「国を統治する者がいないかわりに我々魔道士の監視がある。大きな罪を犯せば、瞬時に滅っせられるからだ。だが今、その鎖が取れたのだからな」


 それに、と深刻な表情を崩す事なく言葉を続ける。

「それに、御祖父様に賛同していた魔道士達はもう殆どいない。残ったのは……もう私一人だ」



 ――えっ!?

 いくら少ないとはいえ、残ったのがミラーだけとはどういう事だ?


「ちょっ、それって他の奴らは死んじまったのか?」


 俺の食いつきにミラーはふと自嘲気味の微笑みを浮かべた後、あのパフォーマンス的な大仰さを再び露わにした。


「私の力を持ってして二百年かけて、ちょっとずつ片付けたのだ。だから言ったであろう! 私は魔道士生命を全てレン姫に捧げたと!! アッハッハッ!!」


 場の空気が凍ったのは仕方が無いとして。背後から赤竜が言葉を投げてきた。


「だからって何故そんなに仲間を殺せるんですか? ちょっと極端だよね?」


 確かに赤竜の言う通りだ。俺も思わず肩を怒らせ腕を組み大仰に首を縦に振った。ミラーは何やらふて腐れ、幼く唇を尖らせる。


「君達に言われたくないね。私は私の信念を通したつもりだ。魔道士の人口が少ないのは、血が濃すぎる為に短命だからだ。現に私の兄も、呆気なく亡くなった」


 おお、これ以上突っ込むのはよそう。

 誰でも触れられたくない事はある。と、皆にも言って無理矢理話を終わらせた。どういった経緯かはまた後でゆっくり訊けばいい。今は言い争ってる場合じゃない。


 ディーネが溜め息をつき、憂いた瞳で窓の外を見る。彼女の気持ちも分かるさ。人間を守る為に、彼女は今の姿を望んだというのに皮肉にも――人間が自然を壊すなんてな。


「信っ、あれを見て!」


 突然驚愕の声を上げたディーネが窓の外を指差し、皆がこぞって集まった。



 遠くに見える喧騒立つ街。そして――。



 黒竜が叫んだ。




「――なっ、なんだあれっ!! 殺し合ってんのか!?」


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ